第23話 戦う理由

 その殴り合いが何刻ほどになるか分からない。


「ぜは、ぶ、が、ぐぞ……でりゃああああ! しつけえなああ!」

「へぶっ!? ぜえ、ぜえ、うぷっ、おええええ、……ッ、まだだァ!」


 潰れる肉と、砕ける骨、飛び散る血飛沫、血反吐、嘔吐、あらゆるものをその瞳に刻み付けながら、囚われの身のエルサリアとセレスティンは徐々に心が熱くなっていくことを抑えきれなかった。



(あの子は一体……あの小さな体で……魔法も使わず……あれほど傷だらけになって……なのにあれほど勇敢に……)


(腕力も、戦歴も、戦闘技術も明らかに違う……しかし、それでも……立つ! 諦めずに! 心折れずに! 恐れを知りながらも命を投げ出す覚悟で! なのに、私は……こんなに情けなく……)



 戦っている光景を見ても、やはりどうしても強そうには見えない。

 幾度も目を逸らしそうになる光景が繰り広げられる。

 だが、目を離せない。

 誰の目にも明らかなほどの体格差がありながら、小細工なしで、互いに拳を避けずに、ただぶつけ合う。

 あまりにも不細工で、あまりにも技術の無い低レベルで、あまりにもシンプルで、だからこそ誰もが心が揺れた。

 強いとか、弱いとかではない。


「すごい……」

「……すごい」


 ただ、「すごい」という想いだけだった。

 気付けば民たちも、オークたちも、直立不動したまま二人の雄の殴り合いに見入っていた。

 今この場で民が逃げ出したら、何名かは助かるかもしれない。しかし、誰も逃げようとせず、オークたちも民の動向を注意しても居ない。

 脱帽……それが、今のこの状況にふさわしい言葉であった。


(熱い……体が……あの子に惹き寄せられる……心が……)

(ッ、こんな時に私は何を! しかし、……疼く……変……私の身体……濡……ッ!)


 そして、二人の殴り合いを、ある意味最も間近の特等席で見ている、セレスティンとエルサリアは、この状況下で極めて不謹慎だと自分でも分かっていながらも、レパルトの姿に火照っていく体の衝動を抑えきれなくなっていた。

 だがしかし、それは人体の生理的な反応として、致し方ないことでもあった。


(ッ、ダメ……何かが……ハア、ッ、私、最低……こんなときに……)

(う、うそだ、わ、わたし……何で? ……彼の姿に……もよおしてきた……)


 暴力と性的欲求の関係は密接である。

 どちらも精神と神経の刺激によって引き起こされる興奮であり、戦争のような極限状態の中で引き起こされる暴力性は、同時に性的衝動をも強く刺激して高めてしまい、その結果、世界各地で引き起こされる戦争や戦場において、敗れた者たちへの虐殺行為と同時に凌辱行為が盛んに繰り広げられているのだ。

 ミルフィ国や地下世界で行われたオークたちの凌辱行為も正にそれであった。

 だからこそ、目の前の胸を熱くさせる雄同士のぶつかり合いに、女として、二人はレパルトに惹かれ始めていた。

 そして同時に思う。



(私も……)


(……私だって……戦える! 戦いたい! 一緒に! 彼と!)



 自分も戦いたい。

 そしてその感情に関してだけは、セレスティンとエルサリアだけではない。


「あのにいちゃん……すごい」

「お、俺も……俺だって……」

「姫様のために……俺だって!」


 もう見ているだけではない。

 気付けば老若男女問わずに、自身の拳を強く握り、その手に汗をかいていた。

 絶望に染まっていた民たちが、徐々に熱く滾り始めたのだ。



「がぐっ……はあ、はあ……人間と……はあ、はあ、戦った数も、殺した数も、犯した数ももう覚えてねえ……だがよお……こんなに滾ったのは初めてだァ! そうさ、こういうもんを求めてた! 正義、大義、愛国、忠誠、野心、んなのじゃねーんだよ! この……この衝動はよォ! そうだろ、小僧! いや……善戦帝王さんだったかァ!? もう、死ぬことも怖くねえなァ! お前もそうだろォ! 負けられねえって想いが全てを凌駕してるだろォ?」



 無論、最も熱く滾っているのは、実際にレパルトと拳を交わしているイベリである。

 最早、相手を倒すや殺すという感情も忘れている。

 ただ、もっと打ってこい。もっと打たせろ。もっと殴り合おう。

 今、この瞬間にこそ、至福を感じていた。

 一方でレパルトは……


「はあ、ぐ、う、お、おえええ……はあ、はあ……俺は……怖いよ……死ぬのは……それに……俺は……あんたに勝てないのは決まってるし……」

「ああ?」

「でも、……逃げたくないから……」


 レパルトには変化はない。暴力や性的興奮や、ましてや死への恐怖がなくなったわけでもない。

 負けられないという気持ち云々がどうより、最初から勝てないのだ。

 最初から変わらないレパルトの想い、「逃げない」、そして、「追い詰める」だけだ。


「俺は、これまでの人生、自分より強い人としか戦ったことがない。だから、俺にとっては毎回挑戦だし、そんなのは慣れた。例え勝てなくても、逃げなきゃいいってじいちゃんにも教えてもらった、だから俺は勝てない人生でも逃げないって決めたんだ! でも、今は……それだけじゃない!」


 そしてもう一つ…… 


「おれは……かてないのに……ひめさまは、俺なんかのために一生消えない傷を……それなのに……そんな俺を救って……そんな俺に! そんな俺に、俺の力が必要だって! ……だから、俺、戦うんだ! 姫様に、ほんのわずかにでも報いるためにも!」


 敬愛する姫のために。それが力になって、またレパルトを突き動かす。

 だから、また殴った。





――あとがき――

お世話になっております。次話は明日の朝08:00に投稿します。午後もいつも通り21:00頃に投稿します。土日は二話投稿します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る