第16話『俺は部員勧誘に、少し本気出す』

 水曜日の放課後。

 あれから二日が経過したが、何一つとして進展がない。……というか、今話しかけている生徒がリストに載っている希望の最後であった。


「あの、俺……創作部って部活に入ってるんすけど。今、絶賛部員募集中でして……入る気とかないですか?」

「ない」

「あ、はい。ですよねーぇ」

「あ? 何あんた。陰キャオーラ全開だし、クソキモイんだけど」


 ……だがその生徒は、馬鹿みたいな毒舌っぷり。

 陰キャ絶対殺すウーマンと言わんばかりの鋭い蛇の様な瞳。そのスラっとした体。紛れもなく、ギャルだった。


 くそう。なんで最期の最期の生徒が、こんな地雷臭たっぷりのヤツなんだよ。


 ……でもちょいと睨まれたら、萎縮してしまう。

 そして俺の表情も顔に出ていたのか、更に睨まれた。


「っち、なんなのもう。最悪ナンデスケドー。心外だわ、心外」

「さーせん」

「キモすぎ。まじヤバいって」

「…………」


 さてと、氷室政明落ち着け。我慢だ、我慢。

 ……俺は事なかれ主義だ。ここで反撃したら、自分の主義から随分と逸脱してしまうだろうし。そんな事はしない。

 俺の怒りは、心の奥底に、深みにしまっておいた。


 すると彼女は大きく舌打ちした後に、その場から消えていった。


「災難だ」


 俺は彼女の姿が消えた事を確認した後に、げっそりと呟く。

 それにしても、と思い出す。先程の生徒が最期の希望だったのだと理解し、もう少し粘着しておくべきだったと。そう後悔の念を広げた。


「まじか」


 ただ無感情に風が通り過ぎていく。

 どうやら、終わった様だ。このまま手ぶらで部室に帰ったら、逢瀬はどんな反応するだろうか? 「せっかくリストを作ってやったのに、役立たず……」とでも言うだろうか?


 ああ、アイツのことだしきっと言うだろうな。


「いやいや、まず俺がこんな状態で部室に入れるワケなかろう……」


 そして自分の更なる無力さに気付いて、ちょいと安堵した。

 そうだった。俺はこの状態で部室に入れる程な勇気を持ち合わせている、すげぇ男ではないのだったな。


 俺はやる事がなくなってしまったので仕方なく、一人で屋上にでも向かってみた。


 ◇◇◇


 風が強い。

 春一番だろうか? とにかく、屋上はびゅうびゅうと風が交差し続けて常に肌寒い感覚であった。連鎖する絶対零度。

 ずっとここに滞在していたら、あまりの寒さに指が凍結するかもしれないという恐怖もある。


 屋上に備え付けられているベンチに、俺は座り込んだ。

 そして落下防止用の緑柵の隙間から見えるグランドを見下ろす。


「ふぃ、あー。疲れた疲れた」


 その風のあまりの寒さを前にして、思わず全ての迷いや苦悩が吹き飛んでしまいそうであった。どうせなら、そっちの方が心地いいだろうがな。

 幾分、現実よりはマシだ。


 ああ。……というか思い返してみれば、俺は高校に入学してからこんな事になって。一体全体何をしているんだろうか。


 まぁ、知っていたけどな。

 高校に入ったとて、人間は変わりやしない。

 高校に入ったからとて、急に俺のラブコメが成功するワケがない。

 高校に入ったからとしても、俺の現実の苦悩が消えるワケもないのだ。


 つまるところ、そういう事だ。


 ……現実なんてクソ食らいやがれ。

 そう言ってやりたい。


 人はそうやすやすと変われないのだ。高校に入る時にイメージチェンジ、所謂イメチェンなんて文化があったりするものだが……結局、人間の本質というのはそんな短時間で変わるワケもなく。

 元が「面白くない人間」ならば、高校に入ったとてイメージは「面白くない人間」に落ち着くだろう。


 努力したって、結局変わらいだろうさ。

 俺だって、中学ではなんとか努力をしていたぞ? ……ちゃんとな、自分を変えようと。過去の栄光なんて捨てて、普通を見いだそうとしていたぞ?


 でも、無理だ。


 人間はそうやすやすと変われないのだから。

 俺みたいな陰キャは、いつまで経っても陰キャだろう。

 だからきっと、俺の求めている青春はここにない。


「あー、この現実リアルってまじでクソだな」

「それな。まじワイも思う、それ」

「だろう?」


 ……え? 不意な出来事。

 俺が独り言として零した愚痴に、ある声が反応した。そりゃあ、えっ? ってなるだろう?


「って、……木下。なんでここにいるんだよ」

「いや、気分つーか。……ワイ、パソコン部だからいつも部室にこもりっぱなしだから? 久しぶりに自然の空気吸いたい的な? 感じだお」

「そ、そうか」


 隣に平然と共感しながらベンチに座っていたのは、体育の授業で少し関わりを持ったオタク『前松木下』だ。

 まだコイツのねらー口調には慣れないな……。


 その伊達メガネは実にベリークールなのだが。


「それにしても、氷室氏は何故ここに?」

「俺は……、まぁ面倒な部活動の一環ってやつだよ」

「部活動? 確か氷室氏は創作部だったはずだが。なぜに屋上?」

「いや、別に屋上にいることは関係ないんだけどな─────」


 仕方がないので、俺はコイツに事の発端から、今に至るまでの経緯を話してやる事にした。幸い、時間はあまりにも有り余っていたからな。

 コイツの時間が許す限り、出来るだ話をしてやろうと思ったのだ。


 ◇◇◇


 だがその途中、思いがけない情報を木下が発した。

 それは、俺が逢瀬の作った帰宅部生徒のリスト表をコイツに見せた瞬間である。


「……む、むむぬ?」

「ん、どうした?」


 俺が携帯を見せると、木下はメガネをクイッと上げて考えるような仕草を見せ、悩む。……どういう事だろうか。

 疑問に思う俺だったが、それはすぐに解決する事になる。


「なぁなぁ、氷室氏。この表、ワイの知っている帰宅部の生徒が一人抜けてるんだが」

「なん、だと?」

「名前は緋色坂ひいろざかなつきって言って、帰宅部所属の人でワイの知り合い。ゲームオブフレンド的な?」

「……ゲームオブフレンド?」

「ワイの造語です」


 おい。急に造語をくくりだすな。

 そう言いたいが、今はそれよりも興味のある情報が一つあって。緋色坂なつき? 誰だソイツはと。……俺は静かに木下の両肩を掴んで、問う。


「……まぁ、それは良いが。えーと、なんだっけか。緋色坂なつき? その人も、帰宅部なのか?」

「そうでやす。ワイらと同じ一年、同学年ですよん」

「それが本当なら、まだ希望はあるな」

「……もしかして勧誘するパターン? そのつもりなら。もし良ければ、ワイが協力するで? こぶし……じゃなくて、普通に」


 唐突なその希望増加に、俺は口を開きっぱなしだ。

 協力してくれるのは有り難いが……、俺みたいな陰キャが上手く連携出来るだろうか。いや、するしかない。


「それなら、お願いしたいな」

「まぁ、協力するっっても。ただ彼女をお前と話させる場所を作る事ぐらいしか出来ないけれども。それでもアーユーオケ?」

「ああ、それなら問題ない。……これが最期の希望なんだ、失敗はしない」


 もう一つ希望が生まれたとならば、これはもう見逃すワケにはいかないだろう。

 ……だが今までの経験で俺が勧誘しても、それはあまりにも力不足だという事も分かっていた。


「じゃあそうだなぁ。明日。駅前のメイドカフェ『猫王亭』の中、午後六時でおk?」

「ああ、大丈夫だ」

「うむ、ならばアイツに明日、猫王亭に来るように伝えるだおね」


 あっちはそれぞれで準備を整えようと、すぐさま携帯で連絡を取っていた。……さて。



 俺は無力だ。

 現実はそんなの気にせず、理不尽だ。

 だがそれは随分と理解しているつもりである。


 ……俺が無力だなんて、随分前から分かっていた事なのだから。


 だからこそ。こういう時は躊躇ちゅうちょしないべきだ。

 不本意ながらも、携帯を開き……。



 俺は、逢瀬雫に電話を掛ける。



 手が震える。


 お、俺だって緊張するんだぜ? なにせ、女子に電話を掛けるなんて初めてだし……いや、それ以前にちゃんと電話を自分から掛けた事がないし。

 プルルルル。と無機質な音が響いて数秒。

 数秒後、繋がった。


 息を大きく吐いて、吸って、吐く。動悸が止まらない。でもここで止まっていたら、俺は後で三野先生にどんなペナルティを受けるのか分からないし。

 別に退部とかいうペナルティだったら嬉しいけれど、あの先生の事だ。


 きっとそんな甘い事じゃなくて俺の嫌がるペナルティにするに決まっている。


 だから、ゆっくりと俺は電話を片耳にかざして、彼女に言葉を紡ぐ。

 緋色に染まる空を見上げながら、重く。いや、軽く口を開いた。


「……お前に頼みたい事がある」

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