第27話『緋色坂は熱血教師であり、感覚的だ』

「うーん。流石に眠いな……うぐ」


 あるマンションの一室。

 自分が借りている部屋で、オレはただ緋色坂から借りたパソコンと睨めっこしていた。あの後。緋色坂からは配信者のスタッフが何をすればいいのか『その精神』をひたすら教え込まれた。


 加えて、パソコンの動画編集ソフトの扱い方や、今動画配信サイトでブームらしい切り抜き? なるモノの作り方や、そのコツなどを伝授してもらったのだ。

 まるでその演説は宗教の様で、あやうく洗脳される所だったと危機感を抱きつつ……だが。


 うぐ、嫌な思い出だ。


 やはり彼女の言葉は間違えっていなかった。


 緋色坂は確かに感覚で物事を教えるタイプであったし、かなりの熱血教師でガツガツ来る。それに耐えきれなかった逢瀬は「も、門限がーきたから、悪いわね。先に帰るわ」なんて緋色坂宅から颯爽と言って消えてしまったし。


「アイツ、俺が緋色坂を襲わないように監視するっつってたのに。なんで早く帰ってんだよ」


 まぁ、流石に我慢の限界だったのだろう。

 帰る直前、黒髪ポニーテールの美貌を持つ美少女『逢瀬雫』……アイツの顔は青ざめていたしな。


 鬱になっちゃうよ。これじゃあ。

 そんな与太話は置いておいて、俺は意識を画面に戻す。


 そう。俺は緋色坂に宿題を貰ったのだ。


 彼女から借りたパソコンに入っていた動画ファイルを開くと、そこには彼女が配信していた時であろう実況が映っていて。そこから、自分が面白いと思った部分を切り取って単体の短い動画を作らなければいけないらしい。


 それが、オレに与えられた宿題だ。


「まじ難題過ぎるよな、ネットで調べれば良いって話だが……そんな簡単にいくものだろうか」

 ゲームといった得意なモノは感覚で理解していたし、ネットでそういう事を調べる経験とかオレには無い。


 だから、少なくとも徹夜は覚悟しておいた方が良いだろう。


 ……さて。

 言い訳はこの程度にしておいて、作業を再開しよう。

 俺は慣れないキーボードを操作して、更に慣れない動画編集ソフトをいじり始めた。


 ◇◇◇


「朝、か」


 何気ないいつもの朝。

 それは、ノーだ。視界に広がるのはおぼついた景色。寝不足から来ている疲労は容赦なく俺を襲い、身体全体を刺激する。

 長時間椅子に座っていたせいか、妙に腰が痛い。


 結局、徹夜してしまったワケだが……。


 ゆっくりと深呼吸して、取り敢えず立ち上がった。


 幸い、今日は土曜日。

 今から寝ても何ら問題ないのだ。

 だがこの程度でネを吐くとは、やっぱり体がなまっているのだろう。


 毎朝、ランニングぐらいはしないとな。創作部、文化部だからと油断してはならない。身体能力が高くて損はないし、現実は唐突に意味の分からない事象が襲ってくる事もあるのだ。それを鑑みると身体能力向上の為に運動を行うとは、確かに理にかなっている。


 それでもオレは運動を拒否したいぐらい運動が嫌いだ。

 まずそもそも運動が好きなら、創作部なんて部活に入ってない。最初から帰宅部になろうとか考えるはずがないだろ。


 つまり、オレは運動が嫌いでインドア派な陰キャというコト。

 悲しきかな、それは不変的な事実だ。


 気休めに携帯をいじろうとするが、そういえばオレのソレは壊れているのだった。……くそう。携帯をいじれないというのは、やはりかなり俺にとって都合が悪い。

 まぁ都合が良い場合もあるが、それは極少数のケースに限る。局所的に考えなければ、早めに携帯を新しく買うのが吉だろう。


 仕方がない。

 ただの高校生である俺にとっては、かなり痛い出費だが。

 こればかりは我慢するしかない。


「さて、じゃあ。そうと決まれば……早速買いにでも行くか」


 決まれば、行動が早いのが氷室政明という人間の性格だ。

 俺は取り敢えず歯磨きだけを行い、適当に着替えて財布を持つ。準備完了。そう心の中で唱えて、自分の靴を履いて外に出た。


 ◇◇◇


「らっしゃいませー」


 よくある店員のテンプレートな声が聞こえる中、家電量販店に足を踏み入れる。ピカピカに光る照明に、キラキラに輝く白い床。

 そして、そこら中に置かれている展示用の電化製品。


 慣れない光景にキョドりつつ、俺は少々カッコつけた歩き方で店内を闊歩かっぽし始めた。

 ここは或間町で有名な家電量販店である。或間町の住民が家電を買いに行くと言ったら、大体がここに収束するだろう。


 それにしても家電量販店に来るなんて久しぶりだ。

 最後に来たのは、いつの話だろうか。

 考えても思い出せない。でもそういう事は、最後に来たのは随分と前の話なのだろうな。


 推測して、更に考える。


 今まで使っていた携帯も、家にある家電や家具も。

 思えばうちの姉貴である氷室ひむろ檸檬れもんが用意してくれたモノだ。自分はその調達についていってないし、勝手に買ってきてくれたワケだから……ここ数年は此処に来ていない。


 それだけは、十二分に分かった。

 なるほど。それと同時に、どれだけ自分が外に出てモノを買わないのか理解出来た気がする。


 そんな事を考えていると、

「きゃっ」

「あ、すいません」

 人とぶつかってしまった。


 反射的に頭を軽く下げて、謝罪。

 されど。


「ん、……って、逢瀬かよ」

「かよって何? かよって……。逢瀬雫ですが、どうかした?」

「い、いや。なんでもない」


 顔を上げて気が付いたが、そこに佇んでいたのは私服姿の逢瀬雫だった。あまりに穏便な雰囲気過ぎて気付かなかったぞ。


「逢瀬はどうして此処に?」

「さぁ。貴方に教える必要はないわ」

「む。そうかもしれんが……同じ部活の仲ってコトで、教えてくれないすかね」

「ダメよ」


 トホホ。

 これ以上話しても彼女の返答は変わらないだろうから、俺は試しに逢瀬雫が手に持っているモノを覗いてみた。

 彼女が手に握っているのは、香水。


 ぎょ。


「逢瀬が香水か。もしかして、彼氏でも出来たのか? ……いや、出来るワケないかっ!」

「本当に失礼ね、貴方って人間は。まぁ彼氏が出来たワケじゃないけれど。というか、彼氏とか。そんな面倒な関係、私は絶対に作らないわ」

「そうか。悲しいな、恋愛が出来ないヤツってのは」

「いい加減本当に殺すわよ? そうね、貴方が好きそうな昇○拳でもやっとく?」

「ちょ、ごめんて。それは冗談抜きで死ぬやつだ」


 ……彼女は例えプライベートな時でもこんなトゲトゲな感じで、それは学校生活での逢瀬となんら変わりない。まじか。と思いつつ彼女からの攻撃を阻止しようと言い訳ならぬ許しを乞うておいた。


「全く、貴方は本当に大概ね。……で人に聞いておいたからに、聞き返される覚悟はあるんでしょうね?」

「え?」

「氷室クンは何しに来たの」

「いや、何しにって言われてもな」


 別に後ろめたい事があるわけでもないのだし、俺は正直に彼女へ伝える。


「雨で携帯が沈没して壊れちまったから。新しいヤツを買おうと思ってな」

「……」


 だが予想外。

 彼女が黙り込んでしまった。

 ああ、そういえば……雨に濡れたのは鬱気味だった彼女に手を差し伸べていたからだったっけか。


 前言撤回。ソレは絶妙に言いにくい事だったと訂正しよう。


「あ。気にしてる様なら言っておくが。これは別に嫌味でもなんでもない。ただ普通にオレの配慮が足りず口が滑っただけだからな」

「……ごめん」

「えーと、だな。お前が謝る必要はない」


 そうは言うものの、彼女は酷いぐらいに真面目だ。こういう細かい事も気にかけてしまうのだろう。その重さで潰れなければ良いのだが、そういタイプな彼女はちょっと自身で破滅してしまいそうだから時折不安になる。


 地雷系、って程ではないが。

 心配になる性格をしている逢瀬雫。


「ほら、気を抜け。気を。お前はいちいち重く考えすぎなんだよ。そんな考えても良いことなんてないぞ? 楽に生きろって」

「……う、うん。そうなんだけれど、流石に罪悪感がね」

「だから気にするなって。オレは別にお前を恨んじゃいないし。というか今恨んでる相手は緋色坂だ」


 彼女の肩を掴み、瞳を合わせた。


「緋色坂を恨んでるの?」

「まぁな。いや別に本気で、ではないけど。……ぐぬ、オレに自力でパソコンをいじれとか死んでくれって言ってるようなもんだってのに。アイツはやはり紛れもない鬼野郎だ」

「へぇ、私が帰った後。大変だったのね……貴方の表情がその時の地獄を物語ってるわ」


 つまるところ、そういう事だな。

 徹夜でやったってのに……実はまだ、緋色坂から渡された宿題は終わってすらいない。というか、俺に出来るのだろうか。

 あんな高等技術を操るなんて。


 神業高度アルティメット・技術者マジシャンですか?

 ──否。


 それは『全て遠き理〇郷』に過ぎない。

 違う違う、間違えた。


 高度な技術を操る人間というのは、また別の呼び名で『才能を持った人間が努力した行く末』……とオレは考えている。


 そうなのだ。高度な技術を操れる人は、一見天才に見えるかもしれないが……絶対に相応の努力をしているのがこの世界だ。案外才能を持つ人間でも、その真髄を発揮する為にはかなりの努力がこのクソ世界。


 才能を持つ人間が努力しなきゃダメな世界だってのに、凡人はどうすればようと愚痴を吐きつつ例外を想像する。

 そう、この理論に当てはまらない生物こそが『天才』と言われる人種。


 天才というのは、努力というモノを知らない人間だ。

 もし天才で努力しているヤツがいるとするならば、ソイツは真の天才ではない。


 ……あくまで歪みに歪んだ持論だが、少なくともオレはそう思っている。

 因みに俺は凡人側だからな。相応の技術を得るには、相応の努力が必要なのだ。でもその努力をするやる気が起きない。


 学校において例を挙げれば、課題とか。テスト勉強とかだろうか?

 アレもやる気が出ないだろう。そう、コレだってそれと同じ現象だ。


「ま、そういうワケだから。オレはここに来たってコトだ」

「そうなんだっ、話は聞かせてもらったよ」

「「え?」」


 その時だった。

 逢瀬雫と氷室政明の会話に介入する人物が邪魔してきた。

 ピンク色の髪にピンク色の瞳。美少女、それ以外では表せない美少女。


 ソイツの名は『緋色坂なつき』。俺が昨夜にしごくにしごかれた、熱血教師を自称する俺と同じ創作部の生徒あくま兼……配信者である。


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