Day 4 滴る
去年の冬、雪女が同じアパートに引っ越してきた。201号室、つまり私が住んでいる101号室の真上である。
正直雪女ってほんとにいるんかい、というのが第一印象だった。でも本人がやけに色白な美人で、何より自ら雪女だと名乗ったのだから雪女なのだろうとこちらも納得し、それ以来当たり障りないご近所付き合いをやってきたつもりだった。
それがちょっと当たり障りあるようになったのが今年の夏である。どうやら雪女さん、あまりの暑さのせいかそれともほかに持病などの理由があったのか、部屋で孤独死してしまったらしい。で、居室の真ん中あたりに倒れているらしい。
というのは私の部屋の天井に女の形をした染みが浮き上がり、さらにそこからぽたりぽたりと無味無臭無色透明のしずくが垂れるので、勝手にそのように判断したのだった。寡聞にして雪女が死んだらどうなるのか知らないけれど、最近はゴミ捨てのときめっきり見かけなくなったし、ポストには郵便物がぎっしり詰まっているし、201号室のインターホンを鳴らしてもさっぱり返事がないから、まぁ、うん、たぶん死んでいるに違いない。
そんなわけで入手した「雪女が溶けたあとの水」である。なんとなく捨てがたくて、洗面器に受けたあとポリタンクに貯めているのだが、部屋が狭いせいでそろそろ邪魔になってきた。もったいないから沸かして風呂にでも入れようか――などと考えていたら、突然当の雪女が訪ねてきた。うわぁ幽霊、とひっくり返りそうになったものの、そもそもが雪女である。いずれあやかしの類なのだった。
雪女はやっぱりこの暑さで溶けてしまっていたらしく、死なないまでも身長30センチくらいに縮んでいた。元が美人なのですごく精巧なお人形みたいに見える。ドアの下の方でぴょこぴょこ頭を下げながら、「何かご迷惑をおかけしていないでしょうか?」と聞いてきたので、「雪女さんの溶けた部分が漏れてきたんですけど、どうしましょう?」と尋ねてみた。
「あーっ! ごめんなさいごめんなさい! 専門の業者をご紹介します!」
というわけで、雪女に紹介された便利屋みたいな業者が、天井の修理と雪女の溶けた部分の回収、どちらもやってくれた。回収というか実際には買い取りで、修理費を差し引いても相当の金額が手元に残った。雪女の溶けた部分、どうやら需要があるらしい。
雪女が「そのお金は迷惑料としてとっておいてくれ」と言ってくれたので、私は彼女を誘って回らないお寿司を食べにいくことにした。本当は焼肉の方が好きなのだが、雪女が溶けるといけないのでしかたがない。寿司も大いに楽しみだ。
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