第18話 デートしよ
たっぷり惰眠を貪って、のっそりと起床した私が部屋から降りてくると、台所でフレスベルグさんとニーズホッグちゃんが髪の毛を引っ張りあっていた。
「朝っぱらから何してんの……」
「フレスベルグの奴、あたしが世界樹に貰ったウインナー食いやがったんだ!」
見ると、フレスベルグさんはもごもごと口から赤いたこ足を覗かせていた。
「ニーズホッグがウインナー嫌いって言うから……です」
「言ってなーい! うまそうだから取っておいたんだ! お前は昔からそうやって、人の大切なものを横から奪っていくんだ! アホー!」
涙目のニーズホッグちゃんは、牙を剥いて叫ぶ。
その光景を尻目に、にやにや含み笑いで洗い物をしているラタトスクちゃん。
「お二人は相変わらずですねー凉子様……『ニーズホッグ様ウインナー残してますよ、お嫌いなのでは?』って言っただけでこの騒ぎです」
「ひょっとして、二人が仲悪いのってラタトスクちゃんのせいなんじゃないの」
「あらまあそんな……そういう伝承もあるって話も聞いたことありますけどねえ、くひひ」
ラタトスクちゃんは邪悪な笑顔を浮かべて、ティーポットからローズヒップティーをカップに注ぐ。
この三人は何千年も、せかいじゅさんの周りでこんなやりとりを続けてるんだろうか。
よくも飽きないものだ。
呆れつつも私がテーブルにつこうとすると、廊下の方から
「リョーコ、こっちだ、こっち」
と声がした。
せかいじゅさんがドアの陰から手の平を振って、おいでおいでをしていた。
何故か部屋には入ってこようとしない。
「なーにせかいじゅさん? ご飯は食べたの?」
私が訝りながら近寄ると突然せかいじゅさんは、がっと私の手首を鷲掴みにして、
「遊びにいくぞリョーコ」
耳元で囁いた。
吐息がかかって「ひゃんっ」と変な声が出た。
――かくして私とせかいじゅさんは、早朝の肌寒い町に飛び出した。
「ちょ、ちょっとせかいじゅさん? 私パジャマなんだけど?!」
「心配するなリョーコ、着替えなら持ってきているからな!」
せかいじゅさんは、デパートの紙袋をぶら下げていた。
中を覗いてみると、ピンクのチュニックブラウスや黒のレギンスなど、私のお気に入りの私服一式がきっちり畳まれて入っている。
「下着まで入ってるんだけど」
「リョーコはその下着を気に入っていたのではないのか」
「なんでそんなこと知ってんの」
「リョーコのことはたくさん知っているのだぞ私は。さあさあ着替えろ。今日はいろんな所に行くぞ」
傲岸に命じてくるせかいじゅさんに、私は抗わなかった。
昨日から倦怠感と共に、楽観以上の奇妙な諦観が私の中に生まれていた。
どうせ混乱するなら楽しんだ方が楽だ、とヤケになっているだけの気もするけど、ハヤシライスのお礼ってのもある。
公園のトイレで着替えた私は、学校の授業をさぼってせかいじゅさんとのデートに繰り出した。
気温はともかく陽は照っていて、植物体質であるせかいじゅさんはとっても気持ち良さそうに歩く。
遠景に屹立する世界樹も、心なしかいつもより大きく見える。
同棲生活の中で、二人だけで出かけるのは初めてだったりした。
連れてきたことが無かった駅前付近のアーケード街は、平日ということもあって人は多くない。
せかいじゅさんは通りがかる店全てに目移りしているので、誘われたはずの私がプランを練る羽目になった。
まず入ったのは、商店街隅にあるファッションビル地下のゲームセンター。
たまに由里とやっている、ダンス系の音ゲーを二人でプレイしてみる。
「あ、足が! 足が動かないぞリョーコ!」
せかいじゅさんは運動神経が壊滅的なまでに発達していないらしく、画面の指示に従ったステップを踏むどころかその場で足踏みするばかり。
踏み台昇降みたいだった。
仕方ないのでUFOキャッチャーをやらせてみたけど、クレーンの動きに気を取られてまさかの三連続時間切れ。
格闘ゲームにも興味を持ったようなので遊ばせてあげたら、操作キャラにCPUの攻撃がヒットする度に両手を離してびっくりするので、いつになっても反撃に転じられない。
三ゲーム滅多打ちにされたところで、お金が勿体無いので止めさせた。
結論、世界の支えにゲーセンは向かない。
次はカラオケに連れていってみた。
歌なんて知ってるんだろうか、と思ったけどせかいじゅさんは意外と日本の歌にはうるさかった。
しかも上手い。
地声が幼い割に声域がかなり広いようで、大体は歌いこなせる。
「好きな曲がたくさんあるぞ! カラオケって楽しいなリョーコ! 人の生みだした文化の極みだな!」
問題と言えば、70年代フォークソングしか歌えないことだった。
なんでそこにピントを絞ったのかは本人にしか分からない。
ただの趣味なんだろう。
否定はしないけど、聴き続けていたら飽きてきた。お父さんと来させた方が良かった。
結論、世界の支えはカラオケが得意。
ただし私がきつい。
時間があったので、映画館にも行ってみることにした。
上映していたのは、たまたまその時間にやっていたアニメ映画で、子ども向けのロボットものだった。
変なラブシーンも無いだろうし無難に時間を潰せるだろうと思いきや、これが想定した以上に感動的な内容で、人の内面を抉ってくるかのような描写がこれでもかと敷き詰められていた。
「あんな辛い運命、あんな辛い恋愛……あんな……うう、ううあー!」
号泣するせかいじゅさんにハンカチを渡しながら、私も鼻水をすすっていた。
結論、世界の支えだろうとちっぽけな人間だろうと、いい映画は泣ける。
映画に精気を全て持っていかれて放心状態になった私達は、由里とも行ったケーキ屋に入ることにした。
陳列されたケーキを眺めながらじゅるじゅるよだれを垂らし、
「これ全部一口ずつよこせ」
と店員を脅すせかいじゅさんの頭をはたく。
私は前と同じモンブランを、せかいじゅさんにはショートケーキを頼んであげた。
そういえば、家でケーキなんて食べさせてあげたことは無かったな。
恐る恐るフォークでつついて生クリームをぺろりと舐めたせかいじゅさんの頭上に、一番星が輝く。
「甘いな旨いなリョーコ! 自然にはあり得ない味だぞこれは、人間はやはりすごいな!」
信じられない早さでばくばくとケーキを平らげてしまうせかいじゅさん。
「もっと落ち着いて食べなよもー」
私は自分のモンブランを半分切って、せかいじゅさんに差し出した。
こちらもせかいじゅさんは、ぺろりと一口で食べてしまった。
「ううううううううーん! こっちも旨いな! やはり知識で知っているのと経験とでは雲泥の差だな! お菓子はすごいな!」
ほっぺたにクリームをたっぷりつけて、せかいじゅさんはのたまう。
「大げさねー……美味しいのは確かだけどさ」
否定はしないでおく。
お菓子の無い別の世界には行きたくない。
カップのオレンジティーも、せかいじゅさんはひーひー熱がりながら飲み干した。
「お茶を急いで飲む必要無いでしょうに」
「リョーコ」
せかいじゅさんは、突然真顔でカップをテーブルに置いた。
感情をリセットする冷たい金属音。
「ん、何よ」
「私は、後悔はしていないぞ。この体でリョーコと会えて、この上なく幸せだった。世界樹として生まれ、あらゆるものを支え続けてきた私に幸せをくれたのは、他ならぬリョーコ、お前だけだったぞ」
「きゅ、急に何を言い出してんのよ。巻き込んだ謝罪でもしてるの?」
じっと目を見つめられると、反応してしまう。アレのことではない。
もっと別の場所が疼く。
「そうかも知れぬ。後悔は無いが、お前に苦しい想いをさせてしまったのも事実だからな……怒ってくれていいぞ?」
せかいじゅさんが視線を落とした。
「そんなのもういいよ……とは言えないけど、今は怒る気分じゃないよ」
なんだかんだで、今日は丸一日楽しんでしまった。
疲れはどっと溜まっているけど、疲れるまで誰かと遊ぶのは久しぶり。
こんなことをしている場合じゃない、というのは分かっているけど――
なんだか、余裕があるのだ。
何もかも楽しめてしまえるような、誰かが楽しんでおけと言っているような、そんな謎の余裕が。
「リョーコ、優しいなお前は」
せかいじゅさんはもじもじしながら顔を上げてくる。その甘えた仕草が卑怯だ。
「い、いいからさ……今日はもう帰ろ? ラタトスクちゃん達も心配するし」
「うん!」
頷くせかいじゅさんの手を握りしめて、私は店を出た。
手を繋いで、最初に出会ったケヤキ並木を通って一緒に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます