第25話 ご褒美

「童……まだグッスリ寝ておるな。まあ、凄惨な光景を見て、間違ってオークに同情するようなことにならなくて幸いかもしれんな。……ふふふ、だが、本当によくやったぞ? 童よ」


 レパルトにとってはもう慣れたものであった。

 ボロボロになって失神し、目が覚めたら寝床に居たということは。

 相手の力と互角に近いレベルで殴り合って、先に倒れて、そして自分の負けを認識する。


「う……んん……ん」

「あれほどわらわとまぐわった野生的な雄々しさ、更には精強なオークの隊長と正面から殴りあう勇敢さ……こんな寝顔からは想像もできぬな……ん?」


 目覚める寸前、まだ瞼は開かないが、ようやく頭の中で意識が戻り始めた。



(俺……あのブタと殴り合って……多分負けたけど……どうなっ……俺、作戦通りできたのかな?)


「どれ……ご褒美でもくれてやるかな♥」



 頭の中だけがゆっくりと目を覚まし、徐々に自分の頭と心の中で独白していく。



(作戦……そうだ……あの広場に、最初から姫様が現れたら、指揮官の指示でオークたちが連携して姫様を捕らえようとするし、指揮官の奴まで接近が難しくてそれは危険……でも、俺みたいな弱くて格好も目立たない奴なら……人ごみに紛れて指揮官まで近づけるし……俺みたいな奴が力自慢の指揮官に挑戦状を叩きつければ……多分乗るから……そこで俺が相手を重症を負わせるぐらい追いつめたら、後は姫様がって……)


「これから毎日毎晩、わらわたちは……や、ヤリまくらねばならぬのだ。い、今のうちに、な、なれておかんとな……大人の女として、今後も童をリードしてやらねばならぬからな……さてさて……では……いただくとするか♥」



 それは、囚われた姫やオークの精鋭部隊たちを退けるために、レパルトがブリシェールと事前に立てた作戦。

 レパルトの力で相手の指揮官を戦闘不能まで追い詰めれば、指揮官を失ったオークたちは有象無象。


「さて、まずは英雄殿に姫からの濃厚なキッスをくれてやらんとなぁ~……ぶちゅ♥」


 そこに、温存しておいたブリシェールが、一瞬の隙をついて囚われたエルサリアやセレスティンを救出し、さらに民たちを扇動すれば……


「ん、ちゅっ、ちゅちゅ♥」


 ……と、その時、流石にここまで来ると、レパルトは途中で自分の身に感じる違和感に気づいた。


「ふふふ、めんこいなぁ。まぐわっている時は、あれはあれでよいが、わらわ主導というのも良いなぁ。このめんこい身体をわらわが好きにしてよいのだから♪」


「はん、っく、ん、あ、ん」


「おっ? おおお! まったく、めんこいな。寝ていてもわらわに感じるとは、童め……よっぽどわらわに惚れておるのだな。全く、身の程知らずの眷属め……まったくまったく、そんな奴にはお仕置きが必要だな。覚悟せよ……未来永劫可愛がってやる」



 まだ目を瞑ったままではあるが、レパルトはようやく事態を理解した。

 この声、そして股間に感じる感触は、紛れも無く現実のものであると。

 

(ひ、姫様が、お、俺の、俺とキスしてる!? 姫様無事だったん……でも、なんで? これ、どうなってるの!)


 こんなことを機嫌良さそうに鼻歌交じりでしているのだから、自分が気絶した後にブリシェールはちゃんと作戦通りにできて無事だったんだろうというのは分かったが、それ以上のことが考えられず、レパルトは悶えた。


(ど、どうして? ッ、お、俺、これ、起きちゃっていいの? でも、起きたら姫様やめちゃうかも……で、でも、嬉しいし! だけど……ら、らめだよお、ば、馬鹿になっちゃう、考えられないヨぉ!)


 すっかり起きているのだが、目を瞑ったまま、このままどうすればいいのか分からずに悶えまくるレパルトはただ必死に堪えていた。

 一方でブリシェールは……


(ふふん、寝たふりをしてもバレバレだ。多分、起きたらわらわにこれ以上可愛がってもらえないと思っているからだな? まったく、仕方の無い奴だ。ならば、そのまま寝たフリをしているがよい。ウヌ望みどおり好き勝手にかわいがってくれようぞ♥)


 既にレパルトが起きていることは見抜いていたのだったが、それでも構わんと、レパルトを可愛がった。

 しかし、その時だった。

 部屋の扉がバタンと開いた。



「ブリシェール姫、ここに居たのですか? 今、広場にて捕らえたオークたちへの制裁……って、な、なな!?」



 部屋に入ってきたのは、エルサリアであった。

 エルサリアはブリシェールに用事があって来たのだが、眼前に広がる光景に一瞬目を丸くし、そしてすぐに顔を真っ赤にした。


「なな、な、な……何をなさっているのですか、ブリシェール姫!」

「ッ……あ~もう、無粋であるぞ、エルサリアよ。人がせっかく此度の英雄でもあるわらわの眷属に褒美をくれてやっていたのに」


 敬愛するアルテリア覇王国の姫が、寝ている奴隷の少年に覆いかぶさってキスをしていた。

 そんな光景を目の当たりにしてしまえば、夢ではないかと疑いたくなるも、紛れも無く現実であった。


「な、なぜ、なぜえ! ブリシェール姫が、なぜそのようなことを!」


 一方で、見つかってしまったブリシェールだが、最早、とくに取り繕うともせず、逆に不満の顔をした。


「仕方ないであろう。こやつ、わらわに憧れ惚れて、その気持ちだけであれだけのことをしたのだ。そして、これからもわらわの傍におる。そんな童と接吻や、えっちっちぐらい――――」

「えっ、ち!? っ、おやめください、姫様! 姫様の口からそのような品のない単語は聞きたくありません!」

「うむうむ、分かった分かった。確かに、わらわを慕う者たちにとっては失望されかねんからな。そこは気をつける」


 ついこの間までは、男のことなど何も知らない純潔の姫であったブリシェールだが、既にレパルトとは何度も交わり、意識が壊れるほど絶頂も経験したことで、レパルトに対してどこか非常識な行動を平然と取るようになってしまっていた。

 ブリシェールはそれを「褒美」という意味で済ませようとするが、それが「褒美」としてでなくなるのは、それほど遠い未来ではなかった。


「で、どうしたのだ、エルサリア」

「あっ、は、はい。それで……捕らえたオークたちに民たちの手で心行くまで報復を……とのことですが、流石にそろそろ民たちの心が歪んでしまうかもしれません」

「……まあ……オーク共はそれほどまでに非道な行いをした。当然の報いではあるが……」


 とりあえず、本題にということでキリッとした声でエルサリアと話をするブリシェール。

 一方で、レパルトはお預けをくらい、二人の会話が頭に入らずに悶々としていた。


「で、具体的にはどこまでに? 石をぶつける程度ではスマンか?」

「当然です。両目を潰し、生きたまま腹を割いたり……特に家族を……娘などを凌辱された方たちは奴らのアレを……その……」

「……分かった。大体な(これ以上は、童に聞かせられぬな……)」


 エルサリアの報告を受けて、ブリシェールは体を起こして立ち上がり、そのまま部屋の外へと向かう。


「姫様?」

「エルサリアよ、とりあえず制裁については、わらわが見よう。セレスも疲れておるだろうから、わらわ一人で構わぬ」

「でしたら、私も!」

「よいよい。ウヌも精神的にもかなり疲労があるであろう。まずは休むがよい。ウヌが大変なのは、民たちがオークへの制裁を終えたあと、この国を立て直す時だ」


 今はお前も休めと、優しくエルサリアの肩を叩くブリシェールは、そのままエルサリアの横をすれ違って扉を閉めた。

 後に残されたエルサリアも体に鞭を打ってすぐに追いかけようとしたが、実際、ブリシェールの言うとおり、エルサリアも今回のことで精神的に相当まいっており、気づけば全身が脱力して、そのまま床に座り込んでしまった。

 しかし、その時だった。


「おっと、ここで休むわけにはいかない。休んでいる彼の邪魔をするわけには……あッ……」


 この部屋ではレパルトが休んでいるから、急いでここから出ようとした時、エルサリアの瞳はレパルトのある一点を捉えた。

 それは、ブリシェールとのキスで涎や唾液にまみれて汚れた唇だ。


「ちょ、こ、これは! ブリシェール姫……し、仕方ない」


 このままではよくないだろうと、エルサリアはハンカチーフをレパルトの唇に宛がおうとする。

 しかし……


「それにしても……こんな少年が……こんなにかわいらしいのに、あれほど逞しく……」


 勿論、拭くだけで終わるはずはないのであった。





――あとがき――

お世話になっております。明日も二話投稿です。朝8:00頃に投稿します。

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