不屈の善戦帝王 勝てずとも、誰であろうと追い詰める
アニッキーブラッザー
第1話 地の底からの始まり
―――俺は一人だとこの世の誰にも勝てない。どれだけ死闘を演じても、あと一歩でいつも勝てない。俺は一人では何もできない。だが、俺が一人でなくなった時、あらゆる不可能を可能にする。
十四歳の少年、レパルト・コルシカは一見したらどこにでも居る少年だった。
容姿も特段目を引くものではなく、童顔で子供っぽいと思われることは多々ある。
身長も年齢からすれば小柄の部類に入るかもしれない。
特に整っているわけではない両親譲りの黒髪は、長すぎず短すぎず。
ただ、日常生活を送る上でほんの少しだけ腕力があるものの、それは自慢できるほどのものではない。
彼はそれぐらいの、どこまでも平凡な少年だった。
しかし、そんな少年は、歴史上稀に見る呪いを持って生まれた異端児だった。
「すげー、盛り上がり。レパルトの一回戦か?」
「ああ。もはや、地下世界喧嘩大会名物の一回戦だ。これ見なきゃ、仕事のやる気がでねーって」
人と魔と獣が生息する広大なる『ヴァンダレイ大陸』の最強国家『アルテリア覇王国』は、不死の最強生物ヴァンパイアが統治する世界。
豊富な地下資源や魔宝石などが眠る地の底を掘り起こすため、ヴァンパイアたちは千年以上前から捕虜にした人間の奴隷たちを働かせて、発掘作業をさせている。
しかし、千年も経てば、人間たちの中には捕虜や奴隷といった感覚など既になかった。
また、実際に働かされる人間たちは、それほど過酷で悲惨な労働下でもなく、ちゃんと地下世界で最低限の衣食住があり、休養も与えられる。
労働者の数を減らさないように、人間同士で繁殖のための結婚も許されている。
生まれた時から外の世界を知らない彼らにとっては、地下世界が全て。先祖は奴隷や戦争の捕虜として扱われたかもしれないが、最初からこの地下世界で生まれ育った者たちにとっては、『これが人間の暮らし』、『先祖は先祖、今は今』と割り切っていた。
毎日同じ作業をして働き、時には気の合う仲間たちと笑ったり酒を飲み交わしたり、家族を築いたりして、人生を過ごす。
それで彼らは良かった。
それがずっと続くと思っていた。
「何度やってもお前じゃ俺に勝てないって言ってるだろ!」
「ぐっ、ち、ぢくじょ~……」
地下世界でたまに行われる余興の一つ。
四角い手作りの特製リングの上で、二人の男が拳に布切れを巻いて殴りあう、労働者同士の喧嘩大会。
労働の合間の休養期間に行われるイベントは常に盛況だった。
「いい線いってたけど、やっぱレパルトは勝てねーな」
「ほんと、すげー呪いだな。この世の誰にも絶対勝てない呪い」
レパルトはそんなイベントでは毎回欠かせない男の一人だった。
しかし、欠かせないといっても、レパルトは王者でもなければ強豪でもない。
大会では未だかつて一度も勝ったことがない、全戦全敗だった。
しかし全敗でも彼の戦いは常に声が飛び交っていた。
「ったく、勝てねーくせにボコボコ殴ってくれやがって。おい、大丈夫か?」
「……うっ、うん……」
「へへ、しっかしなんなんだよ、お前は。この前、酔っ払いのジーさんにも負けてたくせに、俺にも勝てねえけど何故か手こずらせるんだからな。俺は先々月はベスト4だったんだぜ? もう、次の試合出れねーよ、体が動かねー……」
同世代の友が、わだかまりの無い笑顔でレパルトを起き上がらせる。
そこには、自分と互角に戦った男への敬意と友情の想いが滲み出ていた。
そんな二人を労働者たちは称えた。
しかし、そんな賛辞もレパルトには情けなくて仕方なかった。
「くそ~! あんだけ穴掘り作業で筋肉鍛えたのに! 体力つけるためにいっぱい食べたし、走ったりしたのに、どうして俺は勝てないんだよ~!」
リングから離れ、地下の土を固めて作られた住居地で、人通りの少ない物陰に来た瞬間、レパルトは拳を巻いている布切れを投げ捨てて、悔しさのあまりに叫んだ。
回りからの、「勝てなかったけど良くやった」という賛辞の言葉。レパルトは生まれてから何度もその言葉を聞いた。
でも、結局勝てない。どれだけ善戦しても、どれだけ頑張っても、どれだけ頭を捻っても、絶対に勝てない。後一歩及ばない。それがレパルトの人生。
故に、いつだって悔しさが滲み出ていた。
「仕方なかろう。そういう呪いなんじゃよ。お前の体は」
「ッ、おじいちゃま!」
物陰で落ち込んでいるレパルトに声を掛けるのは、レパルトの祖父だった。
既に肉体労働という仕事からは退いて、地下世界の奴隷たちのまとめ役や相談役などを担っており、いつも孫のレパルトを慰めていた。
「レパルト、お前の呪いは生まれ持ったもの。この強大なヴァンパイアの魔力が漂うアルテリア覇王国の空気は、極稀に地下世界の人間に影響を及ぼすことがある。お前の体は、その数百年に一度あるかないかの影響を受けた、極めて稀なケースなのじゃ」
「分かってるよ……全部……全部こいつの所為なんだ!」
呪われた自分に嘆きながら、布の上着を破り捨てるレパルト。
その左胸の位置には、異形の紋様が浮かび上がっていた。
「戦おうとすると、この紋様が全身に伸びて、俺の体を支配しちゃうんだ……腕相撲とかでもそうなんだ。この間だって、近所のおじいちゃんに、粘って粘って、それでも負けちゃったんだ……」
普段の素の力など関係ない。自分が戦う相手に応じて、肉体の力が変わってしまうのである。
そして、その力は、戦う相手より少し弱い程度。
よってレパルトはこれまで、どんな相手とも善戦してきた。いつも、「ひょっとしたら今日は呪いに勝てるかもしれない」と思うぐらいの死闘を繰り広げることもあった。だけど、最後の最後で絶対に勝てない。
「当たり前じゃ。おぬしの呪いは、『レベルマイナス1』というもの。戦う相手に応じて肉体の力が変わり、全ての能力が相手よりマイナス1弱くなる。言ってみれば、おぬしは病人と戦っても勝てないという強力な呪いじゃ」
「ッ、どうして……どうして俺にこんなの……こんなのが……俺だって普通が良かったのに」
「そうじゃのう。かつて、まだ人間の体がヴァンパイアの強大な魔力の空気に耐え切れなかった時代には呪いの体を持って生まれた人間は何人か居たが、その呪いに関しては千年前に一度確認されたことがある程度のもの……どうしてよりにもよって……と嘆きたくなるおぬしの気持ちは良く分かる」
生まれ持った呪いは一生解くことができない。
かつては、その呪いに打ち勝つために、あらゆる努力を試みた。だが、結果的に呪いに勝つことは出来なかった。
今日だってそうだった。
相手と互角に戦うも、あと一歩で勝てない。いい加減、うんざりしていた。
すると、祖父は切なそうに微笑みながら、レパルトの頭を撫でた。
「レパルト。ワシにはおぬしの呪いを解いてやることはできぬ。でもな、これだけは言えるぞ? おぬしは確かに誰にも勝つことは出来ん……しかし、おぬしは強いものとしてではなく、弱いものの視点で人を見ながらも……それでいて誰とでも対等に接することが出来る……それはな、すごいことなんじゃよ?」
それは、祖父が純粋に思っていたこと。
実際、レパルトは誰にも勝つことは出来ないが、誰とでも対等に接することが出来る。
レパルトは手加減ナシの全力で、かつて喧嘩大会の王者とも互角に戦い、気持ちを曝け出しあい、そして気づけば相手のほうからレパルトを対等な存在として接してきているのだ。
故に祖父は伝えたかった。
「勝てなくても良い。逃げさえしなければおぬしはいいのじゃ。逃げずに相手とぶつかり、曝け出しあい、対等に相手と分かりあうことさえ出来れば……」
だが、そんなことをまだ十四歳のレパルトが納得できるはずがない。
「いやだよお! 俺だって勝ちたいんだ! 友達増えたって、それでも……俺が結局一番弱いんだもん! 弱いなんて嫌だよ! 何も出来ないんだ! なんにもできない、不可能男なんだ!」
勝ちたい。生まれて一度も勝ったことないからこそ、勝つ喜びを知りたい。
賢さとか仕事とか、そういう類のものではなく、男としてやっぱり強い男になりたい。
だからこそ、そんなレパルトには祖父の慰めなど、もはや聞きたくなかった。
どれだけ努力しても全てが無駄な努力。男としての自信なんて持ったこともない。
対等な友達が増えた? レパルトはそう思わなかった。
結局回りの連中も「友達だけど、とりあえずレパルトは自分より弱い」と認識していると思っていたからだ。
すると、
「不可能という文字は、愚か者の辞書にのみ存在する」
祖父は嘆くレパルトに強くそう言い放った。
その強い口調にレパルトは肩をビクリと震わせた。
「しかし、おぬしは愚か者ではない。そうでなければ、皆お前と笑い合ったりなどせんよ」
そして祖父は再び柔らかい微笑みを浮かべて、もう一度優しくレパルトの頭を撫でた。
これまで何回、何十回、何百回、何千回これを繰り返してきたかは分からない。
レパルトは敗北のたびにこうやって祖父に慰められていた。
――あとがき――
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