第6話 友の最期

「あ、あああ、なんてことだ、あ、あの方は……」


 栗色に染まった柔らかそうなふわふわした髪。

 戦闘の影響で壊れかかった、緑色の戦乙女の鎧を纏っている。

 その表情や瞳に気丈さはなく、悔しさで染まっていた。


「ふん、この地下道を進めば、果てで山岳の麓にたどり着く。あとは山越えさえすれ本軍と合流できるが……その前に、まずは貴様らの心を殺してやろう。反逆する気がなくなるほどな」


 下衆な笑みを浮かべるバークシャ。

 次の瞬間、ブリシェールとセレスティン、二人の姫の白いスカートを強引に引きちぎった。


「なっ、な、なにをするっ!」

「いやっ! っ、な、ぶ、無礼者!」


 顔を真っ赤にする二人の姫のスカートの下には、鋼鉄で作られた貞操帯が装着されていた。

 その姿にバークシャは腹を抱えて笑った。


「ぐわはははははは! 髪も鎧の色も違うが、貞操帯はお揃いのものか! 嫌がる姿も同じだ! なかなかそそるではないか! ヴァンパイアとはいえ、これだけの美貌であればいくらでも飽きずに抱けるというものよ!」


 あまりにも残酷な言葉に、最早人間たちは何も言えない。

 レパルトはその恐怖に耐え切れず、ただ震えてうずくまり、頭を抱えていることしか出来ない。


「ぐっ、この外道め! 私たちに指1本触れてみなさい! その瞬間、自害します!」

「わらわたちは貴様のような醜い豚が触れてよいものではない!」


 拘束されて身動き取れずとも反逆の意思は捨てない二人の姫だが、それは逆にバークシャを興奮させるものでしかなかった。



「ふはははは! 笑わせてくれる。自害だと? 貴様らヴァンパイアは舌を噛み切る程度ではすぐに再生して死ねんというのに強がるな! それと貴様らは勘違いしているぞ? 貴様らはワシに抱かれるのではない! ワシに望んで抱いてもらうように請うのだ!」


「な、なにを言うか! ふざけるな! 誰が貴様なんぞに!」


「ふふ、そうそう……ワシの隊たちも長旅で疲れているであろう……この二人は渡せんが……ふふ、ここには幸運なことに家畜以下の奴隷が山ほど居る」



 それは、人間たちだけではなく、二人の姫すらも青ざめさせる言葉だった。

 すると、既にバークシャの回りに居るオークたちは、笑みと涎を垂らしている。

 その矛先は奴隷たち。


「な、なにをする! やめろおっ! 貴様らに慈悲はないと言うのか!」

「ぐわははははは! ならば、宣言しろ! 今すぐ抱いてくださいと頭を下げて懇願しろォ! そして、貴様の父に、兄に、敗北と降伏を穢れた肉体を晒して進言しろッ!」

「ッ、そ、そんなこと、できるはずが!」

「ならば構わぬッ! 奴隷共を皆殺しにし、更に貴様ら姉妹のどちらかを殺す! いや、それどころか今すぐ地上に戻って、陥落した王都を心行くままに蹂躙尽くしてもよいのだぞ?」


 もはやそれは交渉でも、脅しでもなんでもない。

 ただの狂った悪魔の言葉にしか聞こえない。


「戦争に勝つためなら何でもする! それがこの時代、この世界で戦い抜くための精神だ! 愚かなる覇王国を滅ぼし、我がオーク族が魔族の盟主となり、世界の新たなる覇王国となるためならば、ワシらはいくらでも鬼畜のごとき所業にも手を染めてくれるッ!」


 そして、バークシャはそんな悪魔のような宣言を一切の揺るぎや甘えも見せずに叫んだ。

 同時に、恐怖ととに地下世界の人間たちの心に刻み込まれた。

 これが地上世界。

 これが戦争なのだと。

 ただ一人を除いて……


「っ、ざ、ざけんじゃねええええ、テメエらアアアアア!」


 それは、地下世界の誰からも聞き覚えのある声だった。

 レパルトは幼い頃から聞いた声。

 そして、同時に納得した。

 ああ、そうだ。あの男が、こんな状況で、自分と同じように怯えて震えるわけがないと。


「俺たちの姫様から手え離しやがれ、この豚がァ!」


 地下世界最強の男。チャンプ。

 瓦礫で頭を打ち付けて額から血を流すものの、その瞳は反抗の色に染まっている。

 相手が異形のバケモノでも、地上の英雄だろうと関係ない。

 黙っていられるかと、猛然と走り出した。


「ぐわははは、奴隷の人間か。なかなか良い肉付きだな」


 走り出すチャンプに対して、バークシャは笑ったまま。


「副将……ここは自分が……」

「構わん。奴隷にも僅かなプライドがあったのだと想い、ワシ自ら応えてくれる」


 バークシャの側近や周りの兵たちがチャンプの行く手を塞ごうとするが、バークシャがそれを止めた。

 巨大な矛を上げて、迎え撃つ気だ。


「ちゃ……チャン―-―」


 その時、レパルトの脳裏にどういうわけか、これまでの思い出が過ぎった。



―――畜生ッ! まーた、レパルトに圧勝できなかった! お前の呪いヤバすぎじゃねえかよ! 



 喧嘩大会でボコボコに腫れ上がった顔で笑うチャンプ。



―――ふっふっふ、レパルトと一回戦で当たらなければ楽勝だぜ! ……って、俺ってなんか男らしくないか?



 どうしてこんな時に、そんなどうでも良かったことが?

 地下世界の人気者。強くて、明るくて、それでいてちょっとだけウザッたいと思ったりもしていた。



―――すげーな、お前、善戦帝王って……誰とでも善戦できるけど……絶対に勝てねー呪いか……なあ、そのよ……つらくねーのか?



 正直な話、誰に対しても遠慮なしに接することが出来るチャンプにとって、自分がどれだけの位置づけの存在なのかはレパルトには分からない。

 でも、それでも……



―――ははは、つっても、誰にも勝てねえのに、誰もお前とは戦いたくねえって恐れてる。俺もだ。だから……やっぱ、お前はスゲーんだな。勝てないけど立ち上がるってのはよ。



 チャンプは自分にとっては……


「だ、だめだチャンプッ!」


 大切な友達だった!


「こういう奴を見せしめに殺すからこそ、絶望し、従順すると言うものだっ!」


 次の瞬間、チャンプの体は上と下で真っ二つにされていた。


「……あ……」


 噴水のように飛び散る生温かい血飛沫。

 それが誰のものなのかと、転がる肉塊は誰だったのかと、地下世界の人間たちが認識する前に……


「あっ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 レパルトの全身に刺青が侵食し、心が爆発した。

 勝つのは不可能だとか、呪いとか、そんなもの頭に無かった。

 奴を許すな。

 奴を追い詰めろ。

 どこまでも、徹底的に追い詰めてやる。

 恐怖も全て消し飛ぶほどの怒りを勢いに乗せて飛び出す。


「ん?」


 追い詰めてやる! 死の間際まで!


「このやろあああああああああああああああああああああ!」


 そしてこの日、世界が善戦帝王を知る。

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