─遊戯者─

第26話『緋色坂との約束は何だったか』

「氷室クンはさ、今日暇なの?」

「暇……、まぁそうだな。いつでも暇ですよ、オレは」

「じゃあ、一回私の家に来てくれないかなっ!」

「な、なぜ……」


 創作部としての部活動中。部室の窓から見える外の景色を堪能していると、緋色坂がコチラへと近づいてそんな提案をしてきた。女子から家へどう、と誘われるなんて始めてでウキウキ……なんてワケはなく。

 彼女の表情を伺うに、きっとアレだろう。


「もしかして、だが。オレがどうやってスタッフというか、緋色坂のサポートをすればいいか。それを説明してくれるのか?」

「うんっ、そういうこと」


 緋色坂なつき。


 アレというのは俺がコイツを創作部に入部させる代わりに彼女が趣味で行っている配信のスタッフ、裏方になるというモノだ。

 所謂、切り抜きの編集とかをさせられるのだろうか。


 そんな風に予想しつつ、緋色坂と会話する。


「それは有り難い。オレはゲームに関しては詳しいけれど、配信とかパソコン関連には疎いからな」

「へぇ、そうなんだ。意外」

「そんなか?」


 彼女はややオーバーリアクション気味だ。

 そんな驚くだろうか、と思うほど……緋色坂は口を大きく開いて蘭々とした目つきで感想を言う。

 まぁそれもこの世界で上手くやっていく秘訣なのかもしれない。


 オーバーリアクションでも、相手を満足させられればソレは意味があるのだろうし。彼女ほどの美少女が驚いてくれれば、相手は何故か嬉しい気持ちになったりするはずだ。


 もし相手が男なら、って話だけれど。


「スタッフとして、お前の手伝いをするのは約束だし構わないが……、先に言っておく。もしかするとオレはパソコンに関しての話で手こずるかもしれないし、迷惑をかけるかもしれない」

「あ、それに関しては大丈夫。氷室クンは心配しなくても。私がビシビシ熱血指導してあげますから、ってね!」


 そりゃあ、期待しておこう。

 分かりやすい授業だといいのだが。緋色坂は見た感じ、なんとなくで動いている様に見えなくもない。感覚で動いている系の人間ならば相手に自身の感覚を共有するというのは難しい事だろうが。


 取り敢えず、苦労する事は目に見えているな。

 目を細くして、現実逃避してみるが無意味だ。


「……むむ、嫌な予感がする」

「大丈夫、私教えるのは下手だけど。根性だけはあるからっ!」

「悪いな。オレは根性論が嫌いだ」

「えぇ⁉」


 話を繰り返していると、今まで大人しくてしていた逢瀬が横から介入してくる。黒髪ポニーテールの彼女は、いつも通りの凛とした顔でこっちを向く。


「氷室クン、消しゴムが落ちてたわ」

「ん。ああ、すまん……って、拾ってはくれないんだな」

「?」


 それにしても、やはりコイツも変わらない。

 昨夜はあれだけ泣いていたというのにも関わらず、また再び……平常心を保っていつもの彼女であった。呆れそうになりつつ、オレは彼女が指を差した床に手を差し伸べて消しゴムを拾い上げた。


 因みにだが、オレは今何もやっていないのだけれど。

 もし顧問が来た時にちゃんと部活動やっていました、と説明するために実は目の前にある長机に虚偽用の日記と鉛筆などを整えている。


 これだけで言い訳出来るのだから、創作部は良いところだ。

 何故日記が空白なのかと問われても、「思いつかなくて、今何を書こうか迷っていたところです」と言えば済む。


 なんという高揚感か。

 コレは、コミュ障のオレでも完璧に言い訳出来る仕組みだ。


「それと緋色坂さん」

「ん、どうしたの逢瀬……ちゃん?」

「氷室クンを一人で家に招いちゃダメよ。この人はケダモノだから。きっと襲われるわ。……だから監視として私もついていきたいんだけれど、良い?」

「逢瀬ちゃんも来てくれるんなら、賑わうし私的には嬉しいな。だから全然問題ないよ!」

「ありがとう、緋色坂さん」


 逢瀬と緋色坂が会話する。

 そんな景色を遠くで、先輩である遠山吹雪はニマニマしながら気持ち悪い笑みで見つめている姿があり、


「素直じゃないねぇ、逢瀬ちゃんは……っ!」

 なんてからかっていた。


 それに対して、

「そ、そんなんじゃないですから!」

 と慌てる逢瀬の姿もなんだか面白い。


 はぁ。それにしても逢瀬は面白い言い訳を思いついたな。

 なんなんだろうか、オレへの監視って。お前の母親じゃないんだからさ、そんなモノ付けなくても構わないだろう。

 そうは思うが、そんな事を口に出来るワケがない。


「色々と言いたい事があるんだけどな……」

「え、氷室クン。何か言った?」

「どうしたの氷室クンっ!」


 独り言として呟いたつもりが、声が大きかったのだろうか。逢瀬と緋色坂の二人から反応されてしまった。

 少し妙な間が空き、その間に緋色坂は「先輩も家に来ますか?」と聞いていたが、先輩は独りでどっかに消えていってしまう。


「ちょっと私、用事があるから行ってくるわい! がーはっはっはっ!」


 と奇妙にしか思えない奇声を上げながら。


 ちょ……、助けて先輩。



 ◇◇◇



「ここが緋色坂さんの家、か。かなり豪華ね」

「そんな事ないよ?」


 部活動が終わり、オレと逢瀬は緋色坂の家にお邪魔していた。ある程度発展していて比較的大きな駅ビルを持つ或間駅の徒歩一分。そんな贅沢な位置にそびえるタワマンの二十三階に彼女の住居はあった。


 逢瀬にしても、緋色坂にしても、皆さんはさ。少しお金持ち過ぎないだろうか。高校生としてはきっと、かなり上位の豊かさなはずである。


 恐ろしいな。


「流石は駅前のタワマンなだけある。部屋が圧倒的にオシャレだし、緋色坂の努力の賜物と言うべきか……部屋も凄く綺麗だ」


 隣に立つ桃色髪の美少女。

 緋色坂なつきはオレの当然な反応に微笑しつつ、


「お世辞はやめてよねぇ~、汚いよ。私の部屋はっ!」

「全然そんなことない。普通これだけ雑貨があったら、少しぐらいは散らかってるはずだが。此処は雑貨の配置が完璧だ。……流石は配信者というワケか?」

「そういうワケでもないんだけどねぇ……それにしても、氷室クンはお世辞が上手い!」


 緋色坂は自分と逢瀬より一歩前に出て、ささ入ってと入場を促進させた。美少女に家に上がれと言われたら、断る理由はないだろう。

 他人の家に上がるのが慣れてないのか硬直気味な逢瀬の母に対し背中を押して、俺は靴を脱いで部屋に上がる。


「あっ!」

「じゃあ失礼するぞ、緋色坂」


 やはり凄い。

 かなりモダンな雰囲気でオシャレな部屋でありつつ、それぞれの家具や雑貨の配置が素人の俺が見て完璧だと思える構成。そしてそんな構成、配置を更に輝かせる埃一つない行き届いた清潔感。


 これには流石と言わざるを得ないな。

 全くもって文句の付け所が無い、感服だ。


「これは、凄い景色ね」


 部屋に足を踏み込れた逢瀬がまず放った言葉はソレである。……俺もそう思う。最初に俺たちが部屋に入り釘付けになったのは、タワマンの特権ともいえる高層階からの大きな窓で臨む景色だ。


 もうすぐで夜なので夜景とも取れる絶景。


 今までこの町はクソが合う田舎だと思っていたが……これを見ると或間街は一応かなり発展しているんだなと分かってしまう。


「なんというか、これはアレな感じで……良いよな」

「語彙力が死んでるわよ、氷室クン。まぁこの景色には幾ら私でも、目が奪われるけれど」

「おっと、」


 逢瀬とそんな会話を交わすが、肝心の部屋主である緋色坂は遠い目で

「最初は私もそう思うけれど……流石に長い間住んでいると、慣れちゃというか。飽きちゃうけどね」

 なんて事を呟いていた。


 なるほど。

 これはタワマンあるあるなのだろう。

 確かに、ソレはあり得る話だな。


 きっとタワマンに住んでみたいと思っても、コレが理由でやめておこうとした人達もいるはずだ。


「それがタワーマンションに住む弊害、か」

「うん。まぁ設備は充実してるし、別に景色に飽きるぐらいは構わないんだけどね。……ただ家賃が」

「家賃が重いのならば、引っ越せば良いんじゃないか?」

「それも考えたんだけど、面倒くさいなって!」


 金銭的な話ではなく感情的な理由か。

 彼女はニコニコしながらオレの質問に答えてくれていたが、突如。緋色坂は俺を地獄へといざなった。


「さて、じゃあ本題に入ろうか! 私が、ストリーマーのスタッフはどういう心構えをすればいいのか。そして具体的にどんな事をすればいいのか。ちゃんと教えてあげるねっ」


 ……そうして氷室政明の視界が真っ暗になった、とさ。

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