第28話 広場の報復

 戦いは終わり、頭を潰されたオークの兵隊たちは意外と脆いものであった。

 ヴァンパイアの姫姉妹に姫騎士エルサリアが解放され、更に士気と怒りを最高潮にさせた民たちが農具などを用いてオークたちに立ち向かった結果、砦を蹂躙していたオークたちは一人残らず拿捕されていた。

 ミルフィ国における戦いは終わった。民たちの地獄のような時間は終わった。

 しかし、この国における本当の阿鼻叫喚ともいうべき残虐な出来事は、むしろ戦が終わってから始まったのかもしれない。


「このやろう、このブタ共が! 醜いオーク共を全員八つ裂きにしろ!」

「ジワジワ殺してやる! 俺の娘はテメエらに……クソォ!」

「うわあああ、殺してやる! シネシネシネエ!」


 武器も鎧も全て剥ぎ取られ、その体を全員身動きが取れないように縄で縛りあげられたオークたちは、全員一列に並べられて、因果応報の制裁を与えられていた。

 大勢から石を投げられたり、包丁や短剣で指や手足を切り刻み、腹を裂いて臓腑をまき散らし、民の女たちを犯した汚らわしいものを斬り落としたりなど、一切の容赦がなかった。

 単純に首を斬って殺すなど生ぬるいとばかり、誰もが狂気と復讐に満ちた表情でジワジワとオークたちを、いたぶっていた。


「ぐわ、ぐ、か、勘弁……し、ぶばお!」

「ひいいい、や、やめろお! 俺は、そんなにヤッてねえ! 一回だけ! 一回だけだ! な、な? 見逃し、ぎゃああああ!」

「頼む、俺には帰りを待つ家族が居るんだよォ! もう二度としねえから!」


 捕らえ、投降し、武器を捨てたならばそれは捕虜として取り扱い、本来であればその人権を最低限保証するものである。

 捕虜や侵略した都市への行き過ぎた蹂躙行為は禁じられている。

 特にそのようなことが全世界で共通の条約として結ばれているわけではないが、各国各種族も軍律ではそのように定められている。

 しかし、世界各地で行われている戦争で、その全てを遵守しろというのは無理な話である。結局は、軍を率いる将たちが相手に情けをかけるかどうかの裁量に任せられている。

 本来であれば、ブリシェールも投降した兵には最低限の節度は持っていたであろう。

 しかし、今回は、オークたちから始めたことである。

 ましてや、アルテリア覇王国、地下世界、そしてミルフィ国と散々好き勝手に蹂躙と凌辱行為を行ってきたものたちに、情けを掛けることはなかった。

 仮に情けを掛けようとしても、そんなことを民たちが納得するはずもなく、腹の虫も収まらないであろう。

 ゆえに、ブリシェールは広場で行われる民たちのオークたちへの報復を冷酷な目で見守るだけで、一切口出ししようとしなかった。


「お姉さま……良いのでしょうか?」


 唯一、この状況に躊躇いを感じているのは、ブリシェールの妹であるセレスティンであった。


「復讐や報復……確かにそれは、傷ついた心に決着をつけるためにも必要かもしれません。しかし……あまり度が過ぎる報復は……今後のその人の人生や人格に影響を与えるかもしれません……」


 セレスティンが思うのは、オークたちへの同情ではなく、このままではこの残酷な行いを長時間続けてしまえば民たちの心も壊れてしまうのではという心配であった。

 しかし、ブリシェールは冷たい目をしたまま、一切、口出ししなかった。

 

「ごほっ、ごほっ……ブリシェール姫……セレスティン姫……ご無礼を承知で、少々よろしいでしょうか?」


 その時、広場での残虐行為を見守っていたブリシェールたちの下に一人の老人が頭を下げて現れた。

 老いのために枯れ枝のように細い体と、明らかに何かの病を患っていると思われる弱々しい姿。

 その老人を見て、ブリシェールたちはハッとした。


「お前は確か……ミルフィ国の商会を取り仕切っていた……サンモーニン・イサアオ……だったな」

「はは! 覚えて戴いて光栄にございます……今、姫様の下へ参ったのは……我が愚息についてにございます」


 頭を下げて膝をつく老人、サンモーニンがそう言うと、その後ろから彼の家の執事と思われる男たちが、一人のボロボロになった男を縄で縛って連れて来た。


「ひゃう、が、い、いたいよお、はやく手当するんだよお!」


 イベリ千人隊長の手によって、手足や全身の骨が粉砕され、自力で歩くことも出来ぬほど痛々しい姿を曝して連れてこられたのは、サンモーニンの息子であるハモリトであった。

 

「……姫様……この度のことですが……全ては愚息……そしてその行動を管理できなかった私めに責任があります」

「……ああ……エルサリアから聞いておる」

「今さら息子の処刑を反対する気などありませんし、私めも責任を取ってこの命を差し出します。しかし……それでも……せめて血を分けた父として……こやつの処刑は、せめて首を一思いに―――――」


 最早これだけの悲劇をもたらしたのは、ハモリトが裏切り、砦の門を開けるように工作したことにある。

 ましてや、国の姫であるエルサリアを辱めようとまでした。

 万死に値する罪故に、サンモーニンは息子の死刑を回避するために嘆願しようなどとは思っていなかった。

 だが、世の中には一思いに処刑されることよりも地獄がある。それが、今のオークたちが味わっている、絶命するまでジワジワとなぶられることである。

 せめて、サンモーニンはそれだけは何とか回避できないかと最後の親心を出そうとしたが……


「ならん。そ奴が己の罪を自覚し、後悔するまで切り刻む」

「ッ!?」


 その場にいた者たちの背筋が凍り付きそうになるほど冷酷に言い放ったブリシェールに、サンモーニンは言葉を発することはできなかった。



「おい、そこの者たち。そこのクズをオークたちと並べて、民たちに好きにするように伝えよ」


「は……しょ、承知致しました」


「……サンモーニン……確かに、あのバカ息子を管理できなかった貴様にも罪はあるが、今の破壊されているこの国を立て直すにはお前の力が必要であろう。だから、今はまだ死ぬな」


「姫様……」


「国を立て直すために尽力することで息子の罪を贖い、そしてちゃんと後継を決めよ。貴様も……死んで楽が出来ると思うな?」


「承知……致しました……」


 

 結局、サンモーニンの願いはアッサリ却下され、ハモリトはブリシェールの指示で民たちの手に委ねられる。


「ちょ、い、いたいのになにするのお! 僕を誰だと思ってるのお? 怒ってるの? 門を開けたのは確かに僕だけどお、その後酷いことしたのはオークたちでしょお? 僕だって裏切られたよお? エルサリア姫とだって、結局、ハメハメできなかったのにい!」


 そして、ブリシェールが望む、ハモリトに「罪を自覚し後悔させる」ということだけは最後まで叶わなかった。


「あいつ! ハモリト! あいつは……あいつは仕事の面接とかいって、私を……無理やり……今回もあいつの所為? ふざけんな! 殺してやる!」

「私の妹はあいつに玩具にされたんだ! 許さない、許さないッ!」


 元々民たちから慕われていなかったハモリトに対して、同じ人間であり、同じ国の一員ということで情けをかけられたりすることなどなかった。

 

「ぎゃあああ、ぼ、僕のゆびがああ! い、いたあいいい、耳が? なんでええ! き、君は僕がこのまえかわいがってあげたのにい、い、いぎゃがああああ!」


 オークたちと同様、今回だけでなくこれまでハモリトとの因縁があった民たちからはその全ても含めて凄惨な処刑が行われた。

 一思いに首を刎ねるどころか、その悲鳴は絶命するまで延々と続いていた。

 そんな息子の最後を、見届けようと、父のサンモーニンは何度も目を逸らしそうになるも、せめて見続けた。


「お姉さま……」

「セレス、もうしばらく続きそうだ。お前も少し休んだらどうだ?」

「……いえ……それならむしろ、お姉さまの方が……私たちを助けてくださるためにずっと大変でしたでしょう?」


 ブリシェールはそんな光景をずっと冷酷無比な態度で眺めているが、心の中では……


(童……ウヌは言ったな……わらわのことを綺麗だと……)


 切ない思いがこみ上げてきたブリシェール。彼女はレパルトに言われた言葉を思い出していた。


―――俺、小さい頃に初めて姫様をこの目に見たときのことを今でも覚えています。俺たちみたいな汚い奴らに比べて、比べられないほど綺麗で真っ白い肌で、キラキラと輝いているのに、微笑んでくださった時は一瞬で心が温かくなって


 その言葉に思わず照れてしまったが、ブリシェールは今の自分を見て思う。


(童よ。これが本当のわらわだ。この非人道的で冷酷な行いも平然とする……わらわが綺麗? そんなことはないぞ、童よ。あの地下世界で、泥まみれになりながらも懸命に今日一日を生きるために汗を流し、友や家族と笑顔で語らい、催し物の時には拳を使って互いに万の言葉以上のことを語り合うウヌの方が……わらわからすれば、眩いほど綺麗だ……)


 今の醜い自分を見たら、レパルトはどう思うだろうか? 


(それでもウヌは、わらわを綺麗だと言ってくれるだろうか?) 


 不意に、そんなことがブリシェールの頭に過った……


 

 一方そのころ、レパルトとエルサリアは……

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