第20話 私のせい
翌朝、せかいじゅさんの姿は消えていた。
家中隈無く探しても、せかいじゅさんは見つからない。
キッチンに集まってきた後も、みんな悄然として落ち着かなかった。
「世界樹はどーしていつもあたしの側から離れるんだよう! やっと許してもらったのに、また置いていくなんてありかよー!」
ニーズホッグちゃんが号泣し、フレスベルグさんは
「…………」
と歯ぎしりしている。
「ななな、なぜせかいじゅ様がまた一人で……?」
ラタトスクちゃんもパニックだった。
これまでと違って、彼女ですら何も聞かされていなかったようだ。
代わりにせかいじゅさんは、
『組織と戦ってくるぞ、安心しろ』
という予想外に達筆で綺麗な筆ペン字の短い置き手紙を、テーブルの上に残していた。
「せかいじゅさん、あんなに嫌がってたのに、なんで今になって……」
「リョーコ様のため……です」
フレスベルグさんがやり切れない様子で呟く。
「私のため?」
「彼らが世界樹様の枝を持っているのなら、どこに逃げてもやがては追いつめられるはず……ですから」
「その割には追っ手も全然来ませんけどねえ……まあ、私達がいたからでしょうが」
ラタトスクちゃんが首を傾げる。
「リョーコ様の正体がばれた……のでしょう。ニーズホッグとの戦いで、あんな力を晒してしまった……ですから」
「なるほど、凉子様の体については、組織も知らなかったはずですからね」
勝手に納得しあう、フレスベルグさんとラタトスクちゃん。
「ふん、あいつはとっくに知ってたと思うけどね」
ニーズホッグちゃんは鼻水を垂らしながら、そっぽを向く。
「……三人とも、私の体について何か知ってたの? ずっと知らないふりしてたじゃん」
ハッとしたのはラタトスクちゃんだけで、フレスベルグさんは落ち着いた表情で私を見据えていた。
「世界樹様が話すことを禁じられていた……のです。知った所で決して幸福にはなれないこと……だったものですから」
「勝手なこと言わないでよ。こんな体にされた時点で、女の子の幸せなんて奪われちゃってるでしょ」
「そうしなければならない理由が凉子様の側にあったと言われれば、納得されますか?」
ラタトスクちゃんが、尻尾をピンと張って問いかけてくる。
「わ、私が悪いって言うの? 私は偶然せかいじゅさんを拾っただけじゃん!」
「出会いは偶然だったかも……ですが。いえ、あの状態の世界樹様にリョーコ様が惹かれたのは、偶然とは言えないかも……です。私達が生まれた世界のリョーコ様は、それほど特殊な存在……でしたから」
「フレスベルグ、ラタトスク、そいつに喋っちゃうわけ? 知らないよ、目覚めたそいつにぶっ殺されても」
泣き顔のままで嘲笑するニーズホッグちゃん。
「世界樹様が帰ってこられなければ、どちらにせよ私達は破滅……です」
フレスベルグさんが冷たく言い放つ。
「こ、殺す……?! 私がみんなを?」
ラタトスクちゃんが頷く。
なんだそれは。
人を爆弾みたいに。
それじゃまるで、お母さんにとっての、私じゃないか。
「別の世界でも、私ってば厄介物扱いだったってわけ?」
「残念ながらその通り……です」
残酷にフレスベルグさんが肯定する。
言われたい放題だ。
「危ない奴だって分かった上で、なんでせかいじゅさんは私をリンク・アクターとかいうのにしたのよ」
「あのお方には深いお考えがあるのですよ……」
ラタトスクちゃんが誤魔化そうとするけど、私は納得出来ない。
「けっ、平和ボケめ」
眉根を顰めて苛立つニーズホッグちゃん。
ラタトスクちゃんが、フレスベルグさんと神妙な顔で頷きあった。
「……仕方ありませんね。ここまで来たら隠しようがありません」
「リョーコ様。向き合うかどうかをお選びになるのは、貴方次第……です」
そして私は厳かに――
呪われた名前と、その名前が持つ運命を告げられた。
「……へー。説明されなくても分かるよ、その神様なら。でも信じられない。私はそこまで大層なことしでかさないもん」
「魂が同一と言っても、人格が同じとは限らない……ですから」
「それでも凉子様には、同じ力が流れているのです」
「あたしらなんかよりよっぽど強い力がね」
三人が畳みかけてくる。
鬱陶しい。
下らない。
あの頃の親戚と同じ目つきだ。
「だからどーしろっていうわけ? それに使い方なんて分からないもん、私」
なるほど、妙に自分の中に余裕が生まれていたのは、その名前の存在と同じ力が自分の中で目覚めたからかもしれない。
いざとなったら自力でどうにかなるという。
でもそれがどうした。
そんなことで疎まれなきゃいけないのか。
「組織は世界樹様の枝を手に入れています。枝を悪用してニーズホッグを呼び出したように、神々の記憶を持つ存在をこちらに呼び出しているはず。組織の目的は分かりませんが、リンク・アクターの中には世界樹様を利用し、こちらの世界で覇権を握ろうとする者も出ているかもしれません」
ラタトスクちゃんが、目を乾かしながらまくし立てる。
「我々侍従だけでは、世界樹様を奪還出来ないかも……です。そうなればやはりリョーコ様のお力をお借りするしか……きっと戦いの最中にあれば記憶も取り戻す……でしょう」
居住まいを正すフレスベルグさんに、
「嫌だ」
私は即答する。
三人は静まり返ったけど、私はもう嫌だった。
「記憶がある奴らだけで、勝手に奪ったり逃げたりしてればいいじゃん。私は私。ただの田舎の女子高生。今度はあいつを追いかけたりもしてやらない」
この世界の因縁だけでうんざりしているのに、そこに別の世界の因縁まで持ち込まれたら、たまったものじゃない。
余計なものが生えてうずうずして、世界の命運にまでうじうじいつまでも考えさせられるなんて。
「それだけの力を持ってるくせに、あんたに迷惑をかけないために出ていった世界樹を放っておくってのか?」
牙を剥き、ニーズホッグちゃんが嘯く。
「力を使わない自由だってあるでしょ。元々迷惑をかけてきたのは、向こうじゃない」
迷惑の元が出ていっただけの話だし――死ぬとは限らない。
「世界樹様は、偽りなく凉子様をお慕いしていたのです……あの楽しそうだった世界樹様のお顔、思い出してあげては下さいませんか?」
ラタトスクちゃんが声色低く述べる。
思い出さないわけがない。
勝手に思い出作りまでしていったんだから。
楽しかったのは私もだったんだから。
その上で、勝手に出ていったのはせかいじゅさんだ。
だからこそ、その勝手さが許せない。
私はキレていた。
静かに。
弾けそうなほどに。
――勝手に出ていく者は許せない。
「世界樹様がいなければ、リョーコ様は――」
「うるさいなあ……!」
フレスベルグさんの厳しい言葉を、私は遮る。
生まれただけだ。
私は生まれただけなんだ。
どうしてみんな、ただ生きるだけのことをさせてくれないんだ。
それで死ぬなら仕方ないことじゃないか。
一人でも人は死ぬし、人がいても人は死ぬ。
それだけじゃないか。
「私に、絡むな」
絡んだ人は、お母さんみたいに不幸になるんでしょ。
ねえ、お父さん。
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