第34話『体育祭実行委員』

「全く、難儀だな……」

「いいや、そうでもないわ。私にかかれば、こんなのちょちょいのちょいよ」

「おっ、そうか」


 斜陽がだんだんと陰を現す放課後に、俺は逢瀬と廊下を歩いていた。

 いつもなら、今は部活の時間なんだが。

 実は、再び理不尽が襲ってきたのだ。


 そう。

 なんでか知らないが、『1-C』クラスでの体育祭実行委員が、俺と逢瀬の二人組になってしまったとういう事態。

 なんでだろうな、確かイケメン野郎どもがうちの体育祭実行委員を引き受けていたはずなんだが。


 先程、職員室で逢瀬と共に聞いた三野先生のコトバを想起する。

 部活に遅れると先輩に伝えてからわざわざ職員室に出向いて、伝えられた言葉。


『なんか、二人じゃ実行委員として十分な人数じゃないと通達を受けてな、教頭から。だから私が推薦するお前たち二人を、私の独断で実行委員に追加させてもらうことにした!』

 ……なんていう、戯言。


 ついでにその時、三野先生から実行委員用の体育祭資料がA4用紙十一枚が手渡された。ちゃんと読んできてね♡らしい。


 まじかよティーチャー、気持ち悪ぃ。


 ああ。

 その通りだ。

 難儀と表すのには、丁度いい壁だろう。


 まぁこれはこれでいいかもしれないと思いつつ、彼女と会話を繰り返す。カラスを想起させる漆黒の髪に、少し陽光が反射していて。

 そんな彼女を見ると、ちょっとだけ恍惚こうこつとした気分に誘われる。


「まぁ心配なのは、貴方が体育祭委員としての責務しっかり果たしてくれるかどうか。という所かしら」

「う、その言葉は響くな……」

「事なかれ主義(笑)な氷室クンなら、それぐらいの事余裕でしょう?」

「事なかれ主義とそれとで、何の関係があるんだか」


 コツコツと音を立てて進む。

 この時間帯、校舎にはほぼ生徒がいない。

 文化系の部活に所属している生徒は、この校舎を根城にしているが……人間が少ない。この学校の生徒、その大半を占めるのは運動部の生徒だ。


 そして、その皆は野外で活動しているので静寂が広がっていても不思議な事は無い。


「そういえば、逢瀬は運動嫌いだったはずだが。体育祭実行委員になって、嫌な感じはしないのか?」

「本音をいえば、体育祭実行委員なんてゴメンだわ。でも、決められてしまったものは仕方がないでしょう。それに嫌でも選ばれてしまったのなら、それを受け入れて、内申点向上に努めた方が良いと思うしね」

「随分とポジティブでよろしい。俺でも憧れる向上心だ」

「……ふん」


 そこで会話は途切れる。

 そこにふんわりとした雰囲気は一切ない。俺は無感動に沈んでいく太陽を、廊下の窓から眺めつつ部室に向かった。


 気分はそんなに悪くない。


 正直な話をすれば、体育祭実行委員になれたのは大きいからな。


 体育祭に対しての権限を少しでも持てるという事は、言うなればイベントを準備する中で動ける範囲が広がるというコトだ。

 どうだ? そう考えると、そんなに悪くないだろう。


 ま、俺の体育祭第一目標は楽しもう、だしな!

 それを加味すると、嫌な話だが。


 取り敢えず、部活動に戻ろう。



 ◇◇◇



「遅かったねっ、氷室クンは何してたの?」

「んあ? 緋色坂か。いやな、色々な事が絡み合ってだな……どうやら俺は逢瀬と体育祭実行委員を任されてしまった。あくまで『1-C』としての枠だから。委員長というワケじゃないけどな」

「え⁉ 体育祭実行委員……なっちゃったんだ。そりゃあ氷室クン、大変だね」

「?」

「これから編集の練習とか、ハードにする予定だったんだけど」


 ……ん?

 部室に入った途端、目の前に迫ってきた緋色坂に対して返事をするが。緋色坂はなんだか嫌な記憶を呼び覚ましてきた。

 編集。


 ああ、そういえば俺はコイツがライブをやっているスタッフとしてこき使われる契約を交わしたんだっけか。


 詳しくいえば、微妙に違うが。

 そんな所だ。

 ただ単に、無条件で自分が緋色坂コイツの奴隷になるという悪魔との契約。


 まじまんじです。

 対戦ありがとうございました。


「ああ、そういえばそんな契約を交わしていたっけか────」

「ちょ、もしかして氷室クン忘れてたっ⁉」

「ご、ごほんっ! 俺に限って、そんなヘマするワケなかろう?」

「氷室クン、焦り過ぎて口調変わってるよ……」


 緋色坂が露骨に「コイツまじ?」みたいな表情をする。

 そうだよ。まじだよ。

 悪かったか⁉


「まぁまぁ緋色坂さん、落ち着いて」

「おっ。逢瀬、もしや俺のコトを擁護してくれるのか? 労基に相談してくれるのかっ⁉」

「氷室クンはね、頭がカラッポだから。鳥頭だから、ちょっとぐらい物忘れしたって『ああ、こいつバカだから』ぐらいで妥協してちょうだい」

「っっっと思ったら、ただの暴言ん!!!!!」


 やっぱりコイツもダメだった。

 やはり、この部活。

 創作部には、俺の仲間はいないのだろう。絶対にな。


 そうしてふと会話が追いつき、妙な間が空いたので部屋を視線で一巡する。


「ん、先輩はまたいないのか」

「ああ、いや別に。今日は特別な用事があるワケじゃないと思うよ? 普通にさ、トイレって言ってさっき出ていっただけだし」

「ふむ」


 緋色坂が言うことが正しいのならば、多分俺たちと先輩は行き違いにでもなったのだろう。

 心なしか、最近……先輩が部活に来ることが少ない気がする。

 心配だな。本当にただトイレに行く、ってだけの理由だけなら良いのだが。


 さてと。


「じゃあ創作部として、部活動でもやるかぁ」

「めんどそうね」

「まぁその通りなんだが。……俺の創作部としての活動は、帰ってから日記を書くだけってもんだからな。少しは暇になるつーもんだ。でもその分、家に帰った後が地獄だが」


 部室の端に椅子と机を持ってきて、座る。

 今はとても暇である。なにせやるべき事がないからな。

 だが声に出して言った通り、俺のスケジュールは家に帰ってからが本番である。


 なにせ動画編集、切り抜きの修行? をするために緋色坂から出された無量大数もある宿題をやらなきゃいけないし。自習もしなきゃいけないし、飯を買ってきて食う、風呂にも入らなきゃいけないし。


 先程三野から渡された体育祭の資料を読み込まなきゃいけないし。

 創作部の活動として、日記も書かなきゃいけない。


 ────あれ、もしかしてコレ。過労死ルート?


 いつ選択肢を間違えたのだろうか。

 その事実に気付いて、頭を抱えて心の中で嘆いた。


 まぁこの生涯、間違えた事があるとすれば……そうだな。ああ、この世界に生まれてきた事だろうか?


「はぁ」


 溜息が溢れる。

 そういう事だよ、氷室政明。

 っと、くだらない妄想はヤメテオコウ。


 そんな中、ふと自分が椅子と一緒に持ってきた机に何かが入ってる事、存在感を感知する。


「ん、なんだこれ」

 独り言を呟く。


 ……机の中に入っていたモノ、それは紙だった。

 なんだこりゃ、と思うも直ぐに分かる。

 これは封筒だった。それに中には、手紙が入っているぽい。


 もしかして、あれか?

 ラブレター、ってやつか?


 その刹那。俺は未体験ゾーンを体験した様に電撃が走った。ついでに頭痛が痛い。


 ラブレターとか。

 俺みたいな陰キャでは普通に生きている上ではお目にかかれない伝説のブツだ。宝物? いいえ、そんなものではありません。

 これは所謂……そう、愛のこもった聖なる剣によって描かれた愛の結晶。

 つまるところは、『萌えザワールド』だ。


 ……ん?

 なんかおかしい気がしたが、そういうコトだ。

 暴論だって自分がそうだと信じれば、自分の中では正論に移り変わる事があるのだから。


 そういう事だってばよ。

 いや、どういう事だってばよ。


「それにしても、ラブレターが何でこんな部屋の机に……ここは視聴覚室だぞ? 教室として使われているわけじゃあないのに」


 疑問がぽっと出てくるが、無視。

 まぁそういう事もあるのだろう。と言えばそれで解決だ。一瞬顔を上げて、部屋を見渡す。


 緋色坂も逢瀬もそれぞれ、俺なんかには目もくれずに、部活動に勤しんでいる。


 完璧だ。

 俺は机の中から封筒をゆっくりと取り出して、

 その中身。中に入っていた手紙をつまんで取り出した。


 多少の罪悪感があるが、初めての体験なのだ。例え他人宛だろうと、少しだけ中身を見てみたいという知的好奇心があったのだ。

 そう言い訳しつつ。


 封筒から出すと、白い物体が映り込む。

 紛れもなく、手紙だ。


「さて、誰宛だろうかな」


 もしかすると、俺だったり?

 んなまさかぁ、いやないよなぁ。

 ……そんなの、ないない。


「────、ぉ?」


 俺はその紙に目を通した。

 同時に、封筒ごとその物体を落としてしまった。


『パサ』と軽く乾いた音が、静寂がうるさい部室に響く。


「ん?」


 その瞬間、緋色坂と逢瀬が怪訝そうに視線を交し合った。

 この地獄耳共が。と思うも、言葉にはならない。

 絶句。いいや、思考そのものが止まる様な感覚を抱く。


 手紙に対して。

 様々な感情を抱きつつ。


 恐る恐る俺は彼女たちに気付かれないように、俺は床に落ちた手紙を拾い上げ、再度目を通した。


 瞳孔が開いて、言葉は繋がらない。

 そこには、こう書いてあったのだ。


『ねぇ、なんで? なんで私を愛してくれないの? 私を見てくれないの? あのゴミ女も、私みたいみたいな雰囲気出してるクソ女も、全部ゴミ。本当につまらない! なんで彼は私を愛してくれないの? なんであんなゴミ女を選んで、私を選ばないの? あんなヤツより、私の方がぜんぜん魅力あるんだよ? みりょくも、おんなとしても、私の方が上でしょ? なのになんで見てくれないの? 愛して、愛して、愛して、愛して。私を愛してよ。氷室政明クン。私は初めて君にあった時から、君の事が好きだよ?』



 それは。

 紛れもなく、誰かの裏側ほんしょうが映っている手紙だった。

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