第2話『俺の帰路には、危険がたくさん』

 愕然としたあの地獄を過ぎて、俺は机に頬杖をついて授業を受けていた。……授業と言っても初日なので、面倒な委員会決めなどといった内容であるが。

 歯をギリギリと食いしばりながら、その地獄がただ終わるのを待つ。


 俺は先程、……ギャンブルに負けた。

 隣の席に座る美少女に友達になって、とお願いするのは流石に俺にはハードルが高かったのだろう。


 いや、唐突だったからか。

 初対面だし、な。

 まだ分からない、もしかすると進展があるかもしれないだろう?


「ちくしょ……」


 それにしても、どうしようか。

 友達が出来なければ、この高校三年間。きっと、想像を絶する苦痛になるだろう。ぼっちでその三年を過ごす自分の姿は、余裕で目に浮かぶのだが。

 ……それを体験するのは、なんて名前の地獄だ。


 どうしようか。その問いに答えが浮かばないまま、いつの間にか学校が終わっていた。気が付けば、ショートホームルームが終わっていて……窓から街を眺めると、それは全て斜陽に染まっている。

 周りの生徒はみな帰り始めていた。


 或間街という地方中枢都市の西側の丘に位置するのがこの高校『月の宮高等学校』だ。丘の上に建っている為、窓からは街を一望出来る。


 かなり綺麗と言えば綺麗な景色。


 人工物のキラキラに染まった、ある意味……人間味のある景色だ。もしかすると、この景色を絵にすれば売れるかもしれない。


「……帰るか」


 そそくさと鞄に教科書を詰め込んで、帰り支度を終える。

 そして、そのまま廊下へと出て……昇降口へと直帰だ。

 この学校の校舎は四階建てであり、一年生の教室は四階にある。なので、下校するには階段を降りなくちゃいけないので……かなりの体力を消費する。


 いちいち教室に行くのでも疲れるのだ。

 欠陥的構造とも言っていい。

 行くのに疲れる場所は先輩共に使わせればいいのだと愚痴をこぼしながら、俺は階段をそそくさ降りていった。


 その途中。

 俺と同じ新入生らしき生徒の会話が聞こえてきた。


「或間駅の駅ビルに新しく出来たパン屋さん、美味しいらしいよー」

「えー⁉ 本当に⁉ 今度、行ってみようかな」

「メロンパンが絶品なんだって! それと、そのメロンパンを食べるとなんでか知らないけど恋愛成就れんあいじょうじゅするんだって!」

「ほえええええええ⁉」


 そんな何気ない女子高生の会話。

 俺はそんな何気ない会話に、耳をピクリと動かして、しゃんと聞いていた。……ほお、食べると恋愛成就するメロンパンか。

 気になるな。


 単なる好奇心だったのだが、その思いは意外に強く。

 家に直帰するつもりだったのだが、気が付けば俺は或間駅の駅ビルに最近出来た、先程の噂にもなっている『パン屋さん』に行ってしまっていた。


 ◇◇◇


「毎度ありがとうございましたー」


 自動ドアが開くと同時に、俺は店からレジ袋を持って後にした。

 勿論、レジ袋の中身は……噂のメロンパンである。まぁ、ただあの二人の会話から盗み聞きしただけなので……恋愛成就するとか、そんな確証はない。


 証拠もないし、ソースも曖昧だ。

 だが、そんなのはどうでもいい。


「どこで食べるか」


 なにせ、俺はメロンパンが大好物なのだから。

 恋愛成就とか、そんなのは二の次であり……今日ここに出向いたのはただメロンパンが食べたくなった、ただそんな突発的な衝動に駆られただけの事である。


 駅ビルを出て、駅前にあるちょっとした公園のベンチに座った。

 そういえば駅ビルの方で、アイドルらしき少女が歌ったり踊ったりしていて滅茶苦茶興味惹かれた。


 んま、どうでも良いいですよねそんな話。


 ……もうすぐで日が暮れる。

 はやく食べて帰らないとなと思いつつ。

 両親は海外赴任中であり、俺は一人暮らしだから別に良いかと思いつつ。


 複雑な心境の中、俺は買ってきたレジ袋の中身を取り出した。

 そこには、もう一回透明な袋に包まれたメロンパンがある。


 旨そうだ。こう見ているだけでもふわふわと甘い香りが俺の鼻をくすぐる。


「熱いうちに食べなきゃ─────な」

「なぁ……こっち、こいよ」


 俺が袋から取り出したメロンパンを口にしようとした時に、そんなザ・ナンパ的なチンピラの声が聞こえてきた。

 っち、んだよもう……せっかく人が美味しい食べ物を食べようとしていたのに。


 声の聞こえてきた方へ顔を向け、かなり大きく舌打ちをする。

 ちょっとばかし、いや……かなり俺はイラついている。なんて思っていると─────ふと、気が付く。


 距離にして三十メートル程先か。

 駅前の店と店の間。路地裏に入り込む男女の姿。

 勿論、さっきのナンパ野郎の声はその男のモノだろう。


 されど、そんな事はどうでもよかった。俺は目を見開いて「は?」と呟く。

 そのナンパ野郎共に絡まれていたのは、ポニーテールで黒髪、そして俺と同じ制服姿の少女だ。


 ……紛れもなく、逢瀬雫の姿。


 俺の隣の席に鎮座する魔王であり、一瞬にして俺の青春をぶち壊した女だった。


「何してんだ、アイツ」


 その現場を遠くから傍観しながら不意にこぼれる疑問。

 ……だけど、俺には関係ない。

 アイツは俺の友達でもないし、俺の青春を邪魔した─────そう、敵だ。構う必要はない。構ったって時間の無駄だ。

 あんな悪魔みたいな女は、どうにかなっちまえばいい。


 アレは他人事だ。


 俺には関係ない。

 ……俺には、関係ない。

 あいつがどうなろうと、俺には全く関係ない。


 事なかれ主義であり、平和主義者である氷室政明(オレ)には関係ない。縁が遠い話だというのに。


 それなのに、気が付けば立ち上がっていた。

 ─────拳には力を込めている。


 ……ダメだ。


「友達候補のアイツを、見捨てるワケには……いかない、よな」

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