第9話 あざ笑うもの

「へー、あいつ本当に『視界』を失ってやがるんだ……」


 大人ぶった素振りで肩肘をつきながら、嘲笑う者が囁いた。


「君と同じようにね。今の世界樹は、侍従に近い存在のようだ。我々の組織はリンク・アクターと呼んでいるが」


 私は空を仰いだまま、嘲笑う者に語る。


 世界樹の幹を見据えることが出来るこの場所を、彼女も気に入ったようだ。


 自分のパーソナルスペースを他人に気に入ってもらえるのは、悪い気分では無い。


 夜でも無い時間に、見るからに目立つ嘲笑う者を招き入れることは、不必要な危険を招くことでもあるが。


「リンク・アクターねえ……世界樹に触れた者は役者扱いかよ?」


 フェンスによじ登りながら身を乗り出して、嘲笑う者はふざけた調子でのたまう。


「もちろん一流の役者もいれば、二流、三流もいるがね」


「けっ。そんな評価、どこの誰が決めるってーのよ」 


「多くの場合、時代を築いた演技を論ずるのは、後世の批評家では無いかな」


 嘲笑う者は鼻で笑い、私に向かって歯を剥き出した。


 重く黄色い日差しが長い犬歯に反射し、金属的に冷えた光を放つ。


「お前は批評家の側にいるっての?」


「つまらない役割ではあるが、そうありたいね。外側からの視点が無ければ、芝居の世界も停滞し衰退するだろう」


「ふんぞり返って陰口叩いてりゃ、役者だってムカついて批評家に楯突くんじゃん?」 


「侍従が世界樹に怨恨を抱くようにかい」


 犬歯を唇の間に閉まって、嘲笑う者は三白目になった瞳を宙に向けた。


「怨恨なんて簡単に言って欲しくないね。これは因縁。あたしと世界樹の何千年も前から続く宿縁だ」


「なるほどね……早く決着をつけないといけないな」


 私は苦笑する。そう、因縁。


 大切なのはそれだ。


「傍観者ヅラしやがって。呼び出してもらった恩もあるし、目的も一致してるから手伝ってやってるけどさ……あんまり調子に乗ってたらあたしも黙っちゃいないよ。きししし」


 湿った舌で唇を舐めながら、嘲笑う者は笑う。


 退廃的かつ官能的な仕草だったが、私は少女を愛でる文化を持たない。


 ひゅうと景気づけに口を鳴らし、


「気をつけるよ、噛みつかれないように」


 私は猛獣に触れるかの如く慎重に、嘲笑う者の前髪を撫でてやった。


 糸のように目を細めながら「きしゅー」と彼女の力が抜ける。


 長い間誰にも甘えられず誉められなければ、神であろうと心もささくれるのだろう。


 役割をこなすには、飴とムチが必要なのだ。

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