第10話 もらっていくぞ

「ひ、姫様……なにを……レパルトをどうされようと……」


 その時、運よく被害を免れていたレパルトの祖父が重たい体を引きずりながらも、ゆっくりとレパルトの元へと歩み寄っていた。


「お、おおお、レパルト……こんな……こんな姿に……お、おお……息子夫婦を病気で亡くし……よもや……ワシの孫までもがワシよりも早く……」


 祖父はレパルトの元へ辿りついた瞬間、その痛々しいレパルトの姿に大粒の涙を流した。

 その傷が、もうレパルトが助からないということを理解してしまったからだ。


「うっう、あれだけ立派に、勇敢に戦うも……このバカタレ……これでは、褒めたくても褒められんではないか……」


 手をレパルトの頬に添える。徐々に顔から生気が無くなっていく孫の姿に、祖父は何もすることができなかった。

 だが、そんな中で、


「……わらわの腕もなんとか治ったか……」


 常人よりも早い治癒力で、折れた骨やズタズタになった皮膚が回復したのを確認し、ブリシェールは信じられない行動をした。


「時間が無い。もらっていくぞ」

「へっ? ちょ、ひ、姫様ァッ?」


 ブリシェールは、なんとレパルトを抱きかかえた。

 ヴァンパイアの皇女が素手で奴隷に手を触れるということ事態が、絶対にありえぬこと。

 ましてや、抱きかかえる等、天地が引っくり返っても起こるはずの無いことが現実に起こった。

 ちなみに、このブリシェールのレパルトを抱っこした事件は後に「逆お姫様抱っこ」と未来に語られることになる。


「老人。ここまで傷ついては、治癒魔法程度ではこの童は助からん。しかし、この童を助ける方法が一つだけある」

「……な、なんと! レパルトが……孫が……助かるのですか?」

「そうだ。ただし、この童には、人間を捨ててもらうがな」


 人間を捨てる? その言葉の意味が祖父や人間たちには理解できなかったが、ブリシェールは続ける。


「わらわの国でも遥か昔から禁忌とされたものであるが……ヴァンパイアの王族は、人間を眷属にすることにより、その者をわらわと同じ不老不死にすることができる。どのみち、セレスを救うためには、この童のスキルが必要だ。ゆえに、この童をもらい、わらわの所有物として今後扱う」


 説明されても、正直誰もピンと来なかった。

 ただし、祖父には一つだけ唯一分かったことがある。


「……孫は……助かるが……もう、ワシと同じ時を歩めぬと……」


 不老不死。現在、七百歳でありながら、十代から二十代前半の人間の女のような容姿であるブリシェールと同じような存在になる。そのことだけは祖父は理解した。

 だが、そこで迷っている時間も無かった。


「……孫が……ジジイであるワシよりも先に死なないのであれば! どうか……孫を!」


 孫を救って欲しい。その気持ち以外に優先するものはないと、祖父は苦渋の思いで頭を下げたのだった。

 だが、ブリシェールにとっては、祖父が反対しようがしなかろうが、どの道すでに何をするのか決めていたので、お願いされるまでもなかった。


「よし、ならば、こやつの吸血鬼化と眷属としての契約は移動しながら行う。奴隷を抱きかかえて走るというのは正直気が引けるが、我が眷属を主として介抱すると考えれば、耐えてやろう」


 そう言って、ブリシェールは口元から鋭い犬歯を光らせた。

 その尖った歯をどうする気か? するとブリシェールは、その歯でレパルトの首に噛み付いた。


「あ、がああっ、あっ、ぐがああああ!」


 その瞬間、意識を失っていたはずのレパルトの体が大きく跳ね上がり、突如発狂したように叫び出した。

 その様子にゾッと顔を青ざめさせる人間たち。


「姫様……ま、孫は!」

「今、この童の肉体の変異が始まっておる。必要な通過儀礼じゃ。数時間すれば落ち着き、一旦正常な意識を取り戻す」

「……で、では、これで孫は助かると?」

「いや、これだけでは助からぬ。肉体が変異し、意識が一旦正常に戻っても、その間に主と主従の契約儀式を行わねば、こやつの意識は死に、ただの亡者となる」


 そう言って、ブリシェールは腕の中でジタバタするレパルトを抱きかかえたまま、オーク兵たちの通った道を睨む。


「このままわらわは追いかける。こやつの意識が戻り次第、主従儀式を行う。それでこやつは助かる」


 とりあえず、これでレパルトは一応助かるのだと安堵する祖父。

 だが一方で気になることがあった。


「ひ、姫様、ち、ちなみに、主従の儀式とはどのような……?」


 通過儀礼でこれだけ苦しんでいるのに、儀式になるとどのようなことが?

 その問いに、ブリシェールはクールに返した。


「うむ、実はわらわも経験はないが……禁忌であったし、その作業の細かい内容については、わらわが八百歳になる頃に詳しく教えると母上に言われていたが……まあ、侍女たちから色々と教わったので、なんとかなるであろう」


 と、いきなり不安になるようなことを言うものなので、一度は安堵した祖父もすぐに顔を青ざめさせた。

 だが、そんなことに構ってられないと、ブリシェールはレパルトを抱きかかえたまま走り出した。


「ではのう! 先ほども言ったように、地上への報告は頼んだぞ!」

「ひ、姫様、お待ちを! 孫は、孫を一体! どんな儀式を……ッ!」


 背後に孫を想う祖父の叫びだけが響き、ブリシェールは後ろを振り返らず走りながら一言……



「とりあえず……『えっちっち』という儀式をせねばならん! ではな!」



 唖然とする地下世界の人間たちを置き、ブリシェールは暗闇の奥へと消えていった。

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