Day 7 天の川

 かよさんは行きつけの居酒屋の常連で、ぼくよりもいくつか年上のきれいなおねえさんだった。なんの仕事をしているひとか知らないが、よく着物を着て、夕方の明るい時間から焼酎などちびちびやっていることが多かった。

 ある年の七夕の夜、仕事を終えて一杯ひっかけるかと例の店を訪れると、着物姿のかよさんがカウンターに座っていた。いつから飲んでいるのか、すでに目が座っていて顔も赤い。ぼくの姿を認めるとほっそりした指をしならせて手招きをする。「こっちおいでよおぉぉぉ」と呼ぶ声はやっぱり酔っ払いだった。

 なんでも七夕の夜だというのに彼氏に振られたらしい。かよさんはかなりの美人なのに、しょっちゅう「男と別れた」と言ってはくだを巻いていた。

「にくい! 織姫と彦星がにくい!」

 などと言いながらマイボトルを傾けるかよさんは、お淑やかではなかったが可愛げがあった。そのとき、彼女は涼しげな紗の着物を着ており、無地の藍色の下に長襦袢の流水文様が透けて見えた。

「天の川のつもりだったんよ」

 ぼくの視線に気づいたらしいかよさんが呟いた。

「帯留めもカササギだし。ほら見て」

「ほんとだ」

 七宝焼きの鳥が、同じく流水文様の名古屋帯の上に留まっていた。

「今日しかできないおしゃれのつもりだったのに」

 かよさんは実に不満そうだった。

 あまり長居すると明日の出勤に差し支える。ぼくが会計を済ませたとき、かよさんはまだカウンターでぐずぐずしていた。せっかくの和服美女がもったいないと思いながら、ぼくは店を後にした。

 珍しく星のきれいな夜だった。夜道を歩きながら、ぼくはかよさんの言葉を反芻していた。今日しかできないおしゃれ。なんだかすごく贅沢な言葉のような気がした。そういう遊び心をぼくも持ってみたい、と思った。

 翌朝、出勤のためせかせかと足を運んでいると、後ろから声をかけられた。振り向くとかよさんが立っていた。紺色の紗に流水文様の長襦袢、かささぎの帯留め。昨夜とまるっきり同じ格好である。

「昨日しかできないおしゃれじゃなかったんですか?」

「だって朝帰りなんだもん」

 かよさんは昨日の深酒がうそのような、艶々とした顔色をして、陽光の下でふふふと笑った。今日しかできないおしゃれとは一体なんだったのか。感銘を受けたぼくに謝ってくれ、と心のなかで思った。

 七夕の夜に出会った新しい彦星とは、秋が来る前に別れてしまったらしい。かよさんはまたくだんの店のカウンターでくだを巻きながら、「男なんてあてにならん」と男のぼくに向かってこぼした。

 そんなかよさんだったが、いつの頃からかふいっと見かけなくなってしまった。連絡先なども知らないから、今はどうしているかわからない。いいひとを見つけて幸せになっていてほしいような、まだどこかの店のカウンターでぐだぐだと飲んでいてほしいような、複雑な気持ちがする。

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