第2話 美少女世界樹がやってきた

 由里がさらに甘々なチャイをお代わりしてから、部活の先輩の愚痴までひとしきり話し終わって、ようやく私は自宅に帰ることを許された。


 私のエア口笛は途中でメタルアレンジやハウスリミックスを挟みつつ、同じ曲を十回ほどループしていた。


「じゃね! 今日の話は絶対秘密なんだからね、リョーコ!」


「分かってるよ。笹川くんと仲良くね」


「リョーコもいい男見つけなさいよねー」


「はいはい、明日から本気出すから」


 元気に手を振る由里に、私も小さく振り返す。


 由里は今の絶対的な秘密を、きっと自分から露見させる。由里ブログの存在は学年に知れ渡っているし、きっと由里はそこに笹川くんとの些細な揉め事を、イニシャルトークで書き散らす。イニシャルだろうが周りの人間にはバレバレ。


 笹川くんは女子の間で一時の世間話の主役にされて、すぐに忘れ去られるだろう。女子とは、そうやって同情と共感を買いながら簡単に人を抹殺出来る生き物なのだ。私はそういう手段に走らなくちゃならないほど、他人に拘らないけども。


 由里と別れてからケーキ屋のある商店街を出ると、家までほとんど一直線のケヤキ並木道が続く。私の住む町は町の景観にそれなりのお金を費やしていて、等間隔に並んだケヤキは季節ごとに異なった表情で人々の心を楽しませてくれる。


 真夏は害虫が大量発生するのが玉に疵だけど、七月には野外イベントの一環でケヤキ全体を電飾が覆い、並木道は光のページェントトンネルに変わる。デートスポットとしては最適で、そこら中にバカップルが沸く。見る人から見れば害虫と変わらないかもしれない。


 人混みが嫌いな私は、人気が少なくなった夜の時間にここを一人でのんびり歩きながら、天の川を渡るみたいな気分に浸るのが好きだった。一人で見るようになったのはここ最近だけど。今年は近所にカフェも出来たし、タンブラーにキャラメルマキアートのトールサイズでも容れて散歩するのもいいかも。片手には適当な文庫本でもあれば最高だ。


 ぼんやりと思案にふけりながらケヤキ並木を眺めた私は、唐突な違和感に足を停めて、目を細めた。


 見慣れない植物が生えていた。


 ――なんだあれ。


 違う。植物ではない。ほどよい間隔で植えられたケヤキの間に、景観を意図的に邪魔するかのように埋まっていたそれは――。


 ――女の子だった。


 土を掘り返して、両足を脛まで地面に埋めている。まるで一本の木になりきっているかのように両手を空に掲げているけど、顔は青ざめてぐったりと俯いている。真っ白い無地のワンピースは、所々土まみれだった。


 シュールなのか猟奇的なのか、判断に困る光景だった。


「えっと……?」


 声をかけてみようか悩んだけど、何かのパフォーマンスかもしれない。パントマイムとかヒンドゥ修行僧の荒行とか。そう思いたいけど、今は人通りも少ない。おひねりを投げ込む場所も見あたらない。


 うん。見て見ぬ振りが正解、と私の低い精度の良心回路が判断した。颯爽と帰ろうと私は歩き出したのに、


「たすけて……」


 微かな声を、私の耳が拾ってしまった。


 木の精――じゃなかった、気のせいだ。帰ろう。


「たすけてぇ……」


「……うぅ」 


 駄目だやっぱり聞こえる。近くにはこの『ちょっとだけ生き埋め』の女の子しかいない。

 恐る恐る振り返ってみると、女の子は泣きそうな顔で私を見つめていた。


 あー、やっぱり私かよ。


「助けてって? 何をどうすればいいの? 引っ張り出してあげればいいの?」


 女の子の表情を窺いながら、木訥に声をかけてみる。


「歩き疲れた……栄養が足りない……曇りだから……」


 絞り出すように呻く女の子。


「……曇りだから何よ」


 今日は寒すぎず風が涼しくて、気持ちいいぐらいの日和だ。


「ひ……ひかり。光が足りない。光を浴びたい。あと、み、水……」


「水?」


 熱中症か何かで脱水症状でも起こしたのか。それなら立ってもいられないはず……って埋まってるけど。光はさすがに意味不明なので割愛させてもらう。


「たすけて……殺生な……ご無体な……人でなし……腐れ外道……」


 罵倒された。


「助けを求める態度じゃないよね」


「ここで死んだら我、魂魄百万回生まれ変わっても恨みぬく……」 


 呪われた。


「困ったときは、ちゃんとお願いする態度ってものがあるでしょ。大人に習わなかった?」


 まあ私も習ってないけれど。


 女の子は、泣きそうな顔をさらに歪めて、上目遣いにこちらを見上げてくる。


 結構な美少女だ、と今さら気づいた。濃緑色でさらさらの長い前髪が額にかかり、真っ白で細いうなじは幼いのに艶めかしい。丸々とした瞳もエメラルドグリーンに輝いていて、磨いた宝石みたいだ。日本人離れしているから正確な年齢は分からないけど、大人びた小学生ってこともあるかも。


「御願いします、どうか哀れで醜い私を、その御力で御助け下さいますよう御願いします」


「『御』が多いっつの。警察沙汰になるなら嫌だけど、私ん家すぐそこだからちょっと休んでいく? それとも、必要なら救急車呼ぶ?」


 女の子は桜の蕾のように顔を縮ませて、頷く。


「御家に連れて行ってくれたら御嬉しいですよ御前」


「最後にお前って言ったなお前」


 しつこく突っ込んでやったけれど、女の子は嬉しそうに頷いていて聞いてやしない。


 やれやれ、と私はため息を一つ吐いて、女の子の肩に手を貸した。


 思いっきり引っ張る。想像以上に足を地面に突っ込んでいたようで、なかなか抜けてくれない。周りの地面を手で書き出して、伸ばした爪に土を噛ませながら、もう一度思いきり引っ張る。


 すっぽん、と大根に喩えるには細すぎる足が抜けた。


「ひへ」


 女の子が、変な声で笑った。


 なんでか私も笑った。



 何の因果かどんな摂理か、光と水分を求める女の子の肩を抱いて歩くこと、十数分。


 暗雲がいつの間にか空に広がって、ぽつぽつと降り始めたひんやり雨粒が私の耳たぶ裏に触れる。感情が薄いと言われる私が唯一声をあげてしまう部分が耳たぶで、唯一仲が良かった男友達はふざけて息を吹きかけてきて、仰け反る私の様を笑っていたものだ。


 今のクラスメイトは誰も、私のセンシティブな部分なんて知らない。教えないし。

 雨足はどんどん強くなってくる。あのまま放っておけば女の子は雨ざらしになっていた。


 水分は吸収出来ただろうけども、植物じゃあるまいし連れてきて良かった。


「はーやーくー……」


「はいはい、もう着きましたよお姫様」


 ぐったりしながらも減らず口を叩く女の子に呆れつつも、ようやく私は自宅に到着した。

 裏口からではなく表のドアを開けると、ふんわり馥郁たる甘い香りが漂ってくる。


 落ち着く我が家の匂いだ。


「ほっ?」


 と女の子も鼻をひくつかせて周りを窺い、


「おおー! 派手だな!」


 とエメラルドの目を輝かせた。

 もっと気の利いた感想があるだろと思ったけど、子どもに高望みはしない。


 チューリップ、スイートピー、紫陽花、プリムラ・ジュリアン。私達を取り囲んでいるのは、陳列された多彩な花々。ここが私の家の表側で、両親が若いころに始めた花屋さんの店舗である。この子でなくとも、女の子ならば目を奪われる光景ではあると思う。


 友達を家に呼ぶのはあまり好きじゃない私も、こういう憧憬の目をされるのは少しだけ誇らしい。


「お帰り、涼子ちゃん……その子は?」


 目元の涼しい目元の優男――悪く言えばいつも寝ぼけ眼の中年男性店員、辻つじさんが土まみれ裸足の女の子を怪訝に見てくる。


「んーと……友達。ってことにしといて。疲れてるみたいだから連れてきた」


 埋まってた女の子を引っこ抜いてきた、なんて説明は事実通りとは言え口にしたくない。ドン引きした辻さんに店を辞められでもしたら、私は路頭に迷う。


 辻さんは入院中の父に代わり、店を切り盛りしてくれている。店に来たのはつい半年ほど前だけど、経営能力は多分お父さんより上。情に流されやすいお父さんが長年花屋さんを続けてこれたことが、この商店街史のミラクルなのだ。


「へえ。涼子ちゃんがお友達連れてくるなんて嬉しいなあ」


 半年しか付き合いが無いのに、知った風なことを言われる私。


「辻さん、ちょっと椅子貸してあげて。この子に水持ってくるから」


「うん、どうぞどうぞ」


 嫌な顔一つせず、辻さんはレジカウンターの裏からパイプ椅子を出してきた。


 女の子は惚けた顔をしながらお礼も言わないで座り、きらきら眼で店内の花を見回し続けている。花屋がそんなに珍しいか。やっぱり変な子だ。


 私は台所に直行して、冷蔵庫からよく冷えた麦茶のポットとマグカップを二つ取り出し、すぐに店先に戻った。


 女の子は辻さんに「お名前は?」「家はどこかな?」などと聞かれても堂々とシカトしながら陳列された花に見入っている。


 困り果てて苦笑いを浮かべた辻さんは「ちょっと裏で煙草吸ってくるね」と、店を私に任せて庭の方へ向かった。ごめん辻さん貴方に非はありません。ごゆっくり休憩を。

 私はマグカップに麦茶を注いで、女の子の眼前に差し出す。


「ほれ。とりあえず水分」


「……ん?」


「ん? じゃなくって、麦茶。水分欲しいんでしょ。まさか麦茶は初めてなんて言うんじゃないでしょうね」


「麦茶……そうか、これが麦茶なのか。存在は知っているけど初めて触れるぞ」


 マグカップを受け取りながら、女の子は慇懃無礼なおっさんのような口調で呻く。


 この民主大国日本に生まれて、麦茶を飲んだことないなんて信じられない。どんなセレヴの子だ。いや、セレヴの子がケヤキと一緒に埋まるものか。


「飲むのか……麦茶。怖いな。茶色だな。苦いかな? 泥水みたいだな」


 ぶつぶつ無礼に煩悶する女の子。


「飲まないって言うなら下げるからいいけど」


 腕組みをする私を見上げながら、女の子は意を決してマグカップに口をつけた。


 ほんの一口、舌の上で転がしながら、丹念にテイスティングしている。そんな大層な飲み物じゃない。夕べきっちりお湯から煮だしたので芳醇だとは思うけど。


 もう一口。こくり、と女の子は頬を紅潮させて頷く。


「うまいな!」 


 とてつもなく嬉しそうな笑顔で頷き、女の子は残りを一気に飲み干した。ごくごくと鳴る喉を見ると私まで喉が乾いてきたので、もう一つのマグカップに自分で注ぐ。


「麦茶というのは美味しいな! 気に入った! やっぱり世界は広いな!」


「大袈裟ねー……いつもどんな飲み物飲んでるのよ」


 私も一口。確かに美味しいけれど、特別じゃない。


「水だけだな。水は万物流転、九世界を巡る根源的な要素にして、私の命の源だからなー」


「何そのH2Oに対する並々ならぬ評価」


 日本の水道局の勤労ぶりは私も尊敬するけど、水を過大評価しすぎだ。


「おかわり」


「はいはい」


 突き出されたマグカップに、私は二杯目の麦茶を注いでやる。 


「ぐびぐびぐびぐび」


 擬音を口に出してるんじゃないかってぐらい美味しそうに一気飲みされる。


「もっとゆっくり飲みなよ。お腹壊すよ」


「うん、次は光が欲しいな」


 聞いてないし。聞かないだろうと思ったけど。


「光って何よ、比喩?」


「光・人間の目を刺激して明るさを感じさせるもの。即ち可視光線。自然科学では電磁波の一種とされ、粒子と波双方の性質を併せ持ち、光量子とも呼ぶ」


「検索して最初に出たページを音読したみたいな解説ね」


「違うのか」


「多分違わないけど、そんな解説されてもどうしていいか分からんちゅうに」


「何でもいいから強い光を浴びせてほしいんだなー。ぽっかぽかのやつ」


「最初からそう言え」


 意味は分からないけど、私は店先の花を照らす蛍光灯のスイッチをいじって、光度を最大限に上げてやった。外は曇りだし、商品の花にもちょっとは光が必要だ。


 女の子は目を細めて、恍惚とした表情を浮かべる。


「うーあー……結構気持ちいいけど、もうちょっと照らしてくれれば十全であるかなー」


「贅沢なヤツね。待ってなさい」


 文句を言いながらも、私は家に上がって自分の部屋からベッドスタンドを持ってきた。


 掃除用に引っ張ってきている延長コードにコンセントをぶっ差し、光度を強にして点灯、女の子の顔に近づける。発熱して私の手まで熱い。


「おお……効くなーこりゃ……」


 女の子は深く瞼を閉じて、ぷるぷる顔を震わせながらよだれを垂らす。悉くおっさんか。


「ベッドスタンドがそんなに気持ちいいの?」


「うん……日光に比べるとうんこだけど……」


「照らして貰って言うことか」


 親の教育を確認してやりたい無礼さだ。

 それにしても、お日様を見上げると元気が沸いてくるって気持ちは私でも分かるけど、この子の渇望っぷりは異常だ。


 命を持ったソーラーパネルだ。


 しばらく照らしていたら、女の子がぐーんと背を反らせて伸びをした。薄い胸のラインが浮かび上がる。服の上からでは分からなかったけど、少しだけ膨らみがある。


 小学生かと思ってたけど、意外と中学生かもしれない。さすがに高校生ってことは――まあ、あるか。これぐらいなら私というソースがある。あって切ないソースではある。


「んー……うん、もう大丈夫。味はともかく腹は膨れたぞ、リョーコ」


 某戦闘民族風の表現で、満足度を表現される。


「あれ、私名前教えてたっけ?」


「さっきまでいた辻さんって男が、お前のことリョーコって呼んでたぞ」


 ああ、名前呼ばれてたっけ。


「って聞こえてるなら無視しないで答えてあげなよ。辻さんも心配そうにしてたじゃない」


「リョーコはイイ子だな。普通の人間は、土に埋まった少女を引っこ抜いて家に持ち帰ったりはしないと思うぞ」


「自分の境遇が異常だって分かってるんかい……つーかあんた感謝する気ないでしょ」


 そしてあっさりスルーされる辻さんの存在。



「感謝しているぞ。だから私は、私の本質にかけて名乗ろう」 


「あんたの名前なんて別に興味無いけど」


「私は世界樹<せかいじゅ>。あるいはユグドラシルと呼ばれし者」


 女の子はどんと胸を張った。


「…………ごめん、聞き取れなかった。もう一回」


「何! 耳が悪いのかリョーコは。私は世界樹。またはユグドラシルと呼ばれし者。あらゆる世界を貫き支える大いなるトネリコの樹木、その顕現である」


 …………あー。


 あーあーあーあー。電波ちゃんだった。むしろ早く気づけよ私、埋まってる時点で。


 妄想が斜め上すぎるし、なんというか演技じみたものが無くてナチュラルだったので、本当に困ってる女の子だと勘違いしてしまった。


「む。びっくりさせすぎたかな。北欧神話ぐらい知っているだろリョーコ? ネタとしてはベタだからな。あれに出てくる世界樹そのものだもの、そりゃびっくりだな。あれはこの世界と繋がっているようで繋がっていない、隣接リンクした世界の出来事でだな」


「かーえーれー!」


 妄想話を遮断して私は一喝した。びくん、と女の子は震えて目を剥いた。


「なっ、何故だ! 私が正々堂々名乗っているというのに!」


「誰が信じるかそんなメルヘンファンタジー妄言」


「信じられないのは無理も無いが、本当に私は世界樹なのだぞ。せかいじゅさんと呼んでくれてよい」


「はいはい分かったよせかいじゅさん。分かったから……かーえーれー!」


 私は立ち上がって、店の入り口を示した。付き合ってられない。


 本当に人との出会いなんてろくなもんじゃない。こんな縁、勝手に唐揚げにレモン汁かける友人ぐらい必要無い。さん付けで呼べって、明らかに上から目線だし。


「やだ……」


 自称世界樹の女の子、せかいじゅさんが子猫のような目で見上げてきた。


「行く宛てが無いのだ……リョーコ、しばらくここに置いてほしい。恩返しは必ずする。恩は水と同じだ。水がこの世界を巡るより早く、リョーコにきちんと返す」


「必要無い。私はね、恩を売るのも買うのも大っきらいなの。最低限の交友関係でも生きていけるし、最低限の安心で生活するのが信条なの。電波少女の恩返しなんていらない」


「電波少女じゃない、せかいじゅさんだ。この場所なら、私もきっと役に立てる。これも運命だから、置いてほしい」


「無理!」


 即答して私は麦茶を呷る。


 人のちょっとした良心を利用するなんて、最近の家出少女は悪知恵を働かせるもんだ。


「うう……あ、この蘭は枯れかけているぞリョーコ!」


 ちょっと目を離した隙に、せかいじゅさんが陳列された植木鉢に手をかけていた。


「こら、売り物に触らないの!」


 それは最近仕入れたものでは、かなり高価な商品の胡蝶蘭だった。


 私も結構気に入ってる方――だったのに、確かに蝶のように活き活きとしていたはずの花弁はくたびれており、一部は黒ずんで枯れかけていた。店の商品管理は辻さんがきっちりやってくれているはずだけど、最近は天候も悪くて湿度も変わりやすく、こうして枯れてしまうこともある。物言わぬ植物が人知れず命を散らせていくのを見ると、胸が締め付けられる。


 私が一瞬顰めた顔を、せかいじゅさんはしっかり見ていた。


 ほくそ笑まれた。着替えを覗かれたような気恥ずかしさだった。


「リョーコはこの花が好きなんだな?」


「え、別に……いや嫌いっていうか、花は全部好きだけど」


「うふふ。そうか。やっぱりリョーコは変だけどいい子だと思うぞ」


 愉快そうに言うと、せかいじゅさんは指先で、枯れた蘭の花弁に触れた。


 一瞬、せかいじゅさんの華奢な指がにょきりと伸びたように見えた。嘘をついたピノキオの鼻みたいだった。


 何をしてるんだろう? 植物の死を笑ったんなら放り出してやる、と私が憤怒の種を心で育ていたら――みるみる内に、重力に引かれていた蘭の花弁が起きあがってきた。


 二倍速にした動画を見ているみたいに、花弁が力を得ていく。黒ずんでいた葉や花弁も、紙に色づけたかのように精彩さを取り戻していった。


 十秒とかからず、死にかけていた蘭は――なんというか、別人のように若返った。


「何をしたの、あんた……」


 私は唖然とせかいじゅさんの横顔を見やる。


 せかいじゅさんは大きく鼻の穴を広げて、自信満々のドヤ顔をしていた。


「うふふふ。どうだ、信じたかなリョーコ。もうこの蘭は、丁寧に世話をしてやれば枯れることは無い。これが世界樹たる私の力の一部だよ」


 ふんふんと鼻息が私の顔にかかって生暖かい。何故か青臭い。


 信じるも何も、こんなん見せられたら――。


「余計に置いておけるかっ! 魔女じゃんあんた!」


「魔女じゃない! 世界樹だ! ユグドラシルだ! 何回言えばいいのだ……ったたた」


 力いっぱい立ち上がったせかいじゅさんは、自身の疲労を忘れて足をもつれさせた。

 ついつい私はその肩を抱いて、体を支えてしまう。


 ぱっとせかいじゅさんが顔を輝かせ、私の首に抱きついてきた。


「リョーコ、ここに置いてくれるんだな!」


 優しさにつけこむ気だ。私は力いっぱいの笑顔を作って、


「外まで運んでやるからすぐに出ていけ」


「ひへ!?」


 喚くせかいじゅさんを叩き出した。


 寄生したいなら別のお人好しのところにどうぞ、私はそういうんじゃありません。


 自分のマグカップに口をつけて、ふう、と一息。


「ああ、一人で飲むと麦茶ってこんなに美味しい」


「…………」


 戻ってきた辻さんの存在に気づかず、私はぼやいてしまった。

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