第29話 エピローグ

 金色の風に稲穂が揺れ、マカロンが欲しくなるのどかな放課後。


 学校を出た私は、そのまま病院に来ていた。

 ここ数日、お父さんの容態は安定している。

 食事も摂れているし、この調子なら近日中に手術の日取りも決められるという話だ。


 もし、せかいじゅさんに力が残っていたら。


 もし、世界樹の枝が私の手にあったら。


 そう思ってしまうこともたまーにあるけど、どうしてもそれで幸せになれるとは思わない。

 思い出す必要の無い過去なんて、若さで自分を誤魔化せないお父さんには重荷でしかない。


 お母さんのことだって、無理に思い出して欲しくない。



「それで、その子は元気なのかい?」


 ダージリンの紅茶を飲みながら、お父さんが優しく囁く。


「うん、元気すぎるしいっぱい食べてるよ。店の売り上げは倍増してるから、家計にはダメージ無いんだけどね」


 他には雑食性のペット兼女の子が三匹いるだけ――

 ペット兼女の子はまずいかな。


「リョーコが寂しくなければ、誰がいてもいいさ」


「そうだね。退屈はしないよ」


 私もレモンを放り込んだ紅茶に口をつけると、お父さんがくすくす笑った。

 何も面白いことは言ってないつもりだけど。


「リョーコ、辻さんと初めて会ったときも面倒そうだったのにな。退屈は嫌いじゃないんじゃなかったのか?」


「一人の時間は好きだよ、今でも。でも……」


 ――でも。


 悪くない騒がしさってのもあると私は知った。


「そっか……安心だな。今のリョーコは、前より凛としてるしな」


「簡単に安心されても困るんだけど? まだ女子高生なんですけどね、こっちは」


 神々を混乱させた悪神でもあるけどね。


 これからの親孝行のために、私はまだお父さんに心配されてあげたい。


 ロキみたいな暴走をしないように、ほどほどに。


「今日は、その子もお見舞いに来てくれるんだろう?」


「うん、着替え持ってきてくれるように頼んだから。もうすぐ来ると思うんだけど……」


 窓の外を見やる。


 遙か雲の向こうには、今も巨大なトネリコ、世界樹の幹が恒久的な姿でそびえ立っている。


 幾多の世界に根を張りながら、その遊び心は私と共にある。

 枝が失われ、例の組織・九世機構が行おうとしていた究極の就職率上昇計画、オムパロス計画(プラン)は潰えた。


 笛吹くんが率いていた引きこもりニート達も、元に戻った。


 彼らがまたせかいじゅさんに手を出そうとしても、今度はラタトスクちゃん達がを許さない。

 組織のリーダーである須藤という人は責任を取って世界樹を燃やそうとまでしていたらしいので、結果的には平和的な解決ではあるだろう。


 ただ――人々はもう、簡単には就職出来ない。


 リンク・アクターとして他世界の自分や神と同調していた者達は、職能を失ってしまったまま、就いていた仕事を続けられるんだろうか。

 私には彼らの行く末は読めない。

 一度でも社会にも出た経験を糧にしてほしい、と願う。


 働くかどうかってことは、これから私の人生にも重くのしかかってくることなんだろう。


 未来の仕事も友人も恋愛も、縁は私の魂と体に何重にもしつこく絡みついてくる。無視出来るものもあるし、逃げようもないものもある。

 まだ変なアレも生えているし、面倒な因縁はまだたくさんあるけど、今私が抱えている一番の因縁は、そんなに面倒ではない。


 どんなに辛くても、きっと彼女がいてくれる。

 それが私の糧になる。


 温かい気持ちに浸っていたら、廊下の方から病院には場違いな声が聞こえてきた。


「リョーコー! お待たせだ来てやったぞー! なんだお前、人の首根っこを掴むな、私は世界の支えなのだぞ! おーいリョーコ、どこだー!? ラタトスクがなー、美味しい焼きプリンを作って持たせてくれたんだぞ。今日の晩ご飯も、またハヤシライスにしたからな! わー!? どこに連れて行く気だ?! いやだいやだ! もう弄ばれるのは嫌だー!」


 それを叱る看護婦さんの怒声も響いてきた。


「はあ、またやってるし…………」


 ぼやきながら私は苦笑する。


「聞きしに勝る女の子みたいだな。でも、リョーコは面倒じゃないんだよな?」


 窓の外の黄昏を眺めながら、お父さんも苦笑した。


「いやー……やっぱり面倒かも。あは」


 笑いながらエア口笛を吹いて、私は考える。


 ――せかいじゅさんと、働いてみよう。


 上を向くのは面倒だけど空は高いし、雲はきっとほどほどに甘い。

                                       了

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せかいじゅさんとあまあまが苦手な女子高生 ホサカアユム @kasaho

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