第33話『体育祭の準備が始まる』
「さて、今日はそろそろ迫ってきた体育祭の実行委員について決めるぞー」
月曜日。いつも通りの高校生活。
『1ーC』の教室には三野響の声が響き渡っていた。今日から直近に迫ってきている体育祭について考えるらしい。
頬杖をつきながらオレは嘆息を漏らした。
……疲れた。いや、それどころではない。
それにしても体育祭、か。
「逢瀬は体育祭とか、頑張るタイプか?」
「いいえ。そんなの頑張ったって無駄でしょう? 運動なんて頑張ったところで、凡人の域を出ない私にとっては社会人になった時ソレは何の役にも立たないわ」
「相変わらず拗らせてんな、お前」
隣の席に座る逢瀬からは、まぁ予想通りの回答が返ってきた。なるほだ、やはりそうだろう。
コイツは運動好き、なんてタイプには全く見えないからな。
「そうは言っても、オレもそう思う側だけれど……」
もとより体育祭などには興味がない。
体育祭なんてただ生徒が運動をして格差を付けるだけの、所謂──見世物に過ぎないだろう。
そんなモノに参加するなど、言語道断。
無理だ。
「俺も出来れば参加したくないんだがな」
「じゃあ休めば良いんじゃないの?」
「いや、出来ればそうするだろう。というか滅茶苦茶そうしたい。でも、もしかすると出来ないかもしれない」
「どういう事?」
さぁな。果たしてどういう事だろうか。
逢瀬は小首を傾げ、思考を巡らせている姿を見せるがどうやら答えには辿り着けなかった様で小言を喉から鳴らしている。
「そんなのは、オレにも分からない」
「自分でも、自分が考えている事が理解出来ないの?」
「端的に言えば、だが」
俺の考えている事はきっと普通からは何もかもかけ離れ、乖離しているのだろう。だが目の前のコイツは、そんな事知る由もない。
いや、知られてはいけないのだ。
厳かに目を瞑り、思い出すのは土曜の夜。その時の出来事。
オレの先輩である遠山風吹。
彼女を"自殺"に追い込めと。
──そんな提案をしてきた少女の姿を思い出す。
ソイツの名は逢瀬卯月。目の前にいる美少女、逢瀬雫の実の妹である。
彼女はオレが思っていた以上に狂っていた。
少し面白いが、流石にその感情を表に出したら色々と不味いだろう。
「……」
勿論、オレはその提案をーー受け入れた。とは言っても半分受け入れて、半分拒否したという形だが。そう、分かりやすく言うなれば条件付きで……受け入れた、というコトである。
その条件は単純で、『逢瀬宅へ入る事の許可』。
ただ、それだけ。
正直、まだ卯月の思惑は分かっていないので下手に動きたくないのだ。ボイスレコーダーを持ち出されている可能性もあるしな。
勿論、オレは常時ボイスレコーダーは持ち合わせているからあの会話は全て録音しているが……それが優位に立つ要因となるかはまだ不確定な要素過ぎる。
「さて、どうしたものか」
溜息ばかりの世界の中に、聞こえてくるのは別生徒の声だ。どうやら声の主は、今しがた体育祭の実行委員を引き受けた
「みんな、こっち見てくれー! 今回の体育祭、一年生としての実行委員として僕……天谷と柴山君が選ばれた。これから頑張ってくから、よろしく!」
「よろしく頼む」
爽やか系男子、天谷。
渋めダンディな男子、柴山。
この二人は、『1-C』を代表する圧倒的な陽キャであり、イケメンであり、モテモテな男子二人組だ。
俺の性格とは全くもって離れかけている、反対の存在。
憧れはしないが、尊敬の気持ちはある。たとえ自分が幾ら成長したとて、あれほどまでのコミュニケーション能力を得られないのは分かっているし。
嫉妬とまではいかないが、確かに彼らにはオレが持っていない才能を持ち合わせている。一つの優秀な人間たちだ。
「まず最初だし、それぞれの係を決めるよ? 体育祭ではみんなの協力が不可欠だ。全員で協力して、僕たちの団が勝てるように一致団結しよう」
天谷は素晴らしいカリスマ性を見せつつ、雰囲気でみんなの心を掴み上げてゆく。
なるほど。
これが陽キャの力か。
「係は沢山あるけれど、どれも一つ一つが重要で。どれか一つ欠けたら、体育祭は成功しないんだ。だからこそ、みんなにはどの係にするか慎重に選んでほしい。それに、妥協はしてほしくない。時間はあまりないけれど、ここは大事だからね。ゆっくりと決めていこう」
「それで良いだろう。オレもそう思う。……が、この体育祭にあまり乗り気でないヤツがいることも忘れるなよ天谷」
「え? ああ、そうだね」
その言葉はなんだか俺に刺さる。
柴山が放った言葉はなんだか自分に対して言っている様な気がしたのだ。いやでも、それは酷い勘違いだろう。なにせ体育祭に興味を示していないのはオレだけじゃない。
隣に座る彼女、逢瀬雫だって……そうだろう?
「嫌味かしら」
「どうだろうな。少なくとも、俺たちに向けて言った言葉である事には違いない」
「そりゃそうでしょうね。私たちの事、彼らは嫌いそうだし」
「いいや、勘違いかもしれないし。気にしない方が良いかもな」
「……そうね」
逢瀬はなんだか不機嫌そうに唇を噛む。
その姿はちょっと卑しい。彼女は気付いていないのかもしれないが、彼女は自分が思っている以上に凛としている。
きっと、お前はアイツらに嫌われてないと思うぞ?
いや、でも……それだってオレの憶測の域を出ないが。
人の考えている事なんて分かる方が異端だ。
普通の人間には、普通の人間が考えている事なんて読み取れるワケがない。それが出来るとするならば、ソイツは普通の人間じゃあない。
「ま、オレはどちらでも構わない。嫌われていようと、嫌われてなくとも。…………元々陰キャだしな。気にするんだけ無駄なんだよ、そういう事は」
「、、やっぱり貴方ってちょっとどこかズレてるわよね」
「は?」
俺が常人とズレていると指摘する逢瀬に思わず、そんな言葉を漏らしてしまった。……どうしてだよ。
「俺がズレてるわけないだろ、普通の男子高校生だ」
「……それ、シラフじゃないなら。それこそ本当にズレていると思うけどね、まぁ貴方がどれだけの人間なのかはまだよく分かっていないけれど。凄いんでしょう?」
「ふっ、なら教えてやろう。俺は中学の時全県模試を受けたが────もちろん、五教科総合点で県内二千五百位だった」
「冗談はやめて」
うぐ。中々いい線言っていたと思うんだけど。
平凡な人間ってこんなもんじゃないの?
「低すぎるわ、ここは地元なんだから。せめて県内順位百位以内は普通よね」
「おかしい。その理論はおかしいぞ。……だってオレにそんな高い順位取れるワケないんだから」
「貴方は人じゃないからはまぁ、別に」
なんだよ。まぁ、別にって⁉
「そんな驚かないで、普通のコトでしょ?」
「悲しいなぁオレ」
静かに目を瞑り、諦める。
オレはもうダメぽ。自身の心の中は非常に複雑な心境に満ちていた。……こんな事逢瀬に言われるなんて、思っていもいなかったし。
それに俺はこれから、コイツの妹を本気で負かしに行くつもりなのだから。
そりゃあ、複雑な心境になるってモンだ。
「全く、最悪だ」
「え?」
思っていたよりも初戦は、随分と早かったなと思いつつオレは決意を胸に目を開いた。その瞳に映るのは、果たして────。
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