第16話 裏切りの理由
ミルフィ国。その名前はセレスティンにとっては所縁のあるものであり、決して聞き流すことのできないものだったからだ。
「そんな!? や、やめてください! ミルフィ国は私たちの傘下国とはいえ、戦争とは無縁の無辜の民たちの国! 戦渦に巻き込むなどもっての他です!」
「くくくく、そうか、それなら楽に落とせそうだぜ! 田舎の純朴な女たちを犯しまくるのは、侵略戦争の醍醐味ってやつだ!」
「なんということを! あなた方も軍人であるのならば、一欠けらの情けぐらい、ないというのですか!?」
「へっ? 情け~? くっは! 情けを出すぐらいなら、女の腹の中にするさ!」
一欠けらの情けもあるはずがない。狂気に染まったオークの目がそう告げていた。
これから起こるであろう悲劇に耐え切れず、セレスティンの表情には苦痛とその瞳には涙が溢れていた。
そして……
「千人隊長、ご報告申し上げます!」
「ん? どうだった? 噂の『姫騎士エルサリア』とやらに俺が送った手紙の返答でも来たか? 砦内の女たちを自由に犯していいなら命は助けてやるってことに対しての返答は? もしかして、犯していいってことにでもなったか? くはははははは!」
馬車の中に伝令として訪れたオーク兵の言葉にセレスティンはもはや言葉もなかった。
そんなことを書いたのかと叫び、罵倒したかったセレスティンだが、そんなことはもう意味のないことだと分かっていた。
どうせその手紙も、「相手が降伏しなかったので、力づくで戦った」という口実にでもするつもりだったのだろう。
もしくは、ミルフィ国を揺さぶり、挑発して、反応を見て楽しむなど、特に意味のない悪ふざけ。
「いえ、そうではなく……砦内の……人間が……千人隊長と交渉したいと来ております」
「ああ?」
「身なりからして、それなりに裕福な身分のものかと……」
それは千人隊長だけでなく、檻に囚われていたセレスティンにとっても予想外のことであった。
「……とりあえず、通してみろよ」
千人隊長が「通せ」と言った瞬間、伝令のオークに連れられて、一人の男が現れた。
身なりは伝令の者が言った通り、平民とは違う。貴族や富裕層などが着るであろうジュストコールやキュロットを纏い、洗練された刺繍が施されている。
だが、問題なのは恰好より、男の容姿だった。
「ぐふ、ぐふふふふふ、僕はいるよ~、ぐふふふふふふ」
「……誰だ? こいつ」
その人物は、まず太っていた。
それは、オークのような生まれ持った体躯や筋肉質な体ではなく、明らかに脂肪のかたまり。
真ん中分けしている黒髪は、フケと油でベタベタしている。
流れる汗と口元から垂れているヨダレが、ただでさえ醜い男の容姿を更に異形へと変えていた。
しかし、それは紛れもなく人間であり、セレスティンも知る人物であった。
「あなたは!? た、確か、ミルフィ国全体を取り仕切る商会長の御子息の……確か……」
「うぷ、うぷぷぷ、お姫様だ~。そうだよ~、ぼくはイサアオ商会の……ハモリト・イサアオだよ。で。今、病気で寝込んでいるパパの代わりに商会動かしてるの僕だよ?」
「……え……ええ……確かにそういった報告が……しかし、何故、あなたがここに? エルサリアはこのことを知っているのですか!?」
思わぬ顔見知りの登場に動揺するセレスティン。
すると、ハモリトという男はニヤニヤとしながら、オークの千人隊長に向き……
「ぼ、ぼくは、降伏するよ~。この国もう滅んじゃうの僕わかるよ~。だから、降伏するよ~」
「……ほう」
「なっ?!」
「ぼく、砦の門兵を買収してるから、僕が指示出せば、姫様関係なく、門開くよ~」
それは、ニヤつきながらの降伏宣言。
しかし、その真意は千人隊長にもセレスティンにも理解できなかった。
いきなり現れての降伏宣言。しかも、王族ではない商人の息子が? なぜ? それでこいつに何の益が?
そんな疑問が二人に浮かんだのだが、ハモリトは……
「でも、条件あるよ~、まず……僕を亡命させてよ~」
「……まあ……そりゃそうか……」
亡命。国が亡ぶのだからそれを願うのは当然のことだと千人隊長は頷いた。
しかし、ハモリトの真の目的はそれだけではなかった。
「あと……エルサリア姫……」
「……姫騎士か?」
「うん。エルサリア姫…………あなたたちに協力したら……うぷぷぷぷ、エルサリア姫……ぼくにちょうだああああああい!」
今までずっと挙動が変な様子だったハモリトは、ついに興奮して叫んだ。
「ほう、そーいうことかい」
ようやく全て納得できたと、千人隊長は笑みを浮かべた。
「そ、そう! エルサリア姫! 凛々しい、美しい、可憐、優しい、カッコいい! ずーっと、ずーっと僕のお嫁さんにするんだって子供のときから思ってた! なのに、パパは全然姫様に頼んでくれないし、姫様は照れて僕を見ようとしてくれないから、もう僕が力づくで奪うことにするよおおおお! ずっと、チューしたい、お、おっぱい……べろべろに舐めまわして、は、はめ、はめて……うぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!」
歪んだ愛情を持ったが故に、国も人間も裏切ると宣言するハモリト。
「いいぜ! 交渉成立だ! お前にその姫騎士をくれてやる! 存分に犯して孕ませてやれ!」
その言葉に、「それならある意味信用できる」と納得した千人隊長。
「なん……という……ことを……なんという……そんなことのために……国を! エルサリアを!」
そして、言葉を失って悍ましいものを見るような表情で硬直するセレスティン。
まさかここに来ての醜い裏切りを目の当たりにするとは思わなかった。
「くくくく、そう落ち込むなよ、セレスティン姫。性欲ってのは立派な理由だ。国を裏切る理由には十分だ! まあ、まだお前には分からねーだろうけどな! 処女なんだろうからな! ぐわははははははははは!」
「ふざけないでください! そんな、せ、性欲などのために……我を忘れるなど! 恥を……恥を知りなさい! 恥を……恥を……」
性欲などのために醜い裏切りを、そして悲劇を起こすのかと、絶望したセレスティンの心は深い闇に覆われた。
(お父様……お姉さま……私はどうすれば……)
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