Day 26 標本
事故物件だというのをわかって借りたマンションだったんですけど、こんなものが出るとは思いませんでした。ね、手首。人間の手首ですよ。なんだったか古い映画であったでしょ、手首がカサカサって走るやつ。ああいうのがしょっちゅう出るんだからたまらないですよ。寝てる間に顔踏まれた時なんかもう、厭なもんですよ本当。やー、もう怖いとかじゃなくて普通に迷惑なんですよ。慣れちゃったから。感覚的にはゴキブリとか――そうだなぁ、蛾とかが近いかもしれないですね。気分的に。
で、一年くらい前にね。あんまりイライラしたもんだから、一匹捕まえて釘で壁に打ち付けといたんですよ。まぁ蝶々の標本みたいなもんですよ、動いてるけど。そしたらそれが効果あったんですかねぇ、しばらく出なくなって。やっぱり「迂闊に出て行ったら自分も二の舞になるかも」って考えるんじゃないですかね。手首なりに。
で、一月くらいはよかったんですけど、やっぱ見慣れるっていうか喉元過ぎればっていうか、そのうちにまただんだん出るようになってね。で、また別のやつを捕まえて壁に打ちつけて。またしばらくすると出るから新しいやつを捕まえて――って、だんだん出ない期間が短くなってね。今なんかもう標本関係なくうろちょろするんですけど、こっちもなんか標本みたいにするのが楽しくなってきちゃったというか、ここまで来たらいっそいっぱい集めたいというか――ね、これ見てくださいよ。大きいでしょ! こんなに大きいやつは滅多にいないんですよ。こっちは形がきれいでしょ。女性の手なのかなぁ。爪もきちんと切り添えてて、見てて気分がいいですよね。
へぇ、そうなんだ。あんたから見ると壁に釘打ち付けてあるだけに見えるんですねぇ。やっぱりねぇ。みんなそう言うんだもんなぁ。手首なんか見えないって言われるんだけど、でもねぇ、そもそもここ事故物件ですよ。手首が出たって別にいいでしょうが。いやぁ、このコレクションをお見せできなくて残念だなぁ。ほんとに残念ですよ。
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