第17話 就職率
私達はいったん居間に降りてきて、食事をしてからニーズホッグちゃんの話を聞くことにした。
メニューは勿論ハヤシライス。
らんらんと目を輝かせながら、私の食事風景を観察するせかいじゅさん。
具材選びや味付けを自分でしたらしい。
「手料理など、世界樹様が誕生して以来の神話的珍事です」
とラタトスクちゃん。
恐る恐る口にしてみたら、
「あ、おいしい」
意外なことに、普通に食べられた。ほどよくスパイスが効いている。
「おおー! ラタトスク、リョーコがうまいそーだぞ!」
「当然です。ルーのカレーとハヤシライスとシチューは、箱の裏に書いてあるレシピ通りに作るのが一番美味しく仕上がるのです」
「…………」
身も蓋も無いラタトスクちゃんの横顔を、やるせなさ全開のせかいじゅさんが見つめる。
「……どーでもいいことで気まずい空気作ってないで、さっさと話に入りましょ」
私が切り出すと、食べ終わった皿をぺろぺろ舐めていたニーズホッグちゃんが
「はいは~い」
とかったるそうに口を開き始めた。
せかいじゅさん=世界樹が支えている無数の世界。
『神々』と呼ばれる最も始源的な存在が済んでいた世界を含む――
に住んでいる私達は、一つの世界にいながら他の世界にも同時に存在している。
そこまでは、前にラタトスクちゃんにも聞いたことだった。
「分かったようで、今イチ良く分からないのよね、そこら辺」
この際なので、聞き質した。
「……これだから馬鹿は嫌なんだ。順番に説明するから、黙って聞け」
舌打ちしながらも、ニーズホッグちゃんは噛み砕いて話してくれた。
彼女曰く。
世界はたくさん、住人もたくさん。
けれど魂が自分と同じ者――
繋がっている者が、必ず別の世界にもいる。
私達の魂は一つの体だけに縛られず、循環する血液のように、別の世界の自分と共有されている。
即ち、リンクしている。
ニーズホッグちゃんが蛇と魂が繋がっていたように、フレスベルグさんがイヌワシと魂が繋がっていたように、ラタトスクちゃんがハムスターと魂が繋がっていたように。
そのように世界を隔てた同一人物のことを、『組織』はリンク・アクターと呼ぶ。
しかし、リンク・アクターの記憶や力が、世界を越えて伝播することなどは通常はあり得ない。
「別の世界の記憶をこの世界に呼び出すには、『世界樹の樹液』が必要なんだ」
ニーズホッグちゃんは述べる。
世界樹の幹や葉、根から採取出来る微量の樹液――
それを血清のように生物に打ち込まれた人間は、隣接した別世界の自分の意識や力を、全て吸収してしまうらしい。
私はせかいじゅさんに、指で頭を貫かれたあの日のことを思い出した。
どくどくと私の奥に注ぎ込まれた液体。
突然生えてきたアレ。
魔法でもかけられたのかと無理矢理納得していたけれど、あの行為で私は、『世界樹の樹液』を打ち込まれてしまったのだろう。
別世界の私の意識なんて感じない。
私は私だ。性的嗜好が微妙に変わってしまっただけの。
けれども、私の口から現れたあの黄金色の槍――
グングニルは、性別の変化などとは、また別の次元の代物だった。
そう、正に別の次元の。
「せかいじゅさんが適当に解説してたけど、グングニルって確か、北欧神話で一番偉い神様の武器よね……?」
「ああ、オーディンのヤツが使ってた槍だね。あたしにはそれがアンタの口から生まれてくる理由は分かんないけどさー」
分からないのか。
私が推論を進めようとする前に、
「『枝』ってのは、そのまんまの意味だよ。世界樹の枝葉から折られた、世界樹の枝そのものさ」
ニーズホッグちゃんは話題を先に進めた。
せかいじゅさんを研究していた者達は、その過程で世界樹の枝の一部を伐採することに成功した、という。
樹液もそこから採取されたらしい。
問題はこの『枝』に触れている者は、世界樹が本来持つ力――
あらゆる世界を、あたかも千里眼のように見渡すことが出来る、ということなのだそうだ。
「つまり『枝』さえ持ってれば、この世界も他の世界も、見たいだけ見放題のド変態になれるってことだね、きしし」
愉快そうなニーズホッグちゃん。
どこでもいくらでも見放題か。
便利な力ではある。
今のせかいじゅさんには、この『見通す力』は全く残って無いらしい。
本体である世界樹から離れるときに、『世界を見渡す視界』の大半を自ら封印したようなのだ。
孤独を楽しむ、ただそれだけのために。
無責任な話だ。
ニーズホッグちゃんの話が事実なら、『枝』はその組織の元にあるのだろう。
『世界を見渡す視界』があるのに、どうしてせかいじゅさんの元へ現れたのがニーズホッグちゃんだけなのだろう。
そもそも、あらゆる世界を見渡して彼らは何を成し遂げたいのか。
北欧神話の世界は『ラグナロク』という苛烈な戦いで他の世界も巻き込み、一度終末を迎えたはずだ。そんな世界を観測して、どうしたいのだろう。
この世界を支配したいのか。
はたまた、滅ぼしたいのか。
「目的なんて知らないよ。アイツに呼び出されて、世界樹を連れてくるように言われただけだもん。あたしに分かるのは、アイツが気の弱そうな人間を大勢連れてきて、樹液をぶち込んでるってことだけ。そいつら、フツーに社会に溶け込んでるらしいじゃん」
ニーズホッグちゃんは口を尖らせて嘯く。
「そっか……最近、就職率が飛躍的に上昇したってニュースを聞いたのはそのせいね」
引きこもりやニートが減ってきているらしいけど、まさかその組織が加担していたとは。
何を考えているのかさっぱり読めない。
「結局分からないことだらけなのね……」
私は嘆息した。
その後、話は深夜にまで及んだ。
途中からせかいじゅさん達も色々話してくれたけれど、肝心なところ――
私のリンク・アクターとやらの話は上手くかわされる。
疲労困憊だった私は、話を中断してもらって休むことにした。
その『組織』とやらがせかいじゅさんを狙っているのなら、一時として安心は出来ないはずだけど、本当に危ないならさっさと私達は殺されているんじゃないかって気もする。
そもそも『枝』があるなら、すぐにでも逃げたせかいじゅさんを追いかけてこれるはずなのに、どうして今になって追っ手が来るのか。疑問は少なからず残ってしまう。
追い出すことも諦めてるし、どうしようもない。
堂々と休むしかない。
いつかきっと、この混沌とした生活は終わる。終わってくれる。
楽観しながら切望する。
本当に終わったときのことなんて、考えてもいないくせに私は願う。
何年も女子高生をやってられるわけじゃないのと同じで。
望もうと望むまいと苦々しい終わりのときはやってくるのに。
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