文披31題

尾八原ジュージ

Day 1 黄昏

 材木置き場のところに幽霊が出るらしい。明るいときは見えないけれど、日暮れになると見えるらしい。

 ぼくは友達のらいちゃんとふたりで、日が落ちて暗くなるのを待った。ぼくの家もらいちゃんの家も、ちょっと帰りが遅くなったところで何も言わないのだ。ふたりで材木置き場の正面の空き地に座って、地面に穴をほったりして時間をつぶした。

 七月は日暮れがおそい。でもだんだんだんだん空が水色からオレンジ、紫色に変わっていくのを見るのはけっこう好きだ。地面に寝転がって空を見ていたら、らいちゃんがぼくの胸をとんとん叩いた。

「幽霊!」

 ぼくはがばっと起き上がった。材木置き場の、今はあんまり使われてなさそうな手押し車の影に、誰かが立っているように見えた。人影だとは思うけれど、白っぽいような黒っぽいような、大人のような子供のような――なんだか見るたびに形がぼやけて変わっていってしまうような気がする。

「あれ幽霊かぁ。すげぇなぁ」

 ぼくはすごく楽しくなって、時々まばたきをしたりしながら幽霊を見続けた。そのときぼくの横にいたらいちゃんが、「わーっ!」と声をあげてからその場にばったり倒れた。両目を開けたまま、口のはしから白い泡をふいている。

「らいちゃん、らいちゃん」

 倒れているらいちゃんをゆさぶっても、うんともすんとも言わない。とほうに暮れてもっと強い力でぐいぐいゆらしてみた。

「わーっ!」

 またらいちゃんの声がした。材木置き場の方から。

 ぼくは材木置き場の方を振り返った。幽霊が立っていたところに、いつのまにからいちゃんがいた。倒れているらいちゃんとおんなじ赤いシャツを着て、黒いズボンをはいて、こっちを向いて立っている。

「わーっ!」

 材木置き場のらいちゃんは、ぼくを見ると叫んだ。ぼくは怖くなってそこから逃げ出した。

 そのあと、犬の散歩をしていたよそのおじさんが、倒れているらいちゃんを見つけて救急車を呼んだ。結局らいちゃんは死んでしまって、らいちゃんの親は一回も泣いたりしないままささっとお葬式をあげ、この町から出て行ってしまった。

 材木置き場のらいちゃんは、家族が町から出て行ってしまったことを知っているのか知らないのか、ぼくにはよくわからない。何しろこっちは「わーっ!」としか言わないのだから。それでもぼくはさびしくなると、黄昏時の材木置き場に来て、わーわー叫ぶらいちゃんを眺めるのだった。

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