第24話 拳の絶頂

「けっ、ガキが……はあ、はあ……ッ……」


 戦う根源やモチベーションは違う。しかし、それでもイベリも衝動は止められず、やはり殴り返した。

 だが、これは既に最初から結果の決定している戦いでもある。

 レパルトは勝てない。絶対にだ。

 しかし、そのことを知らないイベリは、殴っても殴ってもボロボロになりながら殴り返し、そして立ち上がるレパルトに、敬意と同時に恐怖を感じ始めていた。


「はあ、ぜえ、はあ……拳に力がもう……ッ、なら、これだ!」


 一方で、見た目どおりボロボロのレパルトは、既に殴りすぎた拳が腫れて強く握り締めるのも困難になってきていた。

 だが、それゆえに、体が自然に力を抜き、思いっきり殴るのではなく、素早く細かく連打というフォームに切り替わった。


「つ、な、ん、だ、このガキ! いた、いつつつ、な、何だァ! この鞭みてえなパンチは!」

「これが俺の新技! 鞭拳ことヒットマンパンチだ!」


 左拳を振り子のように振りながら、腕を鞭のようにしならせて左パンチを連打。

 これまでと変わった軌道の拳にイベリは面くらい、捌くことができない。


(こ、これは! 避けきれねえ……つう、い、一発一発はヨエーが、くらいつづけたら意識が……まじいな……ここは……覚悟を決めるか!)


 イベリが腫れあがった瞳の奥に決意を秘める。それは、もう、攻撃を回避しない。

 被弾を恐れずに前へと進み、最後の力を込めた拳でレパルトを仕留めようという単純な作戦。


「うおりゃああああああああああ!」


 両腕を前に上げてガードした状態で、体を小さく丸めて最後の突進をするイベリ。

 ガードの上からレパルトは左の連打を放つも、全てガードの前に弾かれる。

 そして、突進したイベリはついに間合いに入り込み、その瞬間、ガードを解いて右拳を思い切り振りかぶった。


「ふはははは、終わりだァ! 善戦帝王ッ!」


 残る全ての力とともに、体重、速度、全てを乗せた最後の一撃を放つイベリ。

 それは、全てが伏線……


(はあ、はあ、じいちゃん……ちゃんぷ……ひめさま……俺の呪い……これが最後の……だから、力を貸して……今までにないほど……敵を追いつめるために! 俺の拳、真っ直ぐ、行け!)


 レパルトは左の連打を繰り出していたが、右は使わなかった。腫れ上がった拳ではこれ以上、力を込めて殴ることが出来ないと、最後の一撃のために力を蓄えていた。

 レパルトが最後まで溜め込んでいた右拳に残る力。それは、最早力はないものの、真っ直ぐと最短の距離を突き進む。



「俺の辞書に不可能の文字なんてないんだァ!」



 呪いによって何があっても勝てない人性。しかしその人生でも、自分の技術を磨くことは怠らなかった。

 その磨いた技術が、敵を最後の最後まで追い詰める。


―――メキョ


 明らかに何かが陥没した音。

 二人の雄が拳を交差させた。


「……が、ば……」

「…………………………」


 二人同時に互いの顔面に拳を同時に打ち込んだ。

 それは、レパルトの必殺、相打ちクロスカウンターだった。

 互いの拳の威力を利用して何倍にも威力を増大させた自爆技。

 しかし……


「……ひめ……さま……」


 レパルトの拳は、僅かにイベリの下顎をかすめる程度であった。

 それは、単純なリーチの差。体格でも腕の長さでもレパルトより遥かに上回るイベリには、相打ちクロスカウンターが完全に届かなかった。

 その逆に、イベリの拳を深く顔面に打ち込まれたレパルトは、無残な顔になってそのまま意識を失い、その場で膝が砕けて平伏した。

 勝敗は明らかだった。

 しかし……


「はが……がっ……あ……が……」


 レパルトの拳は僅かにイベリの下顎をかすめた程度。

 しかし、その僅かな紙一重の力が、確実にイベリの脳を大きく揺らしていたのだった。

 イベリは意識は絶たれなかったものの、自然と両膝から崩れ落ち、目の焦点も定まっていない。

 気を失っていないだけで、明らかにフラついて今にも突っ伏して倒れこみそうな状態にまで追い詰められたイベリからは、勝利の雄叫びなども上げられぬほど甚大なダメージを負っていた。


「い、イベリ、千人隊長」

「お……にいちゃん……」


 これは、果たしてどっちが勝ったのだろうか? 常識ならイベリの勝利だろう。しかし、勝者が勝利を宣言できぬ状態にまで追いつめられ、勝者の味方であるオークたちからも歓声が上がらない。

 オークも、民も、セレスティンも、エルサリアも、ただただ二人の雄の姿に言葉を失い、そして……



「よくやったぞ、童。これでもう、こやつらは唯一の指揮官を失ったも同然!」


「「「――――――ッ!!??」」」


「残る有象無象は、わらわたちに任せよ!」



 その時、沈黙に包まれた広場に一人の女の声が響いた。


「待っていたぞ……この瞬間をッ!」


 その者は、この決着の瞬間を待っていたとばかりに颯爽と現れ、素早く、囚われていたエルサリアとセレスティンを縛っていたものを外して解放した。

 この状況で、あまりにも突然のことで誰も反応することができなかった。


「お……ねえさ、ま……」

「ブリシェール……姫……な、なぜ……」


 助けられたエルサリアとセレスティンも呆然として未だに動けない状態だったからだ。

 しかし、女は叫ぶ。



「我こそは、アルテリア覇王国のブリシェールなり!」


「「「「――――――――ッ!!??」」」」

 

「さあ、オーク共よ……これからは粛清の時間だ。熱き戦いの後に蛇足と思うか? 残念ながら、容赦はせん。指揮官も失い、さらに、セレスもエルサリアも解放した。そして、ミルフィ王国の民たちよ! 今、そなたらの目の前で起こった戦いを見て何も思わぬか! 一人の童が精強なオークに立ち向かって見せた熱を浴びて、故郷を、家族を、友を陵辱されて何も思わぬか?」


「「「「―――――――ッ!!!!」」」」


「恐れるな! 立ち上がれ! わらわたちが付いている! このオークたちを一人残らずひっ捕らえ、地獄の苦しみを味わせてやるぞ!」



 その瞬間、レパルトの熱に当てられて、燻っていた辺境の民たちの心に火がついた。



「「「「「お、……うおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」」」



 自分たちもやれる。国を守るのだ。あいつのように勝てない相手にも勇気を持って。

 その最高潮に上がった民たちの士気は、唯一の指揮官であった千人隊長のイベリを失ったオークたちに抗うことはできず、その反撃にオークたちはなす術なく飲み込まれたのだった。




――あとがき――

お世話になっております。本日は夜も21時ごろに投稿します。

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