第15話 王神の槍

 外気に触れて関節の節々が痛い。

 鋭利なナイフで肌を刻まれるかのような、激しい寒さだ。


 一日の終わりも近く、青黒い雲が月を隠して道は暗い。

 フレスベルグさんにおぶられた私とラタトスクちゃんは、工場町を歩いていた。


 外気が冷たくなっているのかと思いきや、道行く人々は意外と薄着。

 私の体が異様な熱を帯びているだけみたいだ。


「ニーズホッグの毒には、この世界でいうインフルエンザウイルスによく似た症状を引き起こす物があるそうですから。凉子様を蝕んでいるのもそれでしょう」


 ラタトスクちゃんが、にこやかに人の病状を解説する。

 それ、あんまり楽観できない症状じゃないかな。


「予防注射打っとけば良かった……」


 熱に浮かされてどうでもいい応答をしながら、私達は先を急ぐ。


 数分前の病室のベッドで、私は「急げ」と彼女達に命令した。

 せかいじゅさんを追いかけるのは、簡単なことだった。


 ニーズホッグちゃんは、自分の居場所をきちんと残していった。

 私の制服の胸ポケットに、メモ用紙が一枚入っていたのだ。


 フードコートで耳たぶを噛まれたときに胸をわさわさまさぐられたと思ったら、これを入れられていたらしい。


 そこには、


『せかいじゅへ 

 おまえのたいせつなひとのからだはおかさせてもらった。

 たすけたければ、いかのじゅうしょにひとりでこい。

 にずほぐより』


 と、汚すぎる平仮名の文章と、打ち捨てられた町の廃工場の住所が記されていた。

 あからさまに罠っぽかった。待ち伏せられている。


 それなのにせかいじゅさんはこれを読んで、あっさり一人で病院を飛び出したのだ。


 考えなしの馬鹿。無鉄砲な餓鬼。無計画な植物。


 自分で私を巻き込んだくせに、勝手に自分の元部下と戦って、自分の命を簡単に天秤に賭けるな。


「凉子様、顔が真っ赤な河豚みたいになっておりますよ。ぷっくりぷっくり」


「病人をいじるな……」


 人の頬を指でつついてくるラタトスクちゃんのせいで、怒りが薄れる。

 ついでに意識も薄れてきた。


 急がないと私の体、結構やばいかも。

 潰れまくった廃工場や廃墟の前を通りすがり、フレスベルグさんの着物にうっかり鼻水とよだれを垂らしたことを誤魔化しながら、私達は目的の廃工場にたどり着いた。


お父さんに見せられた、特撮作品のヒーローがよく戦っていた場所とそっくり。

 広くて寂れていて埃っぽくて、いかにも怪人が根城にしてそう。


 入り口の有刺鉄線は切断されていて、切り口がぴかぴかで新しい。

 ついさっき、誰かが侵入した形跡だ。


「どうしよう……なんかトラップとかあるのかな……?」 


 来てみたものの、策なんか無い。

 フレスベルグさんの背中に体を預けたまま、鈍重な頭で悩む。 


「ふーむ……世界樹様とニーズホッグ様は、すでに中にいるとは思うのですが。ひとまず私が様子を見て参りましょうか?」


 ラタトスクちゃんが尻尾をピンと立てて、クラウチングスタートの体勢を取る。

 強調されるお尻のラインから、慌てて目を逸らす駄目人間な私。


「しっ……何か聞こえる……ですよ」


 フレスベルグさんが、そっと人差し指を立てる。

 私もラタトスクちゃんも聞き耳を立てる。


「なんでこんなことするのだニーズホッグのアホめがー! そんなんだから連れて来なかったのだぞアホー!」


「うるさいうるさーい、世界樹のとーへんぼくがー! お前なんかにあたしの気持ちなんて永遠に分からないやーい!」


 ……とてつもなく低次元な、高次元存在の口喧嘩が聞こえてきた。


「……ラタトスクちゃん、フレスベルグさん……ちょっと様子見てから入ろ……なんか急いだ分損した気がする」 


「……ですね」


「ふー……」


 さすがの二人も、力が抜けたみたいだった。

 私達は入り口の隙間から、廃工場の中を覗いてみることにした。


 幾つものランタンがそこかしこに置かれていて、思ったよりも明るい。

 剥き出しのパイプやら、使われないベルトコンベアやらが寂しげに佇んでいた。


 人がいた痕跡だけが淡々と、骸として残り続けている。


 その中心に、二つの人影。 


 一つは、奥の方で積まれた鉄筋に腰を下ろした黒レースドレスのニーズホッグちゃん。ぶらぶらと足を揺らしながら、少女とは思えない貫禄で腕を組んでいる。


 女の子の魔王って感じで、かっこ可愛い。


 そんなニーズホッグちゃんに対峙するのは、白パーカーワンピのせかいじゅさん。こちらも腕組みしながら仁王立ちしている。


 対照的な二人の影が大きく天井や壁に映し出されて、作り込まれた影絵を見ているようだった。


「一人で来いとはいったけどさー、本当に一人で来るとはねー。フレスベルグぐらい連れてくれば良かったじゃん? まー、あんな鳥一匹増えたって状況変わらないけどね!」


 ニーズホッグちゃんが、目を剥いてけらけら笑う。

 私の傍らで黙っていたフレスベルグさんが、


「あの蛇め……!」


 と低く唸る。

 髪の毛が逆立っている。


「フレスベルグ様、どうどう。落ち着くのですよ」


 ラタトスクちゃんが、フレスベルグさんの頭をなでなで。


 それだけで「ぷしゅー」と、髪の毛が横たわる。


 みんな揃って、いいのかそれで。


「ふん! 私は一人で歩んでいくと最初から決めて、この世界に降りてきたのだ! 今さら何を恐れるものか!」


 せかいじゅさんの張りつめた叫び声が、廃工場の壁に反響した。


「きひ。力のほとんどを失ってやがるくせに強がっちゃって」


 嘲笑うニーズホッグちゃんに、せかいじゅさんは臆しない。


「私は世界樹、ユグドラシル! たった一人であっても、選んだ女を支えてみせるっ! ……げふげふげふっ」


 慣れない気合いの叫びに、声が裏返って咳き込んでいる。


 ――選んだ女って。


 滑稽でたまらないはずなのに、私は高い熱がより高くなっていくのを感じた。


「健気な女になっちまったねー世界樹。悪かないけど、面白くは無いね。そのちっこい体、このニーズホッグ様の力でひーひー言わせてあげるからっ!」


 刹那。


 ニーズホッグちゃんの瞳が真っ赤に染まり、明滅した。


 どこから吹いてきたのか突風が黒レースのドレスにまとわりつき、ニーズホッグちゃんの細いボディラインがくっきり露わになる。


 力の入った動きで両手を上下に突き出したニーズホッグちゃんは、カマをもたげた蛇のようだった。

 臨戦体勢。

 一介の女子高生にだってそのぐらいの雰囲気は読める。


「フレスベルグさん、行こう!」


 私は自分の体調不良も忘れて呼びかける。


「合点承知……の介でござる」


 変な語尾が増えたフレスベルグさんは両手を勢いよく、左右に開いた。 

 フレスベルグさんの目が真っ青に染まり、明滅する。


 着物の袖が、長大に広がっていく。その生地に、びっしりと羽毛のようなものが生えている。


「フレスベルグ、推して参る……です!」


 地を蹴ったフレスベルグさんは、一瞬で私の上空数十メートルにまで急上昇、その勢いのままで急降下。

 私は巻き起こる旋風に吹き飛ばされそうになりながら、ラタトスクちゃんの腕にしがみつく。

 砲声の如き音が轟然と響いた。


 眼前にあったはずの扉が爆裂粉砕、虚空に舞う。


 気づいたときには、フレスベルグさんはすでに廃工場の中にいた。

 くるくる回転しながら羽毛の袖を畳み、扉の残骸を振り払う。


 ニーズホッグちゃんは、真っ赤な瞳を見開いて慄然としていた。


「き……貴様は……!?」


 ひくひくと口元を憎悪に歪ませるニーズホッグちゃんを無視して、フレスベルグさんはかしずく。


「お待たせ……致しました」


 かしずかれたせかいじゅさんの方も、唖然としている。


「ふ、フレスベルグ……! リョーコの元でリョーコの言うことを聞け、と言ったではないかー!」


「もちろん、命令は違えていない……ですよ?」


 フレスベルグさんが立ち上がり、私達の方を見やる。


 せかいじゅさん達も、こちらに気づいた。


「リョーコ……来てしまったのか。寝込んでいたはずなのに……」


「放っておこうかと思ったけど、同居人を死なせるのも気が引けるしさ……それに……」


 私は無理矢理に笑顔を作ってみた。


「それに人が作ったハヤシライス、食べたいし」


「あうううー……」


 せかいじゅさんは顔をくしゃくしゃにして鼻水を出す。


「あー……リョーコ、うあー! リョーコが優しいぞーうあー!」


 うえ、みっともない。やっぱ来なきゃ良かったかな。


「フレスベルグ様、わざわざ扉をぶち破る必要はあったのでしょうか」


 冷静なラタトスクちゃんに、


「ファーストインパクトは重視しないと……です」


 ドヤ顔で答えているフレスベルグさん。

 初対面でずっこけてた気がするんだけど。


「よーし! 一人でやるつもりだったが、お前が来たのなら任せるぞフレスベルグ!」


「御意……です」


 フレスベルグさんが応じる。そこは「御意」だけでいいじゃん。


「しょーこりも無く、よくも現れたねえフレェェェェェスベルグ! 未だに世界樹の奴隷気取りのトリ女がぁ!」


 張り上げられた奇声が大地を唸らせる。


 赤い黒のニーズホッグちゃんが、青い銀のフレスベルグさんを真正面から睨めつけていた。それを受けたフレスベルグさんも、


「お前も相変わらず下品な奴だニーズホッグ! 侍従の資格も失った根囓り蛇女め!」


 似合わない大声をあげる。

 ぴりぴりと震える空気が素肌に痛い。


 世界樹の上で敵対を続ける巨鷲と大蛇が、この世界で対峙している。


 神話的な戦いの前に、私はいるのだ――


 ってどう見ても幼女と着物美女だけど。


「いくよフレスベルグ! 我が牙の餌食にしてあげる!」


 ニーズホッグちゃんが、身を低くして弾け飛んだ。

 全身の関節が外れたかのように地面をくねり、蛇そのものの動きで這って進む。


 肉眼で追うのがやっとのスピードで、床の闇と同化し、しゅるしゅるとフレスベルグさんの方へとにじり寄っていく。


 フレスベルグさんはロケット弾頭のように跳躍、近づいてくるニーズホッグちゃんを間一髪避ける。


 ついさっきフレスベルグさんが立っていた床を、ニーズホッグちゃんが爪で引き裂く。

 重機で掘削したような跡。


 追いかけるニーズホッグちゃんに、フレスベルグさんが急降下。

 長い両足がニーズホッグちゃんを横薙に蹴ろうとする。


 体を逸らして避けるニーズホッグちゃん。

 背後の柱がフレスベルグさんの直撃に受けて、ダルマ落としの如く綺麗に中心部を失い滑落。


 灰燼と化していく廃工場。


 私は自失しながら、人知を超越した戦いの変転を眺める。


「あのフレスベルグさんに、こんな力があったなんて……」


「そりゃーあのお二人は、ラグナロクをも生き残った神に近い存在ですからねえ。仮の姿と言えども半分の力ぐらいは出せるかと思いますよ」


 ラタトスクちゃんが、何もしていないのに胸を張る。


「……あれで半分なの? 本気出したらどーなるのよ」


「そりゃもう、この廃工場なんて一瞬で無くなっちゃうんじゃないでしょうかね。くわばらくわばら」


 今さらながら、こんなとんでもない奴らと同居していた自分の無事を奇跡のように感じる。


「がんばれー負けるなーフレスベルグ、ちからの限りー」


 ゆるいせかいじゅさんの応援の狭間で、ニーズホッグちゃんとフレスベルグさんは激戦を繰り広げている。


「フレェスベルグゥ……そんな動き辛そうな格好のくせに、力は衰えてないようだね」


 地を這いずり、ニーズホッグちゃんが呻く。


「貴様も、そんなに貧しい乳の分際で豪快に動きやがる……ですね」


 空を舞いながらフレスベルグさんが嘶く。


「乳のことは言うな! 調子に乗ってるみたいだけどねーフレスベルグ、この狭くて天井も低い工場内じゃ、ご自慢の翼も存分に発揮できないだろ。だろだろだろ?」


「…………」 


 ぺろりと舌を出して笑むニーズホッグちゃんに、フレスベルグさんは沈黙を返す。


「確かにフレスベルグ様は、力を持て余していようにも見えますね」


 ラタトスクちゃんが沈着に呟いた。


「……手を抜いてるの? どうして?」


「フレスベルグ様が思いっきり翼を延ばせば、先ほどのように扉をぶち破るぐらいの威力はあるでしょう。しかし下手に屋根や壁を崩せば、破片が凉子様や世界樹様に当たる可能性もあります。この薄暗闇では、逃げるのもままなりませんからね」


 私は逃げきれますが、とラタトスクちゃんは付け加える。


「なんと……フレスベルグ! 私のことは気にせずに戦えー!」


 暢気にせかいじゅさんは応援する。


「そーはいかないのさ世界樹!」 


 突然ニーズホッグちゃんは、フレスベルグさんに背を向けた。

 飛翔していたフレスベルグさんが、天井を蹴って慌てて追う。


 一手、遅かった。


 ニーズホッグちゃんは、せかいじゅさんに自分の体をにょろにょろと絡ませ、しがみついていた。


 虚を衝かれたラタトスクちゃんも、尻尾をへたらせて立ち尽くしている。

 せかいじゅさんの胸に、腰に、足に、触手のようなニーズホッグちゃんの四肢が食い込む。


 ちょっと興奮する私。

 死ね私。 


「フレスベルグ、お前と決着をつけたいのは私も同じだけどね。私の今のターゲットは世界樹だけなのさ」


「なん……だと……です?」 


 床に降り立ったフレスベルグさんが呻いた。

 『だと』までが語尾でいいと思った。


「ニーズホッグ……貴様、誰に呼ばれたのだ……」


 せかいじゅさんが苦しげに体をよじる。


「けっ……私を捨てたやつなんかに、誰が言うもんか。世界樹、悪いけどあんたにはちょっと休んでもらう。分霊の体が死ぬぐらいなら、幹の方は倒れたりしないんだろー? 放っておいたらいきなりブスっとやられて、元の世界に戻されかねないしね!」


「……せかいじゅさんが、死ぬ?」


 くわっ、とニーズホッグちゃんが大口を開けた。


 鋭すぎる二本の犬歯が、ランタンの炎を反射して血色に輝く。


「や、やめろニーズホッグ……です!」


 フレスベルグさんが叫ぶ。


「ニーズホッグ様、お止め下さい! 分霊と言えども世界樹様の魂の一部を傷つければ、二度と侍従には戻れませんよ!」


 ラタトスクちゃんが請う。


「きひひひひ! だーめ、やめなーい!」


「…………!」


 ニーズホッグちゃんの牙が、ぷつりとせかいじゅさんの喉に突き立てられた。


 せかいじゅさんの体がびくんと跳ねた。


 ……死ぬ?


 あの、せかいじゅさんがここで?


 私を助けるため? 私が関わったせいで?


 どっちだ。


 こんな……


「こんな因縁は、嫌……!」


 ――その通り。


 胡乱な声がどこかから響いてくる。


 ――絡みついた縁(よすが)の全てを壊しつくしちまえ。


 それは、頭の奥の、さらに奥から聞こえた。


 ――己に連なる血筋の全てに仇なしちまえ。


 せかいじゅさんが触れた、私の深奥から。


 何かがせり上がってきた。


 沸き上がって、蠢いている。


 荒んだ鋼鉄の、苦い臭気を発しながら。


「う、うう………?」


 蠢動しているのは――私の喉だった。


 沸き上がってきたそれが、喉を通して出てこようとしている。


「リョーコ……?」


「うううううううううううううううううう……!」


 せかいじゅさんを始め、ラタトスクちゃんやフレスベルグさんが怪訝そうに私を見つめる。

 ニーズホッグちゃんも、突き立てていた牙を一瞬離していた。


 目映い光が私の喉から溢れる。

 自分から発せられた光で、視界が真っ白に曇った。


「がぐ、う……ううううう! があがががああがっ!」


 声が声にならない。

 痛苦は無い。


 光は収束し固定され、私の口から真っ直ぐに伸びていき、細長い棒状の形を取った。


 その先が丸く広がったかと思うと、光が一気に拡散し――


 ――そこには、黄金でできた一振りの槍があった。


「そ、それは……その槍は――」


 グングニル、とせかいじゅさんは言った。


 口腔を通り抜けた槍は、眼前の中空で静止している。さながら、主君の命令を待つ騎士のように。


「な……?!」


 絶句するニーズホッグちゃんの拘束が緩んだ、その隙をせかいじゅさんは見逃さない。


 小さな体でするりと屈んで黒レースの間から抜け出すと、「ちっ!」と舌打ちしたニーズホッグちゃんが延ばす手もすり抜けて、真っ直ぐに私が吐き出した槍に向かってくる。


「せ、せかいじゅさん――こ、こ、これ?」


 誰より混乱してる私を後目に、せかいじゅさんは槍の輝きを己の手に強く握りしめた。


「グングニル・オーディンが持つ神槍・神界の宝物・必ず敵を外さない必中の槍・穂先にはルーンが配され、槍を向けられた者には敗北しかない」


「だからその、検索したことそのまんまみたいな解説を聞きたいんじゃなくてさ……」


「私の所有物では無いが、やむを得ないな!」


 私を無視したせかいじゅさんが槍先を前に向けた。

 ニーズホッグちゃんの顔が青ざめる。


「ままま、待てっ世界樹! お前じゃそれを使いこなせないだろー!?」


「ニーズホッグの言う通り、む、無茶……です!」


 フレスベルグさんまでもが顔面蒼白。


 ラタトスクちゃんは、いつの間にか頭を抱えてしゃがみ込んでいた。突き出たお尻に、尻尾だけがぴょこんと出ている。


「貫け! グングニーーーーーーールぅううううううっひああああああ!?」


 せかいじゅさんが叫ぶと共に、槍――

 グングニルが膨大な光を再び発し、弾丸のような勢いと速度で突き進む。せかいじゅさんの体ごと。


「わー! と、止ま止ま止ま止ま止ま止ま止ま止ま止ま止ま止ま止ま止まれー!」


 必死の形相のまま動けないニーズホッグちゃんの脇腹の下を、グングニルとせかいじゅさんがひゅん、と通り抜ける。

 必中の槍を、せかいじゅさんは外した。


 ――一時の静寂の後、視界が広くなった。


 霞んで近く、戦闘機の爆撃を思わせる爆音が大音量で響きわたり、廃工場の屋根と壁の一部がぽっかりと消滅していた。


 満点の星空が、祝福するかの如く私達を見下ろしている。


「あらあら、綺麗な星空ですね……」


 しゃがみ込んだまま現実逃避するラタトスクちゃん。


 私は呆然。フレスベルグさんも呆然。


「き……きひきひきひ……」


 なんで笑ってるんだろニーズホッグちゃんと思っていたら、彼女はがたがたと痙攣しながら崩れ落ちた。


 その足下に水滴が溜まり――ドレスが無様に濡れていた。


 内股で座り込んで、真っ赤な顔で股間を抑え込んでいる。


 ……やっちったか。


「ニーズホッグ……きっつい」


 宿敵のはずのフレスベルグさんまでもが、哀れみに満ちた目で見ている。


 せかいじゅさんはと言うと、立ち昇る白煙、開けた廃工場の敷地の中心で――グングニルを握ったままぶっ倒れて目を回していた。

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