第20話 間に合った

 高笑いをし、エルサリアを持ち上げたまま、イベリは廊下を進む。 

 階段を下り、城の前の広場には、俯いてボロボロの姿の民たちが集められ、その周りをオーク兵たちが取り囲んでいた。


「ひ、姫様だ!」

「あ、ひ、姫様……な、なんとおいたわしい……」


 民たちがイベリと、肌を露わにしたエルサリアの存在に気付き、絶望が更に深くなり、誰もが涙と嗚咽を交えて項垂れていた。


「イベリ千人隊長! 市街の制圧は全て完了しました」

「うむ、ご苦労だった」


 姿を現したイベリに駆け寄る数名のオーク兵が、姿勢を正して報告する。


「こやつらの処遇は?」

「投降したとはいえ、後で後ろから襲われるのは面倒だ。とりあえず、男だけ殺しておけ。老人や子供は放っておけ」

「はっ! 了解しました!」

「それと……」

「ふふ、分かっている。……持って帰りたい女が居れば、お前たちの好きにして構わん! ただし、俺が今からやるショーが終わってからだ」

「ッ! ははあ! ありがたき幸せ!」


 既に発狂寸前のエルサリアにも、イベリたちの会話や民たちの様子は分かっている。

 しかし、もうどうしようもないと、ただ絶望するだけしかできなかった。


「おい、アレを連れて来い!」


 そして、その絶望に更なる絶望を与えるべく、イベリが合図を送る。

 すると、二十名ほどのオーク兵たちに厳重に囲まれて、肉体と両手を縄で縛られた、ヴァンパイアの戦乙女が広場に連れてこられた。

 連れてこられたヴァンパイアは、広場でイベリに持ち上げられているエルサリアを見て、悲痛な叫びを放つ。


「ッ、エルサリアァ!」

「……せれす……てぃん……さま……」


 それは、攫われたセレスティンであった。

 二人の姫は互いに互いの姿を見てより深い絶望の顔を浮かべ、その二人の姫の姿に民たちもまた同じ絶望を抱く。

 最早、この場に抗おうとするものなど一人もいなかった。


「聞けえええええ、ヴァンパイアにへりくだる愚かなる人間どもよ! 既に貴様らの国も、象徴も、全て我らの手に堕ちた! そして今に、我ら偉大なるオークの同胞たちが、アルテリア本軍をも壊滅させ、我らオークが大陸の盟主となる! 貴様らは滅亡するのだ!」


 追い打ちをかけるように言葉をぶつけるイベリ。その言葉に静まり返り、誰もが力なく跪いていく。


「だがしかし! 貴様らの無駄な抵抗により多くの同胞や、偉大なるバークシャ副将の戦死など、我らも多大な犠牲を払った! その代償は払ってもらわねばならぬ! 貴様らの体でなァ!」


 エルサリアは、先ほどイベリがバークシャの死をむしろ喜んでいたのを聞いていた。しかし、もうそのことに触れようとも思わなかった。

 ただただ、絶望と無念を抱き、エルサリアは既に心が死にかけ、追い詰められ、一つの決心をしていた。

 それは……


「見るがよい! 今こそその罪を贖ってもらおうか! まずはこの姫騎士の処女を、貴様らの前で散らしてくれるわあ!」


 イベリが笑みを浮かべる。

 その瞬間、エルサリアは目を瞑り、口をわずかに開けて舌に歯を当てる。

 せめて、穢される前に死のう……

 民のためにとその一線は越えないようにと心がけたが、もう全てが手遅れになったのを理解したからだ。

 イベリたちにどのように懇願しようとも、民は殺され、凌辱され、そして国は亡ぶ。

 ならば、せめて、誇り高く死のう。そう思い、エルサリアは己の舌を噛み切ろうとした。

 その時だった!


「はあ、はあ、はあ……やるんだ、俺……恐くないぞ……」


 広場に集められた民が誰も絶望に染まる中、一人の少年が民たちに紛れて前へと出て、そしてついには囚われのセレスティン、エルサリア、そして今正にエルサリアの処女を奪おうとしていたイベリの前へ現れた。

 その少年は、あまりにも質素で平凡で、田舎の民たちの中に居ても周囲に溶け込みすぎて、ここまで前へ来られたことにも誰も気づかなかった。

 それどころか、仮に少年が前に出たところで、小柄な体、弱々しい顔、そして恐れから震えが見られる。

 そんな少年一人が前へ出て、一体何事かと誰もが目を丸くした。


「なんだ~? くくく、姫様を助ける騎士様にしちゃあ……ん?」


 イベリはその時、少年を見て何かに気づいた。


(このガキ……どこかで……)


 どこかで見覚えのある少年に、イベリが首を傾げる。


(そうだ……つい最近だ……)


 汚い布キレの服。どう見ても身分の低い子供。

 容姿も体つきも目に引くものではない。

 どこまでも平凡で中庸な人間。


「…………?」


 舌を噛み切る寸前だったエルサリアも思わず小首を傾げた。

 見知らぬ顔の少年。恐らく自分よりは二~三は年下だろう。

 特に腕に自信があるわけでもなさそうだ。

 まさか、自分を助けに? もしそうだとしたら、間違いなく殺される。

 エルサリアは慌てて少年を止めようとした、その時だった。



「思い出した! テメエは、アルテリア覇王国の地下奴隷の人間! ……ジジイを……バークシャ副将をヤッたガキ!」


「「ッ!!??」」



 イベリはハッとして、少年のことを思い出した。

 イベリのその言葉に、エルサリアは驚きのあまりに言葉を失い、そしてセレスティンも少年の姿を見て思い出した。

 誰もが大きく見開いた目に映るその少年は……



「お、俺は……俺は……俺はア! 善戦帝王レパルトだ! 大切な人の想いに報いるために、お前を……お前たちを追い詰めに来た!」



 戦えば、神でも悪魔でも追い詰める人間が、恐れを振り払ってそう叫んだ。

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