きっと俺の求めている青春は、此処にも無い。

星乃カナタ

─幕開け─

第1話『俺の青春は楽々と瓦解する』

『この世に蔓延る創作論は、創作を行う作者の数だけ存在する。


 そこに貴賤はない。それが現日本における表現の自由という人間に点在する特権を活かした一つの到達点、又は結論だ。赦された権利は誰もが行使出来る凶器であり、または防衛機能の一つである。

 つまるところ、創作論は様々あり。人生を生きるという創作を行う上で、何を最もとするかは人それぞれなワケだ。ただ呆然と生きてきたモノも入れば、その物語で自分が活躍しようと文を綴る者もいる。


 俺は因みに前者の方。今まで何も行動を起こさず生きてきた…………クズ野郎だ。だから、俺はここで変えようと思う。自分の甘ったれた人生を。腐りきった根性を。俺は、俺が望んだ青春を謳歌したい。


 だが現実は残酷だ。

 きっと俺の求めている青春は、此処には無い。


 創作部・氷室政明』




 貴方にとって、人生の転機とはなんだった?


 俺はそう、君に一つだけ問いたい。

 人生の転機。分岐点。いや、ターニングポイント。それは言葉通りの意味で、自身の自身を大きく左右する選択を迫られた時の事である。

 分かる範囲でいい。


 そうだな、俺の中でのターニングポイントだったと思うところは沢山ある。


 ……生まれたその瞬間、小学校の夏休みに宿題をやるかやらないか、はたまた小学、中学の卒業式に好きだった人に告白していれば?


 または、今までの人生のどこかで告白していれば? ……気になる人に、話しかけていたら? お遊びに誘ったりしていたら?


 高校受験でもっと、頑張っていたら?


 もっと、ポジティブに生きてみていたら?



 ある。



 思いつこうと考えれば考えるほど、そのような懺悔じみた人生の転機らしきところは思い付く。だけどそんなのは既に机上の空論だ。人生の転機、今の人生と別の選択肢を選んだIFルートだ。

 そんな過去の話、いくら考えたって後悔しか残らない。


 え? じゃあ、なんでそんな質問をしたのかって?


 そんなのは、単純。……それは俺が今、再び人生の転機の目の前に立ちふさがっているからである。


 なぁ、分かるだろう?

 オレ達は思考する事の出来る生物だ。

 後悔する事の出来る生物だ。


 後悔は何のためにある? そりゃあ、次に活かす為だろう。


 なんて作家顔負けの小難しさでムダなコトを考えてみたりしてみたが、どうやらこの脳裏は少し……いやかなり虚しいと叫んでいた。


 隣の席に座るポニーテールの黒髪美少女を横目に、俺はそう思考する。


「へくしょん!」

「……汚いわね」


 あまりの羞恥心に、思わずくしゃみが溢れた。


 ◇◇◇




 ……ああ、本当に何事もなく終わった。

 それが、最初の気分だった。


 登校している最中に、道路の角で食パン咥える少女にぶつかる事もなく。

 どこかで、美少女を助ける事もなく。

 どこかで、トラックに引かれる事もなく。

 どこかで、ヒーローになる事もなく。


 平和だった。世界は、平和だった。


 何気なく入学式を終えて、俺は自身に指定された『1-C』に向かう。闊歩する廊下の周りでは、制服姿の様々な男女が和気あいあいと会話を弾ませている。


 ……そんな中、俺はぼっちで歩いていた。


 悲しくはない。だって、今までもそうだったのだから。卑屈だって良い、それで育ってきたのだから。


「はぁ、どこもかしこも……地獄絵図、だ」


 俗に言う陰キャラ。根暗。又は、アニメオタク。

 俺を表現するには、それぐらいの言葉で十分だ。


 そう、俺は……普通の高校に入った、ちょっと根暗で平和主義で、事なかれ主義な高校生一年生である。


 ここは酷く息苦しい。

 ……なにせ、陽キャばかりだ。


 なんでだよ。


 なんで入学初日で、初対面の奴らばっかりなのに、そんな悠長にお前らは喋る事が出来るんだ。目を細めて、気づかれないようにヤツらを観察する。

 その姿から察するに、俺と同じでこの月の宮高等学校の新入生……。


 だが、そいつらはみんな笑顔で何かを語り合っていた。


 なんなのか。おかしい。果たしてアイツらは本当に人間なのか。

 初対面であんな楽しそうに話せるとか、神業に等しい。


 ……いや、初対面とは限らないか。


 俺の知らないだけで、アイツらは中学からの同級生。それどころか、幼馴染だったりするのかもしれない。


「妬ましい、妬ましいな……うぐぐ」


 ぐぬぬ。ダメだ、そんな卑屈になるなオレよ。辺りを一瞥するのを急遽取りやめて、その場で眼を瞑り……息を大きく吸い込んだ。

 そしてその儀式を終えて、再び目を開いた。


 何故か知らないが、周りから妙な視線を感じる。


 ……侮蔑の視線だ。


 やはり、この世界はオレを異端と言っているのかもしれない。居心地が悪かったので、俺は早急に教室へと入ろうと動く。


 嫌な空気。俺が苦手なこの空気感。


 まるで『なぁ、アイツ空気読めなくね?』と呟いて俺の心臓を穿とうとしているかの錯覚。


 くそう。これだから、学校は嫌いなんだ。


 ◇◇◇


 でも、幸運もあった。

 それは俺の席は、なんと窓際に加えて教室の一番端っこだったことである。なんたる幸運か。


 これには、席を指定した学校に感謝するしかあるまい。


 俺は席に座ると同時に、手を合わせて、ただ一つの一礼。

 そんな中、右隣からガタンと椅子が引かれる音が響いた。


「……どうも」

「─────」

「え?」


 それは紛れもない美少女だった。

 健康的な黒髪とその肌。すらっとした体つきに加えて、美しい黒の瞳。その風貌からは、優等生という言葉以外は浮かばない。


 こんな美少女が隣の席に! とラッキーに感じたのだが……。

 予想とは、はちょっと違った。


「……」


 彼女には優等生特有のオーラである『優しい』感じが全くもって、持ち合わせていなかったのだ。清楚系であり、頭脳明晰な雰囲気。だけど、何故かとげとげしい感じがする違和感。


 俺が挨拶しても、コチラをちょいと睨み気味に一瞥するだけで。

 それで終わり。


「ま、まじすか……」

「なに?」

「いや、せっかく隣の席になったんだ。挨拶ぐらいはしようぜ?」

「それはつまり、私に……貴方へ自己紹介をしろと?」


 美しいその姿からは予想もできない威圧感と共に、その女生徒は俺に対して口を開いた。キレているのだろうか。

 キツいヤツだ、コイツは。そんなんじゃ友達なんて出来ないぞと言ってやりたい。



 うん。友達がいない俺に言えた事じゃないかもしれないがな。



「まぁ、そんな感じだけど。だってさ、隣の席なんだし。名前ぐらいは覚えてても損はないんじゃないか、な?」

「そうかしら? 私はそう思わない」

「……。俺の名前は氷室ひむろ政明まさあき。趣味はゲームとか、ゲームだ」

「─────」


 だが、彼女からの自己紹介へんとうはなかった。


 それも仕方がない、か。彼女の意向を無視して、俺が勝手に自己紹介を始めたのだし。横目にその美少女を眺めると、無表情のまま。

 しかし、彼女は一拍おいて。


逢瀬おうせしずく。それが私の名前よ」


 そう、教えてくれた。


 少しは人間の暖かさがある人間の様である。せめて、もう少し性格が丸ければ……みんなにモテモテな逆ハーレム野郎になっていたかもしれない。

 いやいや、これぐらいの美少女ならば……これぐらい尖った性格でも、好きヤツなどはいるだろう。


 ぐぬぬ。


 やはり、この高校に俺の同類はいないのか……ッ!


 唐突だが。

 彼女を見つめながら、思考する。

 苦渋の決断というべきか。


 ─────俺は迷っていたのだ。


 コイツを友達になってくれ。と恥を殺してでも言うべきか否かと。


 俺は小学生、中学生と人生を謳歌してきて友達と呼べる存在は何人かいた。

 でもそれは極小数である。それどころか、相手側からはコチラの事を友達だとは思ってなかったかもしれない。


 そして、俺と同じ中学生卒業生で、この月の宮高等学校に進学したやつは俺以外いない。


 ……つまるところ、友達ゼロ人。

 つまるところ、ぼっち。

 つまるところ、話す相手なし。


 事実を受け止める事も大事であるが、時にその選択は死を招く事もあるだろう。きっとな。……俺だって、そのぼっちなる現実を受け止めたら多分ショック死する。


 自分が幼少期からアニメや、漫画、小説などを通過して憧れてきた青春高校生活が一瞬にして破綻するのだ。


 そんなのは嫌だ。

 あまりにも利己的過ぎる思考回路だが、許せ我が神よ。

 俺はここで友達を作り、破滅ぼっちフラグを回避して、憧れの高校生青春生活を謳歌する。


 絶対に。


「そうか、逢瀬か。なるほどな」

「……なに?」

「いや、だなーーーー」


 だからこそ、これが第一歩となる。

 ……もしこれが成功したら、きっと、俺の人生の機転となるだろう。


 さぁ、勇気を出せ。我が熱き魂……‼ 固唾をの飲み、既に視線を自身の机に移している彼女の方へ体を向けて。


 全力で土下座しながら、言った。


「……突然だけど、お願いします。俺の友達になってくれ!!!!」


 空気が凍った気がするが、無視。

 動悸どうきが激しく加速する、眩暈がする、これほどまでに緊張したことは……人生で一度もなかった気がする。


 でも、勇気を出した行動も、やってしまえば意外とあっさりな味だ。


 顔を上げて、再び彼女を視た。

 ─────雫の表情は。



「ふん、陰キャが哀れね」



 まるで見世物を見るような、嘲笑だった。

 ……同時に、俺の憧れていた青春生活は終わらないのだろうなと身をもって理解する。ごめんなさいね、陰キャで!!!

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