第18話『俺の部員勧誘は遂に結へと向かい始める』

 幼い頃、俺は様々なゲームに触れた。

 それはもう数え切れない程の数多。星の数さえも超越する、と言って過言ではないその数のゲームに触れてきた。

 ビデオゲームも、ただのスポーツとしてのゲームも、マイナーに流行っている小さな文化のゲームも、児戯も、様々なモノを。


 その中でも、俺はビデオゲームが大好きだ。

 なにせ、オタクだからな。



 ─────だからこそ、オタクの俺が今回戦いに挑むために用意するゲームは。



 幼き頃に培った記憶を生かして、俺は挑む。

 様々な戦略を知った。滑稽でも、狡猾でも。勝つ為の手段を。……どうやら、それがちとばかし活かされる時が来たらしい。


 俺はいつもの学校用カバンにあるゲームが入ったパッケージと、据え置き型ゲーム機を詰め込んだ。

 対戦相手は緋色坂なつき。彼女に自身の実力を見せる事が出来れば……彼女は創作部に入部するという事になり顧問から殺される事はないだろう。


 だがそれはそれとして……彼女ストリーマーの手伝いをするってのは酷くめんどくさそうであるが。


 第一、俺が彼女と勝負する事になった理由はだな。

 ……緋色坂を創作部に入部する為の条件として、俺を緋色坂がストリーマー活動する時に自由に使っていいという逢瀬の謎の提案からだ。


 紛れもなく、その所為である。


 まぁ、だが。その提案がなかったら彼女は創作部に入る気にはならなかったかもしれないし。文句は言えないだろうな。


 俺はそんな心情の中、何気なく、いつも通り自室を出て学校へと向かい始めた。


 ◇◇◇


 外は紅い。

 まるで血の海だ。


 ……そんな中、放課後。俺は部室の目の前に立っていた。部室の中からは緋色坂や先輩、顧問の声が聞こえてきている。

 どうやら、俺と逢瀬待ちっぽい。


 それにしても、かなり緊張するな。


 手を見てみると、震えている。……流石に責任重大だ。しかしオレは責任をおう行動とか苦手だからな、当然の反応だから驚くことはない。

 頑張って自身の実力を見せよう。静かに、そう意気込む。


 なにせ俺だって普通の男子高校生だが、ゲーマーだ。


 ……自分で言うのはアレだが、どの種類のゲームでもまぁまぁには出来るスキルは持っていると思う。

 大丈夫だ。最悪、勝たなくてもスタッフをやるぐらいの実力はあるんだぞって魅せられれば良いのだから。


 ……あれ、それってムズくね?


「何してるの。入るなら早く入りなさいよ、変態さん?」

「っっ⁉ びっくりした、逢瀬かよ」

「……あのゲームで、本当に勝てるの?」

「ん。どうだろな。ま、いけるだろ。出来なかったら、最悪は土下座だ」

「品性のカケラもないわね」


 入るタイミングを完全に失っていたら、不意に背後から悪魔の声が聞こえてきた。背後を振り返ると、見事な黒髪ポニーテールの美少女がジト目で立っているではないか。


 俺の隣の席に座る悪魔、逢瀬雫だ。


『あのゲーム』。そう、ゲームの内容。

 俺が用意したゲームの内容については、朝の時間に逢瀬には伝えておいた。まぁ戦うのは俺だから、話したところで関係ないがな。


「うっせぇ。……ああ、ったく」


 どうもコイツを見ていると、調子が狂う。

 それにため息も溢れてくる。

 何故だろうか。


 取り敢えず、部室に入ろう。


 そうしないと、いつになっても事は進展しないからな。

 俺は部室の扉を、重く苦しく開いた。


「お、やっほー。待ってたよ!」

 先輩の声が飛翔。


「っ、……どうも」

「よう、待ったぞ氷室」

「はい、分かってますよ」

「と、それと逢瀬もいるな。……さて、全員揃ったか」


 部室に入ると、早速! と言わんばかりに三野(こもん)が話しかけてきた。先生という立場にも拘わらず長机の上に座るという非常識さは相変わらずである。

 ……見渡して、先輩も緋色坂もいる事を確認する。


 うへぇ、人が多いな。

 吐きそうだ。


 部屋の奥に佇む長机には顧問以外に、既に先輩と緋色坂が着席している姿があった。


 どうやら、ソチラは準備満タンらしい。

 ストリーマーの口角が上がっている。

 笑み、だろうか。その表情は。


 俺は机の上に鞄を投げて、緋色坂に長机を挟んで対面するような位置に俺は座る。続いて空いていた隣には逢瀬が座り込んだ。


「なら氷室。やるゲームは用意したんだろうな?」

「……まぁ、ええ。自分の家にあったやつすけどね」

「別に何でもいいさ! 私はどちらが勝つのか、楽しく鑑賞しているだけだからな。あー、賭けたかったなぁ」

「先生。これギャンブルじゃないですよ」


 ……顧問。三野響がそれに苦笑しながら、冗談だよと頭の髪を掻いていた。のほほんとしていて、緊張している俺とは全くもって正反対の状況である。

 くそう! 生徒がデカイプレッシャーを負っているつーのに、気の利いた事一つすら言いやしない、この教師は。



 それでもあんた、教師かよっ!



 そう言ってやりたい。

 教師とは、生徒に教えるのが仕事じゃなかったのか? 現代の日本では、賭け事は半ば犯罪みたいなもんだぞおい。法律に関わるってモンだ。

 まぁ、こっそりとやってる人間なんて沢山いるんだろうけどな。


「さて、氷室くん。私と勝負するゲームは何なのかな?」


 だがその流れを対戦相手はきっぱりと切り裂き、次のステップを踏む。俺も息を呑んで投げた鞄を開き、中の教科書をかきわけてソレを取り出した。

 ……やべ、鞄投げちゃったけど。これって精密機械やん。


 そんな恐怖心と後悔と共に。

 俺は、ゆっくりとその機械とゲームのパッケージを長机に置く。


「俺の用意したゲームは、コレだ」

「おっ、これはレースゲームだね。マルオカート」

「ああ。俺は、こういうビデオゲームが大好物なんだよ。腕にも自信があるぞ? ……四歳児ぐらい相手なら勝てる」

「ん? んまぁ、それは楽しみかも?」


 ふぅ。俺のボケがコケた事はおいておいて。


 そう。俺が用意したゲームの名はマルオカート。


 現代において覇権ともいえる人気度を誇っているコンピューターゲームの開発を行っている日本の会社『ホシノカンパニー』が製造した大人気レースゲームである。

 子供から大人まで、幅広い年齢層に愛されてきていた長い歴史を持つゲーム。


 それが、このマルオカートだ。


「で、どうするの? 一回勝負? それとも三本先取とかにする?」

「……今は放課後。あまり時間がないわけだし一回勝負。ぶっつけ本番で行こう」


 早くゲームがしたいのか、疼きを隠さないゲーマーが提案してくる。俺はもちろん、一回勝負を選んだ。一応俺だってゲームは出来るけどさ、それで生計を立てようとしている人たちに長期戦で勝てるはずがない。



 だから”もしも”が有り得て、そして尚且つソレで勝つことの出来る方法。



 そりゃあ、ぶっつけ本番。一回だけの勝負しかないだろうと思ったのだ。……当たり前だよなぁ⁉


「へぇ、一回だけで良いんだ? そしたら負けたら、即終了だけど?」

「まぁ俺も、これは得意なゲームだからな。負ける自信しかない」

「負ける自信しかないんかいっ!」


 ピンク色の髪をあざとく靡かせながら緋色坂は逢瀬と違って、こういう事にはちゃんとツッコムを入れてくれる。まさしく、俺にとっての女神だ。これがきっと逢瀬に言っていた言葉だったら「そう、じゃあそのまま負けて死になさい」とか「哀れね」とかトゲトゲしく攻撃してくるだろう。


「御託は良いから、早く始めて。時間の無駄よ」

「デスヨネー」


 ほら、ね? ……怖いよ、あんた。

 ─────ま、あざとかったり、ただ俺を求める昔見たカス共とは程遠いからソレは珍しくも、嬉しくも思う要素だが。

 俺は拒絶される方が好きだ。


 だって変に求められた挙句、何かでつまずいたら……アレだろ?

 どうせ揉め事になったりして、面倒くさい事になんだろうさ。


 その結果はとうに目に見えている。

 そして、事なかれ主義の氷室政明オレにとってソレは最も忌避すべき事態であるのだ。つまり、俺は求められるのが嫌いであり拒絶されるのが好きなのだ。


「じゃ、やるか」


 コントローラーは沢山持ってきているから、もしどれかが壊れても予備として使える。準備は汚れるほど万端だ。

 全くもって、問題ない。


 幸いこの部室の本当の存在意味は『視聴覚室』なので、何個もモニターがある。なのでその一個、ちょい大きめのモニターにゲーム機を繋ぎ、コントローラーを接続する。


 緋色坂に一つコントローラーを渡し。

 一回息を吸った後に、ゆっくりと電源ボタンを押した。…………ああ、俺は陰キャなりに頑張って部員勧誘した挙句、ここまで到達したんだ。


 さぁ、さぁ、さあ、やってやろうじゃねぇかああああああ!?!?!?!?!?

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