第12話 夢

 夢を見た。

 

 夢の中で、私は時を遡った。


 お父さんを罵倒するばかりで自分の非は認めないお母さん。


 アルコールに頼るお母さん。


 振り返らずに去っていったお母さん。


 煩わしい親戚達の叱責。


 夢を見すぎて、周囲の人間から遠ざけられた少年。


 けれども私には笑顔を向けてくれた少年。


 彼が得意だった、口笛の音。


 心が高揚する口笛の音。少年と一緒に通った通学路。


 人が住まなくなって猫屋敷となった廃墟を冒険して、お化けと間違われた事件。


 棚いっぱいに本が詰め込まれた、彼の狭くて小さくてバタークッキーの匂いがする部屋。


 手が触れる距離で読んだ、彼の書く凡庸だけどわくわくする物語。


 味方がいない二人の絆は深かった。


 何も悪いことはしていないのに、周りの因縁に縛られ私達。


 たくさんの希望を打ち砕かれた私達。


 そんな未来を予想もしていない、赤ちゃんのころの私。


 たまらない笑顔で私を抱いているお母さん。


 そんなお母さんの肩を抱いて、将来の幸福を信頼しきっているお父さん。


 互いを縛りあう前の幸福な二人。


 さらに私の夢が遡る。

 

 なぜか今の私のように、男でもあって女でもある私。


 私は、縛られていた。


 因縁、運命、闇、役割、家族。


 それらを象徴したかのような鎖。


 その頃から私はあらゆる存在に疎まれて、縛られていたのだ。


 背中に水滴がこぼれる。


 正気を失いそうになるほどの痛みが、全身に走る。


 その鎖はやがて解かれる。


 私は復讐を胸に抱き、自分を縛った者達全てを敵に回す。


 そんな私の前に、彼が現れる。


 雄々しく猛々しい姿で、笛を吹き鳴らしながら――


 少年と同じ面影を持った、彼が。


 そして私達は殺しあう。


      *


 嘲笑う者が戻ってくるまで、私も夢を見ていた。


 白昼夢だった。


 始源的な世界から私に去来する、最古の私。


 最も深い因縁、始まりの時代。


 滅びた世界の思い出。


 失われた全てを取り戻すためには、オムパロス計画(プラン)を完遂させなければらならない。


 世界樹の枝(ユグドラシル・チャート)がこの手にある限り私の『目』が有する視界は無限に等しいが、世界樹の分霊があの少女の体を捨てて、元の幹に戻ってしまえばこの力は唯一無二のものでは無くなる。


 嘲笑う者はドレスの尻を埃だらけにしながら、命令の達成を告げた。


「殺してあげても良かったんだけどねー」


「あくまでも狙いは世界樹だ。今はまだ他の者は殺してはいけない」


 愉悦の笑みを浮かべる彼女に、私は厳かに説く。


「あたしだって世界樹しか眼中に無いけどさ。甘噛みして帰ってくるだけじゃ牙が鈍るってもんだよ」


「心配しなくても、オムパロス計画(プラン)が最終段階にさえ入れば、自ずと人が人を食らう世界が再びやってくるはずだよ」


「ふうん。ま、愉しければいいよ。きししし」


「愉しいさ。この世界に生きている者達はみんなね」


 私は楽しむ。


 組織はそのためにある。


 そのためにしか存在しない。

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