第2話 ヴァンパイアの姫

「おーい! 善戦帝王、な~にやってんだよ! 表彰式終わっちまうぞ~? お前はこれで十回連続敢闘賞なんだから、さっさと来いよ~!」


 レパルトを遠くから大声で呼ぶ声が響いた。


「あっ……チャンプッ! あれ? 試合は?」

「だははははは、もう終わったぜ! 俺様の圧倒的勝利!」


 大柄で上半身裸の男。腕や足の太さはレパルトと比べ物にならず、ギラついた眼光は野性味溢れていた。

 その男こそ、喧嘩大会常勝無敗の男。

 人は彼を本名ではなく、『チャンプ』と呼んでいた。


「まっ、これもくじ引きで俺様が一回戦でお前と戦わなかったからってのもあるけどな」

「そんなこと言うけど、どっちにしろ、俺チャンプに勝てないじゃないか!」

「でも、この地下世界でこの俺様をギリギリまで追いつめられるのはお前だけだろうが。ほ~んと、お前とは戦えば勝てるけど、二度と敵に回したくねえよ~」


 チャンプはレパルトに笑った。

 そう、このチャンプも一度だけ手こずった大会があった。それは一回戦でレパルトと戦った時だ。

 その時、勿論チャンプが勝ったのだが、何時間にも及ぶ死闘をレパルトと繰り広げた結果、その後の試合も全てヘロヘロだったのだ。

 そのとき以来、チャンプはレパルトを「ダチ」として認めて、よく絡んできていた。


「うう~、にしても、また敢闘賞か~……俺、敢闘賞なんていらないよ~……」

「バーロウ! 何も賞をもらえねえやつと違って、何かを得られるんだから文句言ってんじゃねえよ! つか、お前のファンだって待ってるんだから、さっさと行くぞ!」


 チャンプがレパルトの手を引っ張って強引にみんなの前へと連れて行く。

 すると、そこには多くの人の輪が出来て、レパルトに大歓声を送っていた。


「レパルト、今日もスゲー熱い殴り合いだったな!」

「勝てねえくせにあんなにムキになるとよ~、なんかこ~、俺らもやんなきゃってなるよな?」

「レパルトくん、泣かないで~! 結果が全てじゃないんだよ?」


 肌にビリビリと伝わる拍手と歓声。さすがにこれを受けてはいつまでも捻くれているわけにはいかなかった。


「なっ? レパルト。敢闘賞に、更にこんだけの声援っていうオマケ賞も毎回もらえるくせに、ゼータクなこと言ってんじゃねえよ」


 そう、これがいつもの繰り返し。


「チャンプ……うん……わかったよ……」


 努力して、後一歩で勝てなくて、祖父に慰められ、そして大歓声をみんなから送られる。

 それがあるからこそ、「絶対に勝てない人生」と分かっていても、何とかレパルトは自分の心を保っていた。

 そして、もう一つ……




「今日も面白い見世物であった」




 そう、レパルトを支えた大きな存在がそこにあった。


「ひっ……ひいっ! ひ、姫様ッ!」

「なっ、い、あ、ぶ、ぶ、ブリシェール皇女ッ!」

「プリンセスガードのヴァンパイア騎士様たちも居る!」

「ちょ、おい、ガキ共を早くすわらせろ! 失礼のないように!」


 それは、この世界において全てが異質であり、不釣合いであり、異次元の存在であった。

 美しい銀色の長い髪。この地下世界には存在しない、鮮やかな絹で作られた黒いドレス。

 凛とした表情と瞳と、決して触れることの許されぬ真っ白い手足。

 その周囲に漆黒の鎧に包んだ精強な騎士を従わせ、闊歩する姿。それは、地下世界の人間たちにとっては、神々との対面に近かった。

 誰もが命じられたわけでもないのに、リング回りに集っていた数百人近い人間たちは誰もが両膝と額を地面に擦りつけていた。

 その存在が現れただけで、あれほど荒々しく盛り上がっていた地下世界が一瞬で静寂へと変わった。


「面をあげよ、人間たちよ。此度もそなたたちの催しを見物させてもらった。わらわもなかなか有意義であった」


 決して大声ではない。しかし、その透き通るような声は地下世界の誰もが耳に、そして心の奥底まで届いていた。

 それは、レパルトも例外ではなかった。


「ひ、姫様だ……姫様……相変わらず、なんてお美しい……」

「本当だぜ……それに、こんな汚ねえとこにまでワザワザ降りてきてくださるなんて……本当になんてお優しいんだ」


 レパルトもチャンプも表彰式を忘れて、瞳を輝かせていた。

 二人とも、皇女と一度も会話をしたことはない。

 こうやっていつも遠くから見ているだけ。しかし、それでも心を埋め尽くすほどの想い。

 皇女は数年に一度程度しか地下世界に視察に来ない。そして、表情は凛としてクールで、口調にも抑揚はあまりない。

 しかし、その神々しく、存在するだけで目を奪われて魅了する気品と共に伴うオーラのようなもの。

 レパルトにとって、それは、一目惚れなどという次元を遥かに超え、最早、崇拝していた。


「よく聞くが良い、地下世界の住民たちよ! このたび、偉大なるヴァンパイアの国、アルテリア覇王国の第一皇女であらせられる、ブリシェール・アルテリア様直々に、諸君らへ伝えられることがある!」


 皇女の四方を取り囲む側近でもある黒衣のヴァンパイア騎士の一人が威厳に満ちた声を発する。

 ただでさえ、地下世界の住民たちは姫の姿に緊張で震え上がっているというのに、更に野太く力強い声を発せられると、意識が飛びそうになるというもの。


「アルテリア覇王国の第一皇女、ブリシェールである」


 だからこそ、誰も予想していなかった。


「まず、人間たちよ。千年変わらぬ貴君らの労働により、今も我らアルテリア覇王国は潤っている。誠に大義である」


 神と同等とも呼べるヴァンパイアの姫、ブリシェール。


 そんな人とレパルトは数日後……






 めちゃくちゃ……





 えっちっちなことをする。


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