第10話『俺の教師は、職権乱用を繰り返す②』

 職員室。

 三野は自身の席に座り、立ったままにされる俺を一瞥する。


「で、何の用なんですか」

「いや急に先日な。檸檬から電話が来てだな」

「ちょ。俺のね、……。姉貴すか……」

「ああ、そして私の旧友だ」


 檸檬れもん。……氷室ひむろ檸檬れもん

 担任である三野から発せられた人物名。

 それは間違いなく、俺の姉の名前だった。


 そして、この三野響の元クラスメイト。同級生という関係であって。


「姉貴は何を話したんすか」

「……ま、そりゃあ決まってるだろ」

「は?」


 三野がパチンと指を鳴らし、口をそそくさと動かす。

 厭な予感が身を捻る。


「アイツが所属していた部活についての話だ」

「……そりゃあ、なんて部活ですか、ねぇ」

「む。知らんふりをするか」

「あはは。冗談っすよ、冗談。……創作部ですよね」

「ああ」


 ふと記憶が蘇ってきた。ああ、昔姉さんがそんな事を言っていたことがあったかもしれないな。……『創作部は楽しい所なんだぜ! ぐっと!』みたいな。

 その時は本当に興味がなかったから、流し聞きしていたけど。普段は忘れているのにこういう時になると、唐突にそういう台詞を思い出してしまった人間のさがを恨む。


「それで、先日アイツが私に言ってきた内容なんだが……それは」

「そ、それは……」

「氷室政明を創作部に入部させろ。とかいうモノだった」

「はぁ⁉」


 驚愕して、職員室にも関わらず柄にもなく大声を上げた。一瞬にして先生達の視線が俺に集まる。

 だから萎縮して、その場で縮こまった。


 彼女。三野のコチラを見る視線は変わらない。


「そりゃ一体全体、どういう意味なんですか」

「悪いが、これに関しての私の意図は分からない」

「……まじか」


 口という蛇口が枯れる。

 果たして、本当にアイツはどういう意図でそんな事を言ってきたんだ。……というか、もし言うにしても直接俺に電話すれば良かったじゃないのか?


「でもなんで、わざわざ面倒にも先生を介してそんな事を伝えるんです?」

「そりゃ、お前に直接伝えた所で従わなからだろう。お前は面倒にも、ちょこまかと動くタイプだからな。それに関しては、私でも熟知している」

「……いや、そりゃ否定しないですが」


 どうやら、俺の今までの行いが悪いからそうなっているらしい。

 確かに俺は自分が悪くても、屁理屈だけで誤魔化してきた経歴があるっちゃある。……それを鑑みると、逢瀬に対しては結構ちゃんと真面目に謝っていたりしているだろう俺は。


 多分、俺だって変化しているのだ。

 昔の屁理屈ばかり言っていた俺とは違う筈である。


「それで、自分に拒否権はあるですかね?」

「ない」

「おっふ……」


 まずい。吐きそうだ。

 きっぱりと言い切られた現実に対して、暴言を漏らしてしまいそうである。……くそう、俺の人権はどこに行った。


「でも、幾ら自分でも流石に正当な理由がないと入りたくないですよ。第一、俺は創作とか全くもって知らないですし」

「そうだな。言うなれば、お前の求めてる青春があるだろう」

「俺の求めてる青春?」


 ……なんだそりゃ。

 そりゃあ、あれか? ライトノベルとかみたいにハーレム生活を謳歌出来るっていうのか? ないしは、部活とかで熱くなって、卒業時には涙で溢れるとか?

 青春の定義が、あまり良く分からない。

 というか俺に、そういうモノへの興味は薄いしな。


 ああ、うん。


 青春なんて、くだらない妄想、妄言は飽き飽きしている。

 ……青臭い空気なんて、俺には似合わない。


「ああ、そうだ」

「でもそれじゃ、納得出来ないです」

「…………じゃあ、一つだけ教えてやる」

「?」


 俺がその程度で納得しているのを承知済み、予想していたかの様に否定を流して三野は事務椅子をぐぐと回して立ち上がり、答えた。


「お前が創作部に入らなければ、貴様は退学になる。というコトをな」

「ぎょええ⁉ ちょ、それ……職権乱用では⁉」

「残念だったな。これは事実だ。氷室。お前は確か……塾とかには通ってなかったよな?」

「え? あ、ああ。そうですけど」

「ふっ」

 おい、ちょっと待て。なんだそりゃ。


 すると彼女は奇妙に笑って。

 コチラへととと、と近づく。

 心臓の鼓動が止まない。


「残念ながら我が月の宮高等学校の校則には……塾や習い事をやっていない生徒以外は帰宅部への所属は原則認めていないんだよ。言わば、帰宅部は例外的な部活だからな。いや、あれは部活じゃない」

「先生。帰宅部の生徒に謝って下さい」

「……くく」


 それにしても、そういう校則がこの学校にあったとは不覚だ。俺は帰宅部に入る気満々だったのに……。

 塾も習い事もしていない自身を呪いそうである。

 ちくしょう。


 俺がその校則の例外になれるワケもない。

 それこそ正当な理由なんてない。

『陰キャ過ぎるので帰宅部にさせて下さい』なんて私情モリモリの意見が通るワケもない。


「……どうだ? さっさと諦めたらどうだ、氷室」

「ぐ、ぐぬぬ。俺は最後まで抵抗しますよ」

「…………そうか、退学を望むか」


 現実は、非情に冷酷だ。


「はぁ。分かった、分かりましたよ。取り敢えず……創作部に入れば良いんでしょう?」

「気に入った様で、何よりだ」


 随分と荒い方法だったけどな!

 コイツ、本当によく先生になれたなと思う。

 昔姉と共に遊んだ時と変わらない横暴っぷりには、感服してしまいそうだ。


 ◇◇◇


 遂に放課後になった。

 通常ならば月曜から新入生も部活に入るスケジュールなのだが、何故か俺は入学早々、金曜日きょうから部活に行かなければいけない事になったらしい。

 今朝、三野からそう伝えられた。


 廊下に蔓延る窓からは、夕陽が覗いている。

 俺は夕陽が嫌いだ。あの紅の光を見ると、憂鬱になるからだ。……この現実を充実している人間からすれば、ロマンスだとかそんな雰囲気になるのかもしれない。

 だが、俺がそんな境遇にいる筈がない。


 ぼっち。その一言で全て片付くつまらない人間『氷室政明』にとって、夕陽というのはただのテンションダウン要因に過ぎないのだ。

 頭が痛くなってくる気もしなくもない。


 あーくそ。ため息ばかり生まれてくるぞ。


「失礼します」


 創作部の部室は、今現在使われていない校舎二階にある第二視聴覚室である。目的地に着いた俺は立ち止まり、目の前の扉をノックしてゆっくりと開いた。

 部室は広い。部屋の奥には、モニターが設置してある。


「おうおう、逢瀬ちゃん。それは違うぜ、これはこう、こう!」

「え、えぇ……? 意味が分からない」

「えーー、こうやるんだよ。こう! ─────って、」


 その時。必然的に部室の中にいた人物と目が合う。

 ……遠山風吹と、そしてもう一人。逢瀬雫。


「……なっ、なんで貴方がここにいるの⁉」

「そりゃ、こっちのセリフだ逢瀬。お前は柔道部に入るんじゃなかったのか?」

「き、気分が変わったのよ!」

「そうか」


 変に叫んでくる彼女しずくを流し聞きする。

 隣には奇異の眼でコチラを見つめる先輩の姿があった。


「あれ、氷室君? もしかして創作部に入る気になったの⁉」

「うーん、まぁ……自分の意志とは言い難いが事実だけを見ればそう、ですね。ああ、うん。創作部に入る事になりました。これからよろしくお願いします、先輩」

 ぺこりと一礼。


 ……まあ半ば強制だったけどな。

 自分が意欲的に思ったワケではない。というか百パーセント強制な気もしなくもないぞ。俺は校則に囚われた被害者だ。


「そうだねぇ、取り敢えずココに座ってもらっていい?」

「え、あ、ああ……はい。分かりました」


 俺は先輩に指定された席に座る。

 視聴覚室には五つの椅子があり、長テーブルを囲う様に設置されていた。そして俺の席は……またしても、雫の隣だった。


 座ってから、もぞもぞする彼女の方を向いて言う。


「……俺は非科学的なモノは信じていないが、こりゃ運命だな」

「断じて否定するわ! また貴方と一緒だなんて……ぐぅ」

「酷い言いようだな」


 彼女の口から溢れる言葉は、いつも俺をぐさりと急所を的確に刺してくる。痛い、ああ痛い。……なんでそんな事言われなくちゃいけないんだ。

 ツンデレと思っていたが、どうやら本当にツンしかないらしい。


 そんなの、ただの恐怖じゃないか。


「っはぁ……最悪だわ。もう入部届出しちゃったし」

「今からでも退部届を出せばいいじゃないか」

「ええ、そうね。じゃあそうしようかしら」

「おい待て、冗談だ」


 彼女は蛇の様に鋭い目つきでコチラを睨む。

 どうやらコイツには冗談が通じないらしい。……くそ、やりづらいな。会話が途切れて、気まずい空気が流れた。


 ─────これだから、俺は部活が嫌いなんだ。


 いや、コミュニケーション一般と言ってもいい。

 人と話すのは苦手だ。昔からそうだった。……なにせ、いつ誰と話しても何か裏があるんじゃないかと自然に「疑心暗鬼」に追い込まれていたからである。

 コイツは俺の事を褒めてくれるが、それはただ表面上の事にしか過ぎないのではないだろうか?

 なんて悩む事だって多々あった。


 俺が今現在ぼっちなのは、決して会話が成り立たたなくて友達が出来なかったワケじゃない。

 ただ、俺が無性に友達になってくれようとした彼らを疑っていただけだ。

 どこか、それらとは距離を置いていたのだ。


 それは未だ治っていない。


 ……自分が馬鹿だとは自覚している。だけど、疑心暗鬼を前に出す癖は未だに治っていないんだ。そればかしは仕方がないと割り切り、俺はボッチでもいいのだと今現在まで思っていた。

 でも、それじゃダメだと今更気がつき、せめて踏み出した最近。



 ─────人生の分岐点。



 前に話をしたかもしれない。

 それが今なのかもしれない。

 人生の転機。ターニングポイントとは、気が付かない内に通り過ぎる事象なのだから。自分で掴むしかない。


「分からない、な」


 ……果たして、この部活に入ったのは正解だったのだろうか? あ、俺に選択肢なんてなかったわ。

 あの教師のコトを思い出して、拳を握った。


 その後、部室の端にあるテーブルに三野響が伏せて寝ている姿を見つけて驚いたのはまた別の話である。


 どうやら彼女が、この部活の顧問らしい。


 ……ああ、オワタ。


 因みに逢瀬雫。彼女がここにいた理由は、元々入部予定だった『柔道部』が定員オーバーで入部出来ず途方に暮れていた所を先輩に無理やり引き入れられたそうだ。

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