第19話『俺の部員勧誘は、遂に決着する』

『レッツ、エンジョイ。マルオカート!』


 視聴覚室ぶしつにある大きめのモニターにゲーム機を繋ぎ、起動した。コントローラーの設定は既に済ませてある。

 後は、戦うだけだ。


 見慣れたユーザーインターフェースを操作し、二人プレイを選ぶ。

 それからは自分の使用するキャラクターを選び、車を選び、最後にコースを決める。そして、一コースだけで戦う正真正銘のもう一回がない勝負『ワンターンキル・ザ・ガイ』とかいう物騒なルールを選んだ。


「一回勝負だよね?」

「ああ、そうだが」


 椅子に座り、画面を凝視していると唐突にピンク色の髪を揺らしながら緋色坂たいせんあいてが問うてくる。……気合いの籠った瞳が映り込む。


「じゃあ私、本気でやるからね。手加減とか、なしだからっ!」

「俺も手加減をする気はないからな。泣いても知らんぞ?」

「─────そちらこそ?」


 燃え上がる空気。

 思わず、俺は息をんだ。

 逢瀬や先輩、顧問(みの)は背後で俺たちの行く末を傍観している。…………さてと、やってやろうじゃねぇか。


 対戦相手は十八番がゲームの、ストリーマー。

 それに対して俺は、このレースゲームが少し得意なだけの普遍的な男子高校生。勝ち筋はほぼない。


 されど、この戦いの勘所はそれではない。


 これが三本先取とかだったら、負けるのは必然だろう。だから、俺は、それを理解していたこそ……それを選んだのだ。

 もしも。があり得る一回。という意味で。


 今回のルールは単純だ。

 決まったコースを先に三周した方の勝ち。

 たった、それだけなのだから。


「…………」

「ひゃー、緊張するなー」

「……」


 双方が、ゲーム画面へと視線を合わせる。

 そして数秒後。その映像には、数字が映し出されていた。同時にプログラミングされていたであろう、開始間際の効果音が耳を通過する。


『3……2……1……』


 初速を出す為に適切なタイミングで、前進ボタンを押しておく。こうすることで、始まった瞬間ブースト出来る技があるのだ。

 相手も押している。


 と、横目で相手を観察するのを終えて。

 ごくりと生唾を呑んだ直後。


『スタート』

 と表情が切り替わった。


「よっしゃあ。やったるでぇ⁉」

「あっ、まずい」


 緋色坂が神速の如く、一瞬にしてスタートダッシュを上手に切り出した。俺も同様に出発する。……つもりだった。

 が、最初のボタンを押すタイミングをミスっていたのか。俺はスタートダッシュに失敗し、大きく遅れを取ってしまった。


「ぷぷっ、あれだけ大口叩いておいて……ふふ」


 背後から逢瀬の嘲笑、微笑が聞こえてくる。

 くそ野郎が、仲間だと思っていた彼女はどうやら敵だったらしい。……後で後悔させてやる。


 と、それよりも。今はレース優先だ。


「このままぐんぐんいくよぉっと!」

「ぐ、ぐぬぬ……‼」


 緋色坂は既に独走状態を整えようとしていた。

 このままだと死ぬ。取り返しのつかない事態になるだろう。だが安心しろ、これは子供向けのゲームでもある。

 だから最下位の奴には、強いアイテムが出たりするのだ。


 それは相手を妨害したり、自分が無敵になったり、速くなったりと……色々な種類が存在する。

 俺は最初のアイテムをゲットした。


「ちょ、まじかよ……」


 だがそれは、普通に一位の奴でも出せるアイテムだった。

 加速出来るアイテムだが……これだけでは、広がってしまった差を埋めることは不可能に等しい。

 だが、諦める事を知らない俺はいくぜ……っ!


 相手は爆走だ。

 強い。まさに彗星だ。

 だが、まだいける筈だ。


 俺はこのゲームを知り尽くしている。

 なにせ総プレイ時間が2400時間だからな。裏技も、綺麗なショートカットの仕方も、バグ技も熟知している。

 だから、まだいける。


「それなら、こうだッ!」


 目の前に広がるのは右への急カーブだった。このまま走ったら、確実にコースから脱線して落っこちてしまうだろう。

 されど、俺はそのまま加速アイテムを使用し突進する。


「は?」

「んん、??」


 逢瀬と先輩が疑問の声をあげた。そりゃ当然である。……このゲームを熟知していない人間からすれば、確かに意味不明な行動だ。

 だがな……これはッ!!


 ─────立ち上がる勢いで、渾身の低い声をあげた。


「秘技でも食らいやがれ。一瞬にしてショートカットだッッ!」

「なっ⁉」


 再び逢瀬が嘆く。緋色坂は無言だが、ふと横目で見ると犬歯を露(あらわ)に笑っている姿が目に映った。

 きっと彼女も一介のストリーマーだ。

 この秘技を知っていても、おかしくない。


 まぁ所謂……裏技。悪く言えば、バグ技。

 俺はそれを使ったのだ。


 俺は加速アイテムを使うことで普通ならばいけない落下地点に到達し、そのまま神様によってコースへと引き上げられる。


 普通ならば、落ちる所より少し前に戻されるのだが……この技を使うと、その引き上げられる場所は、通常引き戻される場所より圧倒的に先へ進んだ場所になるのだ。

 それは普通に落下しないで進むよりも、速く到達出来る。


 つまり、ショートカットだ。


「おお、なんか凄いけれど……ちょっとキモくない?」

「そうですね先輩、キモいですよね彼!」

「え?」


 背後にいる部員てきが何故か、俺に罵声を浴びせた。心なしか、いつもより逢瀬の声がハキハキとしていてテンションが高めな気がする。

 気のせいだと思いたいけれど……。


 絶対コイツ、わざとだろ。


 そう考えるとやはりコイツらは敵なのだろうかと、そんな疑問が頭でキランと閃いてくる。やっぱり敵なんだろうか⁉ ……俺は歯を食いしばりながらも、コントローラーを握りしめる。


 まさに神風。突風さえも凌駕する異端の鳥ッ!

 そんな厨二ワードを脳内で巡らせて、思考は冴え渡る。


 このバク技を使ったおかげで、スタートで作ってしまった緋色坂との差もかなり縮まってくれた。……不幸中の幸いだ。

 さっきのバグ技は時々、失敗する事があるからな。


 失敗したら、もう取り返しがつかないので……きっと俺はコントローラーを投げ捨てていた事だろう。


 再びアイテムを回収する。

 緋色坂はいまだ加速アイテムを持っていて、捨てていないが……。俺に関しては、次に出てきたのは相手にぶつけて妨害するタイプのアイテムだった。

 最悪だ。


「ぐ、これはキツイな……」

「さっきのはびっくりしたけれど。これで終わりかなっ」

「諦めないぞ。俺だってゲーマーだからな、得意分野で負けるなんて許されない」

「それを言うなら、私だってそうだけどねぇ」


 正直、ここで加速アイテムが出てくれないと……これ以上、差を縮めるという事は厳しいのだが。されどため息を吐く暇さえも許されない現在。

 オレはただただコントローラーを握りしめて、走り続ける。


「ふぅ……」


 今、俺に出来る事はただ差をこれ以上広げない様に立ち回る事だろう。緋色坂が自爆してくれれば、それは助かるのだが……まぁゲームを主とするストリーマーをやっている彼女がそんなヘマをする可能性は低いだろうし。


 試しに緋色坂が一周する寸前に妨害アイテム『地雷』を投げつけてみるが、当たる気がしない。


 おいおい、どうすりゃ良いってんだ。

 何事もなく彼女が一周し、俺もソレを追って一周を終える。


 後、二周だ。


 果たして、勝てるのだろうか。


 ◇◇◇


 二週目も何事もなく終える。

 手に入ったアイテムは、加速アイテムだったが……バグ技を使おうと加速した瞬間に緋色坂に投げられた妨害アイテムに激突し差は縮まらなかった。

 というか、差が広がっている気がする。


 まずい予感が背筋を通過する。

 冷や汗が止まらない。


「ねぇねぇ、逢瀬ちゃん。これ、負けそうじゃない?」

「ええ、そうですね。……まぁ、もし負けたら後で容赦しませんが」

「おお、逢瀬ちゃん怖いねぇ!!」


 またしても背後から実況なのか、はたまた殺害予告なのか分からない会話が飛んでくる。怖い、怖すぎる。

 …………遂に三周目に突入し、オレは再びアイテムを拾った。


 このアイテム次第で─────。



「……っ、84点。だな」



 現れたアイテムはただ一つ。

 その名は『サッカーボール』である。これは俺が先程投げた『地雷』と違って、投げたらそのまま進んでいくアイテムだ。


 このゲームには追尾式ミサイルとかいう、投げたら相手に当たるまで吹き飛ぶチートアイテムがあるのだが……それを手に入れようとするのは欲深すぎるだろう。


 だから、これでも良い。

 サッカーボールでも充分だ。


「このまま独走さてもらおうかなっ!」

「……簡単にはさせないぞ」


 俺は再びカーブを通る。……落ちないギリギリの所を攻めて、出来るだけ速く、速く進む。誰よりも疾(はや)く駆け抜ける疾風迅雷。

 どこぞの黒いモンスターの様に。

 差が少しだけ縮まり、相手の車が見えた。


 ……見えたッ。心の中で、そう呟く。


 俺はアイテム投擲ボタンに指をかける。丁度、緋色坂の車の背後へと走り込み、狙いを定めた。


 俺のこの手が真っ赤に燃える!

 勝利を掴めと轟き叫ぶ!

 ばあああああああああくねつう。

 ゴッ〇フィンガアアアァアアアアアアアアッ!!!!!

 …………なんてね?


 自身の車から、相手を射貫くようにサッカーボールが放たれる。


「……当たれッ!!! 俺の攻撃ッッ!!!」

「当たらないよっッ!」


 だがそれは虚しく……その一撃は回避された。……終わった。そう思うだろう。だがな、待てよ? 俺にはまだ手が残っている。

 俺は例えどんな姑息な手を使っても、勝とうとす男だ。


 死にやがれ、視界よ。

 俺はコントローラーを右手だけで持って、瞬間的に左手を彼女の視界の方へ向け数回だけ手を振った。


「うわっ、前が見えない!」

「どうだ俺の姑息な魔術。アンデットハンドぉぉぉおお!!」


 緋色坂と俺の声が交差する。

 そして背後では……。


「うわっ、氷室クンせこいね。ゲーマー失格だぁ」

「貴方は元々、ヤバイぐらい変態で……それで尚且つ、狡猾で姑息な人だと思ってはいたけれど。まさかここまでとは─────」

 俺のプレイに引く声が飛んでくる。


 姑息なのは認めるが、なにが変態だ。この野郎。


「おっとっと」


 すぐさま左手を自身のコントローラーに引き戻す。

 ……この圧倒的秘技により、緋色坂は減速してくれた。サッカーボールこそ当たらなかったが、問題はない。

 もう追いつける距離まで俺は詰めていたのだから。


「あっ、追い越される……」


 先輩がぽつりとそう呟いた。

 そう、俺の勝ちだ─────ここで負ける確率、既にほぼゼロパーセントッ!! 勝利を確信しつつ、まだ加速しきれていない彼女の車の真横へと追いつく。


 ……俺の勝ち。


 ……だった筈なのに。


「いいや、まだです先輩。緋色坂さんは、加速アイテムを持っていますから」

「はうっ⁉ 確かに」


 ─────その瞬間。

 俺は素で「あ」と呟いた。本当の誤算。……世界の心理。逆転世界。まるで一瞬にして世界崩壊が宣告されたような一瞬。


 俺はもう加速アイテムは持っていない、されど相手は加速アイテムを持っている。


 つまり、これが意味するのは。

 加速アイテムを使われたら、負ける。ただそれだけのこと。


「まじかよ」

「ふへ。気付いてた政明くん? 私は不測の事態に備えてずっと今まで加速アイテムを保持し続けていたんだよ?」

「そりゃあ、本当の誤算だな……」


 直後。緋色坂は加速した。

 最後のカーブに差し掛かる。このカーブを超えれば、直ぐにゴールである。……俺の負け? なのだろうか。

 ここで負けて、終わるのだろうか。


 違う。


 俺はまだ布石を打っているのだから。

 まだ一手、残っている。


「……私の勝ちだねっ。─────って、えぇ⁉」


 彼女が加速アイテムを連続で使用しカーブを曲がり切った。刹那、彼女はまるで寝起きで目の前にゴキブリがいた時の様なレベルで驚きの声をあげた。

 ……そう、彼女の車の目の前には……俺が一週目に事前に投げておいた『地雷』が用意されていたのだから。


 回避不可能の必殺。

 まさに最強の一手。

 ……王手だ。


 されど。彼女はまだ抗う。


「避けろっぉっ!!」


 彼女は当たる寸前にブレーキを押して、回避に全神経を投入する。正真正銘のゲーマーだ、あの奇襲でも彼女は避けれるのだから─────。

 その操作をすれば避けれるのだろう。通常ならば。


 されど。されど。されど。

 ……その程度では、俺には勝てない。


 ────俺はその先を行く一手を踏んでいる。


 ────俺は勝つ為のルートを誘導している。


 ────俺はこのゲームを徹底的に熟知している。


「えっ!」


 つまるところ、ソレを知っていたのだ。

 彼女は避けれそうに動いていた。だが、彼女はその地雷に当たってしまった。……普通ならば、その動きをしていれば回避出来ただろう地雷。

 何故彼女が、それに当たってしまったのか。


 その理由は単純明快。


 そのコンマ数秒前まで彼女が使用していた加速アイテムのエフェクトと、地雷の描写など、そして俺の車の動き。その全てを…………処理しようとしたゲームが一瞬だけ手こずってしまったのだ。


 そう。所謂『処理落ち』を意図的に引き起こした。

 ─────ただ、それだけのコト。


 それ故に、彼女の車は多少硬直して伝達の反応が少し遅れてしまい……結果的に避けれていない判定になってしまったというワケである。


「おおおおおっ⁉」

「……な、なんか。す、凄い!」

 逢瀬と先輩が叫ぶ。


 ……彼女が地雷を踏んで止まってしまっている間に、俺は最後のゴールを通過した。つまつところ、この勝負は……俺の勝ちに終わった。

 きっと、俺のゲーマーな実力を見せる事は出来ただろう。


「君……凄いね」

「いや、今のはまぐれっすよ。なんか運よく、いい所に地雷が置けたから」

「ほんとほんと。今の地雷は避けれないよーっ!」

「で、……約束の件だが。創作部に入部してくれるだよな?」


 燦爛とした目つきでコチラを見る緋色坂を、コチラも見据える。


「そりゃ勿論! 君の実力は充分凄い事が分かったから! ……あ、でも勝負には負けたけれど。私が創作部に入部する条件として、君を私のライブしている時にスタッフとしてこき使う事は変わらないからね。覚えておいてっ!」

「ああ、勿論。勿論」

「本当に聞こえてるー?」

「聞こえてる」


 こうして、俺の犠牲と……俺の激戦の結果。

 緋色坂なつきは創作部に入部する事になった。


 ああ、それと。


「こ、今回は……頑張ったじゃない。褒めてあげるわ」

 珍しく刺々しい言葉ではなくて、ちゃんと悪魔こと逢瀬は俺の功績を褒めてくれた。あんまりにも珍しいから、いくら俺でも返す言葉を失ってしまったがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る