第22話 どこまでだって追い詰める

「ちょっ……い、い……イテーだろうがクソガキャァ!」

「ガッ……はぐっ……がっ……はっ……ばああああっ!」

「うぼおっ!?」


 胃の中にあるものを吐き出しそうになる衝動に襲われるイベリは悶絶の顔を浮かべるも、意地で耐え抜いて、拳をもう一度打ち返す。


「ウオアアアアアアアアアアア!」

「ンドルアアアアアアアアアア!」


 頭蓋が割られて頭から血が噴出し、鼻が折れ、歯が砕け、目元も腫らしたボロボロの顔になったレパルト。

 しかし、レパルトもまた、打たれた直後にまた態勢を立て直して殴り返した。


「バカな! なんなんだ、あの人間の小僧は!」

「千人隊長の拳を、あれだけくらって、倒れねえどころか反撃しやがった!」

「なんであんな小さい人間の拳で、千人隊長が揺らぐんだ!?」


 明らかに異常な光景。

 身体的な能力であれば、人間は明らかに魔族や獣人に劣る。

 その差を埋めるべく、魔法や武器や、もしくは頭を使って戦争で戦おうとする。

 しかし、この光景を誰も説明できないでいた。


「す、すごい……あのにーちゃん、すごいよ!」

「あの、デカいオークと殴り合っている!」

「あの奴隷の子……何者……」

「バカな……あの小さな体に、どこにあれほどの力が……どこにあれほどの闘志が……あの子供は一体!」


 絶望に染まっていたはずの民も、セレスティンやエルサリアも、気づけばその光景に見入っていた。


「こんなァ……何だ小僧ゥ!」

「がはっ……うわおおああああああああああ!」

「ごぶほっ!?」


 武器も魔法もない。

 純粋な力と力、拳と拳、意地と意地のぶつかり合い。

 

「どるああああ! どうだあ!」

「がぐっ……ッ~~~、ッ~~~、まだだああ!」


 小細工など一切なければ、レベルマイナス1がある以上、二人の力の差はほとんどなかった。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、こんのガキがああああ!」

「はあ、ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ、……こんの、ブタアアアアア!」


 種族が違う。

 住む世界も過ごしてきた世界も見てきたものも積み重ねてきたものも違う。

 唯一同じなのは、せいぜい、二人が雄であるということだけ。


(このガキ……ブリシェール姫の横槍があったとはいえ、ジジイとやりあって仕留めたのは……マグレじゃねえ……何もんだよ……)


 互いが雄としての本能を剥き出しにぶつかり合い、一歩も引かずに正面から自分の拳を受けては殴り返してくるレパルトに対して、イベリは言葉にはしないものの、種族を超越して、ほんのわずかな友情に近い感情をレパルトに対して抱き始めた。


「く………くくくく……ふはははは……これはまた随分と滾らせてくれる雄が燻ってたもんだな……」


 互いに血を流し、骨が砕けて顔を痣で腫らし、痛々しいまでの傷を負いながらも、イベリの表情には笑みが零れていた。


「千人隊長」

「ん?」


 その時、イベリの高揚している気分に水をさすように、イベリの側近のオーク兵たちがイベリとレパルトの間に入った。


「戦いを止めて、今すぐ我ら全員にこの小僧を八つ裂きにする御命令をお願いします」

「我らの目的は、早々に砦を陥落させて、セレスティン姫を本軍に届け、大戦の交渉材料に使うこと。あまり時間を取られますと、アルテリア覇王国から追手の援軍が来るやもしれませぬ」

「こんな奴隷との一騎打ちなどにこだわる必要はございません。後は我らに任せ、イベリ様は――――――」


 これは戦争であり、隊を率いる隊長として、イベリに万が一のことがあってはならない。

 戦争において、正々堂々もあってないようなもの。

 オークたちには、オークたちなりに与えられた使命があったからこそ、イベリに進言したのである。

 だが……


「……るさい」

「ッ!?」


 イベリは次の瞬間、割って入ってきた側近の兵たちを全員、拳一つで薙ぎ払ったのだった。


「なっ、た、隊長!」

「イベリ様、一体何を!?」


 突如、仲間にその拳を振るったイベリ。その行動にオーク兵たちに戸惑いが走る。

 だが、イベリは拳を握りしめたまま笑みを浮かべ……


「蹂躙し、女を犯し、ヨエー奴を容赦なく殴り殺し……そんな日々に興奮してやめられねえと思っていたのに……こんな俺にも、まだこんな青臭い感情が残っているとはよ……」


 イベリの瞳の色が変わった。


「心置きなく殴り合うことが、こんなに滾るとは思わなかった」


 イベリの瞳、それは、真っすぐな闘志を燃やした瞳。

 それは、国も、種族も、使命も今は関係ない。


「そうだろォ、小僧! さあ、来い! 正々堂々と殴り合おうじゃねえか!」


 一匹の雄として、自分より弱々しい姿でありながら、ボロボロになっても立ち向かってくる目の前の人間相手に、自分も引き下がるわけにはいかないという意地だった。



「うるさい……お前が……正々堂々なんて言葉を使うんじゃない……自分より弱い人たちを無理やり傷つけて笑っていられる奴が言うんじゃない!」


「ああん?」


「お前が……お前たちみたいな酷い奴らが……チャンプみたいなことを言うんじゃない……チャンプを殺し、みんなにあんなひどいことをしてきたお前たちが!」


「けっ、戦争の現実を知らねえガキが!」


「知らないからなんだって言うんだ! 戦争の所為にするな! 全部、お前たちの所為じゃないか!」



 一方で、イベリのレパルトに対する想いとは対照的に、ボロボロになったレパルトからはイベリに対する腹立たしい想いを剥き出しにしていた。



「俺はお前なんかと拳で語り合おうとか、殴り合ってお互いを剥き出しにしようとか、そんなことは思わない! お前なんかに思わない! 思ってたまるか! 俺はただ、お前をとことん追いつめてやるだけだ! 何度だって立ち上がって、お前が破滅するまで、どこまでだって追いつめてやるッ!」



 不屈の魂と敵意を燃やし、レパルトは咆哮した。

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