第4話 変わる世界
「ああ、また揺れてる。そんなに激しいのかな~? 外の戦争っていうやつ」
定期的に続く揺れにレパルトは怯えながら、今にも崩れるのではないかと思われる天井を見上げた。
「戦争か~。そういうのが地上ではワンサカあるそうだぜ?」
午前の重労働を終え、真っ黒になった労働者たちが昼の休憩を取っていた中、チャンプがぼやいた。
それは、先日、地下世界に訪問した皇女の口から直接告げた話のことだった。
その話題には、レパルトも身を乗り出した。
「うん。それに、地上には俺たちと同じ人間だけじゃなくて、見たこともない姿の魔族とか獣人とかがいっぱいいるんだってさ」
「それを言うなら姫様たちヴァンパイアだって人間じゃねえよ。まあ、見た目は人間に見えるけど」
「全然違うよ! あんなに美人で、知的で、気品があって……そんな人が俺たち人間と同じなわけないだろ?」
「お、おお、分かったよ、ムキになんなよ」
正直、『戦争』という単語の意味を知っていても、それについての深い理解はなかった。
「まっ、でもヴァンパイアってのは、地上世界で最強不死身の種族なんだろ? だったら、アルテリア覇王国が勝つに決まってっから、俺たちが何か考えることもないんだけどな」
この地下世界ではそもそも『国』という概念はなく、居住区では目だった騒動等もなく、争いもない。
喧嘩大会という腕試しの場面はあるものの、ヴァンパイアという強大な力を持つ至高の種が管理する世界において、問題を起こすような者は稀であった。
また、外の世界には多くの人間や種族が存在しているということは知っていても、それを直接見たこともない彼らにとって、『地上で戦争が起こっている』と言われても、それがどの程度のものなのか、まるで想像できなかった。
だから、そんな彼らにとっては……
「ま、それよりよー、チャンプ。その弁当の『芋フライ』は?」
「地上からの物資で、お前の家にはその上等な芋は支給されなかったろうが。また、新しいファンか?」
地上世界での戦争よりも、目の前の仕事。食べ物。そして若い男ならば、女との話が話題の相場と決まっていた。
「ま~な。隣の居住地区に住んでる子だよ。俺のハーレム入りたいってよ。きししし、部屋に連れ込んだらよ~、胸は小さいが、ほっそりしてて、小ぶりなケツがググッと来たぜ」
数人の男たちが輪を作って弁当を食べる中、チャンプはやらしい笑みを浮かべながら、外には聞こえないぐらいの声で仲間内だけに話した。
それを聞いて男たちは舌打ちと同時に羨望の眼差しを向けた。
「か~、いいな~、これで女は何人目だよチャンプ」
「俺なんて最近あんまりヤッてねーのによ~。仕事も順調、喧嘩大会無敗、繁殖活動順調、この完璧やろーめ」
「たまんね~よな。な~、レパルト?」
「でもよ、レパルトにだってファンが居るだろ? ファンの子と一人ぐらい結婚したらどうだ? この間も言ったが、いつまでも硬いこと言ってねーでよ」
「え? そんなことないよ~、チャンプ。だって、俺……慰められるだけで……応援はするけど家族にはなりたくないって……言われるんだ……」
しょんぼりとうずくまる様に俯きながらレパルトは項垂れた。
チャンプの言うように、喧嘩大会などでは常に一回戦負けでも、熱く頑張る姿を見せるレパルトには応援する人たちは沢山居た。
だが、それが結婚に繋がるかと言えば、そうでもなかった。
現実は厳しいものだった。
「俺……生涯独身かも……」
ありえなくない未来を嘆くようにレパルトは呟いた。
「おいおい、まだ分かんねーだろ? そう落ち込むなよ」
「うう~、チャンプはそんなこと言うけど、独り占めしてるじゃないか、ズルイよ!」
「馬鹿、じゃあこう考えろよ。お前の呪いのレベルマイナス1は、戦う相手よりマイナス1弱くなるんだろ?」
「それがなにさ」
「じゃあよ。俺と嫁の人数を勝負するって考えるんだ。俺は今のところ十人ぐらいと結婚しようと思ってるから、お前はこれで将来九人と結婚できる。どうだ?」
「そういう方面では俺の呪いは発動しないんだよーッ!」
男友達たちは笑い合いながら冗談交じりでそういう話をしあうが、レパルトにとっては切実な問題だった。
生涯一度も腕っ節で勝利したことない男。言ってみれば夫婦喧嘩をすれば嫁よりも弱くなる。
そんな情けない男と誰が結婚したい?
無理だ。だって、もし自分が女だったら、自分のような男と結婚したいと思わないからだ。
「そーいやよ、結婚っていえば、姫様って、そういうのどうされるんだろうな?」
仲間内の誰かが何気なく呟いた言葉に、レパルトの肩が大きく揺れた。
「そりゃー、超エリートのヴァンパイア騎士とか、ヴァンパイア貴族とか、そういうところだろうな」
「でもよー、それで結婚したらよ~、とーぜん、あの姫様と……その……ヤルんだよな~?」
「ああ、姫様がドレスを脱いで……子作り……キスしたり、乳もませたり、……触ったり……」
想像したくない。あの、誰も触れてはならない神聖な存在を、どっかの男が穢す。
それは、レパルトにとっては非常に悔しく、しかし想像しただけで……
「おおい、レパルト! な~んで前かがみになって顔を赤くしてんだよ!」
「ひひひ、でも分かるぜ~、俺、もしほんのちょっとでも姫様に触れることが出来りゃ、もう一生他の女とヤレなくていい」
「だな、レパルトなんか、死んだっていいとか思うじゃねえのか?」
レパルトは、無言のまま否定しなかった。天地がひっくり返ってもありえないことだが、もしそんなことがあったら……
「……にへ~……」
「「「「気持ちワリー顔して笑ってんじゃねえ!」」」」
もう、自然と顔がニヤけてしまう。それがレパルトの素直な気持ちだった。
ただ、それはそれとして……
「でもよ~、レパルト、お前、今度姫様が来られたら、どうするんだ?」
「えっ、何が?」
「だってよ~、お前、この前、姫様の鞭を避けちまっただろ? まあ、少しくらってたけどよ~」
「……あっ……」
「今度あったらお仕置きの続きするって言ってたろ? ……殺されるんじゃねえのか?」
思い出した瞬間、レパルトは弁当のおかずを地面に落としてしまった。
そうだった。自分は姫に不愉快な気分を与えた、大罪人なのだ。
それはもう、お仕置きなんてレベルで済まないのではないか?
そう思った瞬間、全身がガクガク震え上がった。
「でも、あんな見えない鞭を、逆によく避けたよな~、レパルト」
「ひょっとしてアレじゃねーの? 呪いであの一瞬だけ姫様と互角の力になってたからか?」
「おいおい、それって、逆に凄いんじゃねえのか?」
怯えるレパルトを慰めようと、仲間たちは慌てて話題を変えようとした。
だが、自分がやってしまったことの大きさを改めて認識したレパルトの耳には、そんな回りの言葉は入って来なかった。
結婚以前に、自分は近い将来に死んでしまうかもしれない。
でも、憧れの皇女に殺されるなら……
いや、でも死ぬのは……
でも、皇女の手で直接殺されるなら……
と、変なことで悩んでいた。
だが、そんな悩みも、将来のことも、そして自分の運命すらも、今日この日、大きく変わることになるのだった……
「え……?」
何の意味もなく、ただ天井を見上げたその時だった。
これまでとは比べ物にならない巨大な揺れ。
その揺れは、壁や天井や土くれを固めて作り上げられた住居にヒビを入れ、巨大な土砂崩れと崩落が地下世界を襲った。
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