第13話 事後

 レパルトは、ブリシェールとの初めての出会いは神の降臨かと思うほどの出来事だったことを覚えている。

 自分が片手で数えられるぐらいの年齢の時、地下世界の奴隷たちの働きを労うために現れたブリシェールは今と何一つ変わらぬ容姿であった。

 不老長寿のヴァンパイアゆえに、自分の身長や体が月日が経つごとに変化するレパルトと違い、ブリシェールは初めての出会いの日から今でも何も変わっていなかった。

 幼心の憧れから、月日が経っても色あせない姫への想い。それが、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 夢でもありえぬ現実に酔い、もはや今死んでも何一つ後悔はないと有頂天になっていた。

 しかし……


「チャンプが死んで……セレスティン様が攫われて……俺が……姫様の眷属に?」


 決して流すことのできないこれまでの出来事を思い出し、そして説明を聞き、レパルトの瞳には次第に涙が溢れていた。

 親友の死。

 自分が敬愛する主が攫われたこと。

 更に、自分が既に人間ではなくなったという事実。

 一度では受け入れがたい事実をいくつも思い知らされて、レパルトは震え上がっていた。


「うむ。すまなかったの……親友の死を悼む時間も与えず、更には無断でウヌの体を変えてしまった……」


 震え上がり、ベッドの上で膝を抱えて縮こまるレパルトの頭をそっと撫でながら、正気を取り戻して衣服を整えたブリシェールは、申し訳なさそうにレパルトに謝罪した。

 その瞬間、レパルトは神の謝罪に対して、逆に申し訳なさがこみ上げて、思わずベッドの上で飛び跳ねて正座してしまった。



「ひ、姫様、ど、どうか頭をお上げください! そ、そもそも、死ぬ寸前だった俺を姫様がお救い下さり……ましてや、俺なんかのために『あんなこと』までしてくださって……感謝と俺の極刑に値する大罪はあっても、姫様がそんなことを仰ることなど何一つありません!」


「……そうか……そう言ってもらえるだけで、幾分か心が救われる……優しいの、童は」



 自分は本来死ぬはずだった。それが生かされただけでなく、本来百回死んで生まれ変わっても触れることすらありえぬ存在でもあるブリシェールに、触れるどころか、本能の赴くままに肌を重ねたのだ。


「俺、こ、恐いです。でも……でも、戦います! 俺なんかの命を救うために、姫様が苦痛を味われて……それにほんの少しでも報いるためなら、俺、やります! 俺は誰にも勝てないですけど、誰でも追い詰めることができるんです!」


 戦いも、戦争も、傷つくことが恐くないかと言えば、嘘になる。

 しかし、それでもブリシェールのために、何かの役に立ちたかった。

 自分のような汚らしい奴隷に、姫は命を救うだけでなく、体を差し出し、犠牲になったのだ。

 たとえ、種族や住む世界が違えど、女が自分の体を犠牲にするという行為がどれほどのものなのかなど、常識として考えれば、この上ない屈辱なはずなのだから。


「ん、お、う、うむ(……流石に情が沸いてしまうな……というか……やはりこやつ、めんこいな……この童……抱きしめてやりたくなる……)」


 それなのに、ブリシェールは嫌な顔一つせずに苦笑する。

 それが余計にレパルトの胸を締め付け、更なる闘志を燃やした。


「さて、予想以上の時間を取られたが、奴らも山越えには時間がかかるだろう。今から追えば、まだ間に合うはず」

「はい! それで、あの……どうすれば?」

「うむ」


 で、敵軍を追いかけて、セレスティン姫を助けるためには具体的にどうすればいいのかとレパルトが尋ねると、ブリシェールは山小屋の中にあった食器をいくつかテーブルの上に並べた。

 テーブルの上にお椀を二つ並べ、その先には丸皿を、反対側にはコップを置いた。


「このコップがわらわたちで、この二つのお椀が今わらわたちが居る山の麓。これを越えた先には、アルテリア覇王国と同盟を結んだ砦の小国家、奴隷ではないが、ウヌのような人間たちが住んでいる、『ミルフィ国』がある」


 世界や地理を知らない。正直説明されても深い理解は得られない。『山』とか『森』とか『川』とかも、正直見たことが無いのに、アルテリア覇王国の同盟国と言われても、ピンと来ない。



「山越えをしてアルテリア覇王軍と交戦中の敵本軍に奴らが合流するには、必ずこの砦を通らねばならぬ。砦の軍事力はそれほどではないが、背を討たれぬためにも、奴らは必ずこの砦を討とうとする」


「えっと……それなら、この砦で……」


「うむ。奴らは足を止めて交戦に入るであろう。その時こそ、セレスティンを奪還する唯一の機会。さらに、この国の姫であり、自らも剣を持ち戦う英雄、『姫騎士エルサリア』というものがおって、わらわやセレスとは昔からの付き合いだ。エルサリアと砦の兵たちと共闘して奴らの足止めに時間を稼げば、必ず再編成された騎士団が援軍に駆けつける。そうなれば、あんな有象無象の豚共など、恐れるに足らん」



 一度は敗れたかもしれないのに、不安をまるで見せずに自信に満ちた表情で告げるブリシェールにこれ以上ないほどの頼もしさと、胸の高鳴りを感じたレパルトも力強く頷き返した。


「わ……わかり、ました」

「よき覚悟だ。では、行くぞ」

「はいっ!」


 立ち上がった二人は山小屋から外へと出る。既にあたりは漆黒に包まれて見渡せぬほどになっている。

 そのような中で、深い森、険しい山、それを越えようとするのは至難の技である。

 ましてや、そもそも地上に出ることすら経験のなかったレパルトにとっては、今の暗闇の世界こそが初めて見る地上の光景。


(暗い……あんなに真っ暗に広がっているのが……『空』……『夜』……これが、『森』……そして、あんなデカイものが地上にはあるのか! 俺もよく、『山ほど』とか『山盛り』とかって言葉は使うけど、あれが本物の『山』……こんなどこまで続くかも分からない世界に、あんなものがいっぱい……これが……地上……)


 見たこともないほど巨大な山が目の前に立ちはだかるのを目の当たりにすると、流石に足が竦む。

 しかし、夜であれば敵軍も流石に夜営をして足を止めているため、追いつくには今しかない。予想以上にレパルトとの契約(?)に時間がかかったブリシェールは、遅れたロスを取り戻すためにも、酷とはいえここで行くしかないと思っていた。


「安心せよ、童」

「えっ? ひゃ、ひゃああ!」


 その時、山を前に立ち尽くしていたレパルトを、ブリシェールが両手で抱きかかえた。それは、本来であれば男が女にする、俗にお姫様抱っこと呼ばれるもの。


「ひ、姫様、あ、あの!」

「この方が早い」


 小柄とはいえ、男のレパルトを軽々と抱きかかえて、ブリシェールは一足で高い木々を越え、二足目でさらにその先へと飛んでいく。

 木から木へ、丘を越え、川を飛び越えて、見たこともない高速で世界を移動する光景にレパルトは目を……


「ひ、姫様! だ、大丈夫です、お、俺、走りますから!」


 目を奪われること無く、むしろブリシェールに抱きかかえている現状にレパルトはパニックを起こした。


「ん? 何を遠慮しておる。もっととんでもないことをしたではないか」

「で、ですからああ!」

「それに、ウヌはもうわらわの眷属だ。その面倒は見ねばならぬからな。勿論、その分、奴らとの戦いには存分に役立ってもらう」






――あとがき――


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