第11話『多分、俺の求めている青春は此処には無い』
時刻にして午後四時三十分。
「えー、では……一年生を交えた今年度初の部活動を開始するぞー!」
睡眠から醒めた三野がゴホンと咳払いした後に、そう宣言した。
俺は不本意ながら真面目に指定された席に座り、顧問の話を聞くことに専念しようとする。
先生は変にハイテンションだが。
特に驚くことはない。
「おい、そこの男! ちゃんと聞くが良いのだっ!」
「へいへい。先生、ちゃんと俺は聞いてますよ」
「ふんふふーん、冗談である」
……俺は呆然としながら、興奮に身を寄せる顧問を見つめた。
三野響。この女教師は普段クールな姿を見せているが、付き合っている歴が長い人間には本性を見せる。……それが、この姿。
下手な女子高校よりハイテンションなその姿からは、幼児の心を想起する事すら容易だ。
確かあんた、もう二十代後半だったよな?
その言葉は禁句なので
「じゃあ早く話を進めて下さいよ、先生」
「おうよ!」
その会話の周り。
前に座る先輩は、彼女の裏側の側面を知っているのか特に驚いている様子はない。しかし、俺の隣に座る逢瀬雫は口をぽかんと開いて絶句していた。
担任としての彼女のイメージとは、随分かけ離れているからだろう。
目の当たりにしたのが常人なら、当然の反応だ。
目をらんらんと輝かせて、指でグットを作り、
「そうだな。創作部って名前なんだし、最初は何かを創作するってのを手始めにやってみよう!」
先生はそれだけを告げた。
そして自分の役目は終わったと言うかの様に、また椅子に座り目を瞑る。
おい、それでも顧問かよ。
ちょっと文句を言ってやりたい。
それにしても……創作部の始まりの活動は、創作か。
……ふむ?
「そ、創作か。想像力が必要だな」
「ええ、そうね。ま、最も貴方みたいな常時変態的妄想をしてるであろう男どもには楽なコトだろうけどね」
「そんな事ねぇし!」
顔が引き
そそそ、そんな事ないですし……変態的思考とか、したことないししししし。……俺は紳士だからな。
「創作って言っても、良く分からないな」
「そうだな、氷室。まずはお前の好きなシーンとかを文に起こしたり、または好きに絵を描いたりするんだよ」
「は、はぁ」
目の前に仁王立ちする女教師はそう簡単に語るが……。
先述した通り、創作にはかなりの想像力が必要だ。
しかし変態的なコトを思考した事がほぼない紳士男子高校生な俺は、残念ながら想像力に乏しい。
つまるところ、そんな中創作を行うなんてほぼ不可能なのだ。
「うーん、難しいな……」
眼前の何もない机に宿る木目を凝視した後に、部室から覗ける窓の外を一瞥する。外の景色には、グラウンドが広がっていて絶賛サッカー部などが部活動中の様子だ。
「あのねー、氷室くん? そんなに難しく考えなくても良いんだよ? もう……ずばばッ、ばばばーーーッ!!! って決めちゃって全然オッケーだから」
「その擬音語じゃ全くもって理解出来ないんですが」
先輩も先輩でアドバイスをご教授くださったが、あまり理解出来ない。どうやら、使用言語が日本語ではないらしい。
「そうだねぇ。簡単に言えば、難しく考えなくても良いんだよ! ってこと。うんうん。まずは自分の考えた果物の絵を描くとか! そうだねぇ。食べたら体がゴムみたいになるやつとか?」
「どっかの海賊じゃないですか。全然オリジナルじゃないですよそれ」
「ぶぅ。……細かい事は気にしないの!」
やはり俺は難しく考え過ぎているだけなのだろうか?
ボディーランゲージで体をずばばと軽快なステップを踏み鳴らしながら説明する先輩は、お気楽そうである。
確かに……これはただの部活動だ。そこまで気を重くする必要はない。
「難しい事は気にしない。っすか」
はてさて、どうしようかな。
ゆっくりと悩む俺とは違い隣にいる暴言厨は、もう早速作業に取り掛かっているらしい。……鞄からノートパソコンを取り出して、ワープロを開いていた。
先輩も彼女の方が気になったのか、パソコンの画面を覗く。
「おおー、逢瀬ちゃんはタイピングが速いんだね!」
「ま、まぁ……はい。父からちょこっとだけ教わっていたので」
「へー。逢瀬ちゃんのお父さんは、情報関連の仕事なの?」
「いえ、……そういうワケではないですが」
俺は彼女と先輩の会話を傍観しながら、思わず笑いそうになってしまった。くははは……なんだコイツは。俺のことを陰キャ陰キャ言ってる割には、コイツだって陰キャみたいな返しをしているじゃないか。
「なに?」
「ひっ、ななな……なんでもありません」
その視線を即座に読み取ったのか、彼女はコチラを強い視線で睨んできた。萎縮してしまう。
仕方がないので、ただぼうとこれからを考えてみる。
創作活動か。
今まで、そんな事に全く縁がなかった俺からすれば想像もつかない活動である。まず何をすればいいのだろうか。
やはり、さっき先輩が伝授してくれたように簡単に絵でも描いてみようか?
でもなんかそれは、柄じゃない。
……積み重ねれるモノが良いのだ。
…………積み重ねられるモノと言えば何がある?
言い換えれば、努力を積み重ねる事で実を結ぶモノと言っても良いだろう。例をあげれば、スポーツとかになってしまうが。
なんとなくちゃんと記録に残るモノがいい。
そう言ったら、やはり絵を描くのが一番理にかなっているという話になってしまけれども俺はそんなの好きじゃないのだ。
第一、俺は好きでこの部活に入ったワケじゃない。
この横暴女教師、三野響に無理やり入部させられたのだから。
……そうだな。
どうしようか。
「……日記」
そんな時だった。ぽつり、と自然にアイデアがこぼれた。
そう、日記。毎日自身が体験した出来事や感想などを文字に起こしたノート。または毎日綴(つづ)るエッセイ。または随筆的な。
それぞれ詳しい意味は違うが、そんな事はこの際どうでもいい。
電撃が走るような一瞬。
俺は立ち上がって叫んだ。
「こーー、これだ!」
「……なに急に、叫ばないで?」
「何か思う浮かんだの、氷室くん!」
部室に織りなされた大声が交錯する。
同時に、その煩さに促されたのか顧問が意識を覚醒させた。
「む。な、何事……だ?」
「先生。俺のまず一歩目の創作活動を決めましたよ」
「お、おお」
「それは……毎日の出来事などを自分の主観で書き残す。そう、日記を書くんですよ」
「日記?」
先生の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
「そう、日記です。……人が人生を謳歌しているのは、つまるところ自分の人生という物語を創作しているんですよ! つ、ま、り……毎日俺が日記を書いて自分の高校生活という物語を綴れば、それは立派な創作活動でしょう?」
「うーーん。まぁ、そうだな……別に私は否定したワケじゃないし。そんな勢いよく言わなくても良いんだが」
「あ、すいません……」
まずい。勢い余ってしまった。
まだ眠気が付きまとっているのか、三野先生からの返答もかなり穏やかなものだった。俺は一瞬硬直して、すぐに謝罪する。
まぁ、なんやかんやあって。
氷室政明。ぼっちな俺の初めて行う部活動の内容が決定した。
『自分の
そんな青臭くて、つまらなくて、多分地獄絵図みたいにしかならないであろう、そんなモノを毎日書くのだ、この俺は。
……後になって思う。面倒くさい事をしてしまったなと。
というワケで、俺の陰キャ高校生活黒歴史を、カタチとして残すことになった。
最悪だ、本当に。いやまじで。
◇◇◇
帰宅した。
本来の帰宅部な予定ならば、もっと早く家に帰れている筈なのに。……外を覗けば、空はもう既に群青色に染まっていた。
あーくそ、久しぶりに色々行動したから凄く疲れている。
「どうしようかなあ」
でも今日はこれから仕事がある。
そう、先程自分で決断してしまったその部活動の内容。あの後覚醒しきった三野響に「どうせやるんら、今日からだな! 後に回したら、お前はやらなくなるだろ?」とか言ってきたのだ。
まじでふざけんなって話だが、一応彼女は先生であり顧問という立場なので文句は言えなかった。彼女の事だ、文句を言ったら何か理由づけて生徒指導室に呼ばれるに決まっている。
だから仕方がない。
取り敢えず、俺は机に座り。
帰路のコンビニで買ってきた新品の日記帳を開いた。
ついでに買った新品のシャーペンを持つ。
いつも古物ばかり使っていたので、この際だし全部取り替えて気分転換を図ろうというわけ。
……俺はシャーペンを握りしめ、日記帳初めてのページに黒歴史を描いた。
◇◇◇
『この世に蔓延る創作論は、創作を行う作者の数だけ存在する。
そこに貴賤はない。それが現日本における表現の自由という人間に点在する特権を活かした一つの到達点、又は結論だ。赦された権利は誰もが行使出来る凶器であり、または防衛機能の一つである。
つまるところ、創作論は様々あり。人生を生きるという創作を行う上で、何を最もとするかは人それぞれなワケだ。ただ呆然と生きてきたモノも入れば、その物語で自分が活躍しようと文を綴る者もいる。
俺は因みに前者の方。今まで何も行動を起こさず生きてきた…………クズ野郎だ。だから、俺はここで変えようと思う。自分の甘ったれた人生を。腐りきった根性を。俺は、俺が望んだ青春を謳歌したい。
だが現実は残酷だ。
きっと”俺の求めている青春”は、此処には無い。
……でも無いと嘆く暇があるのだとすれば、自分で創作(つく)ってしまえばいいのではないだろうか?
というコトで、俺『氷室政明』は創作部に入部した。
創作部・氷室政明』
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