Day 13 切手

 仕事を馘になったので、切手売りを始めた。切手売り組合にいけば大抵だれでも雇ってもらえるらしく、私もあっという間に額にぽんとひとつ判を押されて、切手売りの一員となった。

 さっそく切れ目の入った真っ白なシートとペンと鈴を持たされて、夕暮れの往来に出た。鈴を振りながら「切手ェ~、切手ェ~」と呼ばわっていると、手紙を抱えたものたちが集まってくる。「百円分頂戴」などと言われたら、真っ白なシートの一片に「100」と書き込んで破って渡す。代わりに百円を受け取る。

 数字が書ければ誰でもやれる仕事で、その割に実入りは悪くない。初日も二時間ほど練り歩いていたら一万円くらいの銭が袋に貯まった。その中から一割を組合に納めて、あとは自分のものになる。

 こんなに楽な仕事なのに、なぜみんな切手売りをやらないのだろう。組合は常に人手不足らしく、常に「販売員募集」と書かれた貼り紙が街中に貼られている。

「何でやらないんだろうって、そりゃあそうだよ。やりたかないよ」

 ひさしぶりに会った友人は、私の額に押された切手売りの判子を見て、幽霊でも見たような顔をした。

「お前、自分が何に切手を売ってるのか、ちゃんと見たことあるのか?」

「それがいつも薄目でしか見ていない。他人が苦手なもので」

「それじゃあお前、切手売りが天職かもしれないな」と言って、友人は溜息をついた。

 なるほど、手紙を抱えてくるものたちは、誰も彼も人の姿をしていない。うすぼんやりと影を見ただけでも、そのことはよくわかる。

 普通の人間は郵便局や店に切手を買いに行くものだ。それができない、けれど出したい手紙を持っているものたちが、切手売りに群がってくる。

 私は今日も切手を売っている。客の姿をはっきり見ないように目を細めながら、いっそのこと目が見えない方がいいのかもしれないなどと考える。ただ、それだと切手に数字が書けなくなるので切手売りが続けられない。困ったものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る