第15話『俺の部員勧誘は曇天模様』

 期限は来週の月曜日まで。

 今日は火曜日。

 創作部の新入部員を探す為に設けられた締切まで、今日を含めて残り七日。


 ◇◇◇


 俺は逢瀬から送られてきたデータの映った携帯を凝視しながら、朝のショートホームルームを迎えていた。

 データとは、誘えば創作部に入ってくれるかもしれない『帰宅部生徒のリスト』である。


「……っつっても、知らねえ名前ばっかだし」


 そりゃそうである。


 なにせまだ学校が始まってから数週間も経ってないし。陽キャならまだしも、コミュニケーション能力が皆無な俺にそんな短期間でクラスメイト全員、学年全員と仲良くなれる力はない。


 知ってる名前と言えば、氏等や木下、逢瀬、そして先輩の遠山だけだ。

 同学年のヤツの名前だなんて、三人しか覚えてないぞ。


 未知数な名前の羅列を見つめながら、大きくため息をついた。


「新入部員の歓迎とか、俺に出来るのか?」

「出来ないかもね」

「……おい、少しは頑張ろうとしている俺へストレートで殴ってくんな」


 隣では、相も変わらず本に目を刺す美少女が座っていた。清楚系な黒髪ポニーテールの容姿からは、想像もつかない罵倒。又はトゲトゲしさである。

 ああ、痛い。痛い。


「ふっ、さぞ頑張れば良いわ」

「あくまでも手伝ってくれる気はないんだな」

「? 私は手伝ったわよ、現に貴方が見ているそのデータは私が昨夜徹夜で集計したのだから」

「っ、まじかよ」


 ……徹夜って。

 確かに、帰ってからの数時間で纏めたにしたはこのデータは上手く纏まりすぎていて、綺麗に仕上がっていた。

 妙だなとは、確か思っていたけれど。まさか徹夜だったとは……。


 開いた口が塞がらない。


「じゃあ、後は俺がやろう」

「あくまでも感謝はないのね」

「……く」

「こういうのは、あれね。貴方たちオタクが言うところの、ブーメランてヤツ?」


 なんか素直に感謝する気になれなかった俺は、地味な羞恥で気張ってしまった。おかげで、先程の自分の失言を掘り返してきやがったのだ。コイツは。

 なんて名前の悪魔だよ、それ。


「はいはい、あざす」


 忘れるな、俺は事なかれ主義だ。


 ここで対抗するなんて愚かな事はしないさ。因みに……あれ、前してなかったっけお前? なんてツッコムは受け付けてないなからな。


「取り敢えず、放課後探してみるか……」


 幸い、逢瀬が頑張ってくれたおかげでこのリストには、帰宅部生徒の名前や、クラス名、何故か趣味まで網羅されている。

 準備はあまりにも万端だった。


 後は俺の気持ちが整えば。

 問題ないだろう。


 ……心臓の鼓動が鳴り止まない。


 久しぶりに知らない人たちとちゃんとしたコミュニケーションを取るから、多分きっと脳が今にもバグりそうなのかもしれない。


 ◇◇◇


「創作部? ごめん、僕は塾とかで忙しいし、別にいいかな……」

「なるほど。……答えてくれて感謝する」

「え? あ、ううん。大丈夫だよ」


 俺は塾へ向かおうと目の前から去っていく青年を見送り。

 ただ呆然と高校の昇降口で座り込んでいた。


 空は夕焼けに染まり、とっくに紅い。


「えー、今ので……五人目だったか」


 今日。早速逢瀬から渡されたデータを元に、創作部に入ってくれそうな帰宅部の連中五人に声を掛けてみたが。全員、全くの手ごたえ無しだった。

 リストに載っている生徒数は全部で十三人。

 つまるところ、希望があるのは後八人程度しかいないってワケなのだ。


 無理だろう。


 一人だからか、ネガティブになり気味にそう思う。

 まぁこの勧誘役が俺みたいな微妙なヤツじゃなくて、逢瀬とか陽キャだったら受け入れたヤツもいただろうな。


 きっと、こんなすんなり断られるのは俺が原因だろう。


「どう、上手く出来てるー?」

「……先輩、すか」

「おうよ。私が来てあげました」


 そう感傷に浸かっていると、闖入者(ちんにゅうしゃ)は唐突に。

 遠山風吹。先輩が俺の視界へと覗き込んできた。そして自分の横に彼女は、よっこらせと言って座り込む。


「で、どうなの実際?」

「……嘲笑いにきたんすか? そりゃ、決まってるじゃないすか。俺なんかが勧誘したところで、誰も入ってくれる気にはならないっていうか」

「ふーーん、私はそうは思わないけどね」

「そりゃ、どういう……」


 美少女はコチラを一瞥し、神妙な顔つきでくすりと頬を緩めた。


「そりゃあ、私は君が「俺なんか」って呼称する程度の人間ではないってことをね?」

「は、はぁ。それはどういう風の吹き回しっすかね。急に先輩が俺の事を褒めるとか、有り得ないですよ。もしかして、顧問に言われてきました?」

「……あ、バレちゃったか」


 てへぺろなんてグーの手を、彼女は自身の頭にぶつけている。

 普通のヤツがやったら殴ってやりたい所だが、彼女はあまりにも可愛いので例外である。


「流石にちょっと強引過ぎたかな?」

「ええ、あまりにも不自然だったすからね」

「……うーん、氷室くんは洞察力が凄いね」

「そんな事ないです。先輩の隠す技術が下手過ぎただけですって」

「ううっ……それ、地味に傷つくやつね」


 彼女はぺこりと謝って、「まぁ仕方がない、ばれてしまったからには即座に撤退!」 と告げてその場から嵐の様に去っていった。

 同時に俺は腰を上げて、走り去る兎に対して叫ぶ。



「先輩、三野先生に伝えておいて下さい。……俺はこの一週間で新入部員を見つけ出せる自信はない、と」

「んー? 聞こえなーい」



 ……取り敢えず、先輩は三野先生の寄越した俺の機嫌取りらしい事は分かった。彼女は健気だ、実に。

 それにしても先輩は、逃げ足が速く一瞬で姿を見失ってしまう。速すぎる。これならば、県の陸上記録会とかで余裕に優勝出来そうだ。


 というか先生、聖職者の癖にそんな狡猾なやり方で俺のやる気を出そうとさせないで下さいよ。


「さってと。これからどうすれば良いかな、オレ……」


 夕日を見上げて、呆然と考え尽くす。

 でも答えは出てこなかった。

 最悪だ。


 ◇◇◇


 まるで色褪せていく様だった。

 集合写真。俺は自室の一角に飾ってあるフォトスタンドを覗き込んで、重くため息を漏らす。


 ……そこには、海外赴任した父と母の姿。

 そして成人済みで、もう遠い所に住んでいる姉の姿があって。

 懐かしみを覚える。


 部屋の灯りは心なしか、不定期に微妙に点滅を繰り返していた。


「新入部員を探す、か」


 単刀直入に言って、無理だろう。心の中である未来は、それだけで。……どうせ残り八人の帰宅部生徒を俺が誘ったとて、どうせ苦笑いされながら断られるのがオチだ。

 俺が誘って成功した事なんて、生涯一度とない。


 ……こういうのを、経験者は語るというのだろう。


 まじぱねぇす氷室政明先輩じぶん

 どうせ俺程度が誘ったとて、ダメだろうにな。卑屈な思いは続く。連鎖し続ける。……俺は一文を日記として描いた後、ベットに寝転がって目を瞑った。




『陽キャになりたい人生でした。はい、対戦ありがとうございました人生さん』

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