第17話『俺の部員勧誘は、転に差し掛かる』
木曜日。駅前のメイドカフェ『猫王亭』の一席。
長テーブルを囲う様に置かれた四つの椅子に俺たちは座っていた。そこには俺……氷室政明、そして俺の対面するような席には松前木下と緋色坂なつき。
そして俺の隣には、学校でも隣の住民な……逢瀬雫。
其の四人が、今現在ここに顕現している。
「さて、と。……氷室クンだっけ? 木下から話は聞いてるよ」
「そうか、そりゃ嬉しい」
目の前に座るピンク色の髪の毛をした特徴的な美少女の名は緋色坂なつき。
彼女こそ、俺が創作部に勧誘しようとしている張本人である。……彼女を逃せば、俺たちは顧問にシバかれる事だろう。
額からは水滴がぽつりぽつりと垂れていった。
……くそ、緊張する。
「まぁ一応こっちからも伝えるけれど、俺たちは君を創作部に勧誘する為に今回、ここに来てもらったんだ」
「うん。それで?」
ぐお。その言葉は痛い。
それでって、なんて言えば良いか分からねぇよ。
……陰キャな俺は言葉が詰まる。
「あー、えーとだな……」
でも喋れないワケではないのだし、と声を出そうとする。
だがそこに、瞬間、隣の奴が喋り始めた。
「なつきさん、単刀直入に聞くけれど。貴方はなんで帰宅部に入ってるの?」
「え? まぁ私は色々忙しいからね。うん」
「忙しい、とは? 具体的に……」
「実は私、世間で言うストリーマーというものでして」
「ストリーマー?」
彼女が怪訝そうに、反応する。
……ストリーマー。あれだ、配信者とか呼ばれるインターネット上で動画投稿などを行っていたりライブをしたりしている職業? だろう。
その初耳な事実には、俺も開いた口が塞がらなかった。
確かに今の時代、高校生でストリーマーをやっていても不自然ではないか……。き
それはそれとして。
どうして逢瀬雫がここにいるのかを説明しよう。
今から遡る事、一日前。
◇◇◇
「……お前に頼みたい事がある」
放課後。
俺は逢瀬雫に電話し、ある事を依頼した。
暁に染まる夕暮れ。まさにどこからかアーチャーが飛んできて、『無限の〇製』とか言い出しそうな勢いである。
ああ、なんかあったよな。
そういう景色、オープニングで。
……と、話がずれた。
「なに。急に。気持ち悪いんだけれど」
「おい、これは大事な話なんだから。少しは罵倒を抑えてくれよ」
「……氷室くんからの頼み事で、しかも大事な話? 信じられないわね。唐突なおふざけとか、ドッキリではない?」
「違う。ドッキリじゃないって」
しかし、電話先の逢瀬は聞く耳を持ってくれない。
なんでだよ。何故? ……ああ、もしかして今までの俺の行いが悪かったから? いやいや、そう自虐をしてみるものの。
いうて俺は逢瀬にそんな悪い事をしたなんて一切ないだろう。
だというのに、これほどまで嫌われる理由はなんだ。
……じゃない。
「本当に?」
「いやまじまじ、これガチの話な」
「ふーん。じゃあ特別に毎秒一万円で話だけなら聞いてあげるわ」
「聞いてくれるのか─────って、金摂取するのかよ。というか高けぇ⁉ 詐欺師だろ、あんた」
「ふっ、冗談よ」
電話の奥底から、嘲笑が聞こえてきた。
最悪だ。コイツの生き甲斐は人を馬鹿にするぐらいしかないのだろうか? ああ、そうなんだろうな。クソがっ!
「で、大事な話って?」
「いや、だな。……リストに載っている帰宅部生徒に声を掛けたんだが、ことごとく断られてだな。遂に残り一人になっちまったんだよ」
「ふむ。やはり陰キャは可哀想ね」
「うっせ。というかお前だって、大して変わらないだろ」
ソレに対し、彼女が舌打ちする。
俺と同族扱いされて嫌だったのだろうか?
はは、見事な同族嫌悪だな。
「それでだな、不本意ながら……このままだと、多分次も撃沈するだろう」
「ええ、そうでしょうね。結果は目に見えているわ」
「だから、……お願いしたいんだ。お前に」
「嫌よ」
……まじか。ここまで言っても無理なのか。
流石の強情っぷりには、いくら俺でも感服してしまいそうである。だがしかし、ここで引き下がるワケにはいかない。
─────ならば、やることは一つ。
「じゃあ一つだけ条件を加える」
「条件?」
「ああ、逢瀬は俺のお願いを引き受ける代わりに。いつか一回だけ、俺の事を好きに命令出来る権利をやる……それで、どうだ?」
「…………貴方を好きに出来る権利?」
別に、自分自身に対して価値があるだろ? と言ってやりたいわけではないのだが。こうでもしないと、アイツは動いてくれないだろうと思ったのだ。
「どうだ?」
そして、その提案に彼女は、くくと失笑。
そして。
「じゃあ特別に、その提案を呑んであげるわ。貴方を好きに一回でも遊べるのは、少し価値があるかもしれないからね」
なんと逢瀬雫はその提案を呑んだのだった。
その後、電話越しにガッツポーズしながら俺は彼女に待ち合わせ場所のカフェを教え、事の内容を詳しく説明したというワケである。
…………そして、
◇◇◇
「うーん。ストリーマー……ね、まぁ私も一度ぐらいは聞いた事あるわ」
「ほーん、知ってるんだっ? でさ、私はその活動で忙しいていうか、ね。」
「そう。でも私達は……それを重々承知でお願いしたいの、創作部に入ってくれないかなと」
「─────いやぁ、お誘いは嬉しいけれど。難しいなぁ、私は今、活動で手一杯だし。私に
……俺は逢瀬と緋色坂の会話を無言で聞き続ける。
緋色坂は緋色坂で、バイトや塾というワケではないが……部活動に入れない理由としては充分忙しいっぽいな。きっと学校には家の事情で……とか、金銭面が……みたいな話をして説得したのだろう。
俺ならそうする。そうすると、この状況を保ったままコイツを創作部に引き込むの、はほぼ無理に等しいな。
「裏方がいると、どんなメリットがあるの?」
「え? そうだねぇ。もし私に裏方がいたら、今ブームな切り抜きとかを編集、作ってとお願いするかな。あ、切り抜きってのは私がやってるライブから短く切り出して、それを動画配信サイトに投稿するんだよー。そういうのは手軽に見れるから、需要があるっていうか。新しいファンがつきやすい! で、それを私とは別に違う人が作ってくれれば効率が倍増するというか。楽なんだよね、色々と」
「ふ、それは確かに便利ね」
「でも私には裏方を雇う程のお金は持っていないし、……自分のことで手一杯だから……」
緋色坂は、苦笑いしながら逢瀬を見つめている。
そしてそれを返す様に、逢瀬も緋色坂を見つめていた。
さて、なんとなく話が見えてきた気がするが─────逢瀬はここから、どう動くのだろうか。
「なら、そんな貴方に面白い提案をするわ」
冷たくも暖かくも、彼女はこの空気の中、口を開いた。
……なんだろうか、嫌な予感がする。
「貴方が創作部に入ってさえくれれば、この隣にいる人間を無条件で、好きに使わせてあげるわ。……裏方? スタッフ? まぁ、なんでもいいわ」
「ほ?」
そんな提案に、緋色坂ではなく俺だけが驚いていた。おい、ちょっっっと待ちやがれぇ⁉ なんだその提案は。
あまりにびっくりして、俺は椅子から立ち上がった。
「へぇ、それは確かに面白い提案だねっ」
「どう?」
「……うん。でもね」
その提案に、緋色坂は目を細める。
どうやら熟考している様子。
そして、そこに俺の意見が介入出来る隙は見当たらない。
「お、俺の意見は─────」
「貴方は黙っていて」
しかも、介入しようとすると逢瀬にそう言われる始末だ。眼前にいるストリーマーを名乗る同級生は、自身の髪を手でくるくると弄(いじく)っている。
何か、あるのだろうか。
数秒の静寂。その先に、彼女は口を開いた。
「君……えーと、氷室クン。君が私のライブの手助けをしてくれるという条件なら─────確かに、創作部に入部する価値はあると思う」
「そ、うか……。なら、それを条件に入ってくれるのか?」
まぁ、この際創作部に入ってくれるのならばそれで良い気もしなくもない。だが、彼女は違う様である。
……続ける。彼女は言葉を紡ぐ。
「でも、裏方、スタッフってのも意外と大変な仕事なんだよね。……技術も必要だし。特にゲームの知識は必須かな」
「─────つまり?」
「氷室政明クン。君(きみ)が私のライブの手伝いを出来るぐらいのゲームの技量があるのか。私とビデオゲームで勝負しようよ」
……状況が理解出来ないのだが。
そう言って、無邪気に微笑む。まるでチェスを指すかの手捌きで、髪を弄っていた手を机に置いて。屈託のない笑顔で、微笑んだのだ。
そして空気は動き出す。
まさしく、彼女は俺に対して勝負を挑んできたのだ。
何故俺にやるのか……意味が分からないけれども、仕方がない。やるしかない空気だし、ここで断ったら他に創作部に入ってくれそうなアテもない。
つまり、詰みか。
「……」
「勝負の場は明日が良いかな? あー、それと。そうだねっ。流石に私はゲームが上手いしー? 君の好きなビデオゲームで対戦してあげる。明日までに決めておいてね」
勝手に話が進む。
そして必然的に、この場に居座っていた全ての人間から俺は視線を集めた。思わず冷や汗をかいてしまう。
「っああ、分かったよ。俺がやれば良いんだろ? ああ、やれば良いんだろ⁉」
「お、やる気満々だね」
「まぁな。ああ、やってやろうじゃねぇか⁉」
そして、辛抱たまらんと俺は声を荒げて、そう叫んだ。正直、責任をおった行動をするとか柄でもない。こんな戦いに乗るのにも柄ではない。
……されど、やるしかないのだ。
なにせ、やらなかったら後であの教師(みの)に怒られそうだし?
「おお、じゃあ楽しみにしてるね! 明日の放課後、創作部の部室を待ち合わせ場所にしよかっ!」
そうして、彼女は去っていった。
怒涛の一瞬だ。まるであの先輩の様な嵐に酷く似ている。
◇◇◇
彼女が去ってから、俺たちも現地解散となった。
「なぁなぁ氷室氏、氷室氏。緋色坂っちはマジゲーム強いで? カフェではあんなこと言ってたけどよ、勝てるの?」
「……さぁ、どうだろうな。無理かもしれない」
「えぇ⁉ それなら氷室氏は強気だおね」
夕暮れ。日が沈む中、俺たちは春街道と呼ばれる並木道を歩いていた。隣には松前木下と逢瀬雫が並列している。
両端の木々は不穏にも、逢魔の空気に吹き荒らされて靡いていて音が響く。
「ま、なんとなるだろ。もし負けそうになったら土下座して謝ればいい」
「おおっ、氷室氏はプライドが皆無⁉」
「プライドなんて持っていても、人生の足枷になるだけだろ。あんなのは、いらなと思うけどな。俺は」
「ほう、中々良い意見してますね、氷室氏は」
そんな他愛もない会話を続けながら、俺は並木道を歩き続ける。
「冗談はやめて。……で、勝算はあるの?」
「っいーや、ないね」
そんな最中、逢瀬の低めのトーンが飛んできた。
真面目で、少し怒り気味の声である。
…………まじ? なんで怒ってるんだよ。
「本当に……貴方は愚かね。もしここで負けたら、今までの努力は全て無駄になるのよ?」
「ああ、そうだろうな」
「……貴方、もしかして自爆しにいっているの? ─────そんなの、、……」
「ん?」
「いいや、なんでもないわ」
彼女は何か”自爆”という語句に思うことがあるのか、顔を俯かせてしまった。少々空気が悪い。ま、別にどうでもいいことだ。
……俺には、何も関係ない事だしな。
「ま、負けた所でここは戦場じゃないし、命を取られるってわけじゃないんだ。気楽にやろうぜ、気楽にな」
「……はぁ、貴方のその腐りきった根性には感心するわ」
「俺は事なかれ主義だからな。正直、こういう話に巻き込まれるのはゴメンなもんだが。こんな状況に陥ってしまったなら、これ以上事態が悪化しない様に善処するのは当然のことだろ?」
「まぁ、それはそうかも」
彼女は溜息ばかりを吐いている。
でも実際、俺の根性はこの程度で緊張したりするほど柔なモノではないし。それに。……ああ。緊張も、重く考える必要も。
全くもってないのだ。
────俺はこの児戯で負ける程、弱くはないのだから。
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