Day 16 錆び

 脳みその皺に湧いた錆が、いよいよ溜まってしまってよろしくない。いつも世話になっているクリーニング屋にスーツを出しがてら相談すると、錆落としもオプションでやってくれるというから頼んだ。

「急ぎます?」

「超特急で」

「最速一時間ほどでできます。一万円」

 仕方がないので一万円支払い、頭蓋骨を開けて脳みそを預けた。

 さて、脳みそがない頭でふらふらと店の外に出た。とても軽い。だがふらふらするし視界もあやしい。これは危ない。超特急にしておいてよかった。

 道路を歩いていると危険なので、近くにあった喫茶店らしき建物に避難した。よく見えないが、周囲はざわついていて賑やかで、人々の話し声や笑い声などが聞こえる。脳みそがないので会話の内容が一切入ってこないが。

 入口付近にぼーっと立っていると、店員らしき男に肩を揺さぶられた。

「ちょっとちょっとお兄さん」

「一名です。昆布茶ありますか?」

「ここは納骨堂ですよ」

「……すみませんが、ちょっと休ませてもらってかまいませんか」

「それでしたら隅の方でどうぞ」

 腕を掴んで誘導してくれた男の手は、ひどく痩せていた。喫茶店ではなかったが、涼しくて居心地は悪くなかった。

 一時間弱が経ち、男に礼を言ってクリーニング屋に戻ると、見事に錆を落とされた脳みそが待っていた。

「落とした錆、持って帰ります?」

「いや、いいです」

「そうですか。ではいただいて構いませんか? 飼っている蛇の餌にするので」

「どうぞどうぞ」

 錆落としは完璧だった。脳みそを頭蓋骨に戻すと、感覚がクリアになって周りのものがすべて美しく見えた。また来年か再来年あたり世話になろうと考えながら、クリーニング屋を出て家路についた。

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