第12話 天国と地獄

 これは、儀式であり、褒美であり、報酬であり、詫びでもある。

 そうでなければ、ブリシェールは絶対にこんな行為はしない。


 しかしそれでも自分の心の中に湧きあがる感情にブリシェールは何度も否定しながらも、体がどうしても反応していた。


 体が熱く、そして疼き、悪寒に近い寒気が全身に行き渡りながらも、体の防衛本能がうまく働かない。本来であれば自分の意識とは関係なく、目の前の人間の辱めを力づくで引き剥がしているはずが、体に力が入らず、抗えなかった。


 そのため、ブリシェールは地獄に陥ることになる。


 レパルトのスキル。レベルマイナス1。それは、肉体を使って戦う相手よりレベルがマイナス1弱くなる呪い。

 つまり、一対一で殴り合いをすれば、必ず先に倒れるのはレパルトの方である。

 しかし、レベルの差はほんの僅かゆえ、両者にほとんど差はない。

 もし、レパルトが殴り合いでボロボロになって失神して倒れてしまえば、対戦相手は失神しないまでも、失神寸前のボロボロまで追いつめられるのだ。

 つまり、この行為もそうなのである。


 性的興奮の絶頂。


 レパルトは絶頂出来る。そして絶頂すれば全身の力を失ってそれ以上戦うことは不可能になる。

 つまり、レパルトはレベルマイナス1の呪いにより、女より早くに絶頂し、精根尽き果てて敗北するのである。

 そしてその相手は、レパルトが絶頂して行為をやめた瞬間、絶頂のほんの僅かな手前の状態の寸止めで終えられてしまうのである。

 レパルトが絶頂すればするほど、女はあと僅かな刺激一つで絶頂出来る手前までしかイケない。

 しかし、それこそが地獄。イキそうでイケない。あと少しでイケるのにイケない。

 上り詰めてついに絶頂まで指がかかるかどうかの所で手を止められてしまう。

絶頂レベルMAXを100とするのなら……


「ひめさまぁ~、俺……幸せですぅ……まるで天国で……」

「…………………」


 満足そうにブリシェールの腕の中で脱力したように体を預けるレパルト。

 本来そういうのは男が女を受け止めるはずが、身長の小さいレパルトではブリシェール相手ではむしろ逆である。


(うそ、お、おわった、わ、わらわ……お、おわり……終わり? ちょ、待て、こ、これで終わりになるのか? あと、あとほんの少しでいいのだぞ? あと、ほんの少しでわらわは……あと、あと少し! お願い、まだ、もう少し……)


 灼熱の砂漠地帯を延々と歩き、完全に乾ききったところで、ようやくオアシスを見つけて手を伸ばした瞬間に消えるような感覚。

 しかし、それでも契約は正式に成立した。

 これ以上、続ける必要などないのである。

 しかし、それでもブリシェールの心は正常にそれを受け入れられなかった。

 絶頂寸前ギリギリまで追いつめられ、その快楽に精神が正常を保てぬほどにまでなっていた。


(くっ、どうすれば……無理だ……このままお預けは……もう、わらわは……。とにかく、これで契約が成立した以上、もうこの男とは二度と……二度と……二度と……もう一度ぐらいは……)


 その時、レパルトとブリシェールの目が合った。


「ひ、姫様……俺……」


 幸福に満ちた満足そうに微笑むレパルトの表情を見た瞬間、ブリシェールの中で何かがキレた。



「こ……このヘタクソめ! ウヌがヘタすぎて、契約が失敗したではないか! (ッ!? わらわは何を!? 契約など普通に成立したというのに!?)」


「えっ、し、失敗!? そんな! お、俺、それじゃあ何を……」


「この度し難いほどのクズめ! 愚か者め! わらわがここまでして……全てを無にするとは何事か! これでは、ウヌともう一回しなければならないではないか!(違う! そんなことは……わらわは何を言って……違う! 決して快楽のためなどでは……し、しかし……ッ、違う……そうだ……これは褒美だ! この者への!)」


「も、もういっか!? ひ、姫様と……そ、で、でも!」


「何たる屈辱! これほどの辱めを……おのれえ……(そう、この者はわらわの都合で地上へと連れ出され、奴隷とはいえこれからはわらわの忠臣として命を捧げるのだ。なればこそ、今は裸の王であるわらわがくれてやれる褒美はこの身体のみ……一回や二回ぐらい!)」


「お、俺……そんな……なんてことを……なんで俺はこんな……そんな……」


「うむ、は、ハンセーせよ……よいか? 契約できるまで寝かさんからな! わらわに忠義と罪を感じるのなら……泣いている暇があれば、……抱け!」


 

 現在のブリシェールの絶頂Lv:Lv99.999

 しかし、どれだけ100に近づけど、100にはならない。


「そ、そんな……でも、俺……もうこれ以上姫様につらい思いをさせたくないです!」

「はぐっ!? (い、いかん、この小動物的な、というかもう、こやつ……めんこい! あぁ、愛でたいというかも、てか、もうこれ、わらわのものだし!)」

「ですから、ひめさ――――むぐっ!?」

「だ・ま・れ! ちゅっ♥」


 されど、ブリシェールは止まらない。


 抵抗するレパルトの唇をキスで塞いで、そのままレパルトに覆いかぶさる。


 妹のことも、国のことも、全てのことがこの瞬間だけは頭から抜け、ブリシェールへの精神が崩壊するような地獄がしばらく続く。



 そして、ブリシェールがその地獄から解放されたのは、もはや回数が分からぬほど精魂尽きるどころか意識すらもレパルトが断ち切られた果てのことだった。


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