第5話『俺の隣の席の住民は、ツンデレなのかもしれない』

「……」


 隣からガチャガチャと音がする。

 だが関係ないかと切り捨てて、俺は自身の机に頬杖をついていた。見据える窓の先にある風景は、人工物だらけであるが綺麗だ。


 さて、と。

 今まで横目に意識していた隣の住民へ顔を向けた。数秒前、俺は関係ないと言ったな。あれは嘘だ。


 そこには変わらず、昨日と同じ逢瀬雫が座っている。

 どうやら本を読んでいるらしいが、なんのジャンルだろうか。俺がちらと見ると、その本のタイトルは『心技・奥儀・秘伝』とか言う怪しいモノだった。

 ……運動系?

 ……なんだか、古本屋で百十円程度で買えそうな安っぽさなのだが。


「─────なに?」


 昨日と変わらない彼女の声色に、俺は言葉が出てこなかった。

 ……彼女は確かに美少女であるが、その圧倒的恐怖な声色でそれら全てが台無しである。まぁ、逢瀬はそんなの気にしていないのかもしれないけど。


 それにしても。


「いや……なんでもないが」

「そう」


 なんだ。このもどかしい会話は。

 静かにため息を漏らす。


「強いて言うのならば……取り敢えず、おはよう。とでも言っておこうかなと」

「そう」

「…………おはようって返してくれてもいいんじゃないか。一応隣の席なんだしさ、逢瀬」

「なんで」

「い、いやぁ常識的というか、なぁ?」


 心なしか、初対面に話した昨日よりも声色が悪化している気がする。

 俺って、なんか逢瀬に悪い事しただろうか?

 友達になってくれ。なんて直球に言ったから? ……いいや、そんなの悪いことじゃあないし。


 あ。


「というか、逢瀬。昨日は大丈夫だったのか?」

「……っ、大丈夫ってどういう事?」

「あー、あの後に無事に帰れたかなって」

「まぁ、そうね。貴方みたいな会話が不得意そうな”馬鹿っぽい男”に助けられたのは不本意だけど」

 やっとこさ、彼女がコチラを一瞥する。


 あれ。というか。

 なんか扱い酷くない⁉

 ……俺は一瞬だけ眼を瞑り考え直す。確か俺は昨日、ヒーローみたいな感じで颯爽と彼女を助けて闇に消えていったはずなんだが。

 それなら、惚れてもおかしくないはずなんだが。



 ー何故だ、こういうのって、助けてくれた俺を惚れるパターンじゃ……ー



 現実それは、氷室政明という人間の考えていた妄想とはかけ離れていた。

 ……なんてな。


「それにしても貴方がそんな悪心を持っていたなんてね」

「はい? そりゃどういう事だ」

 唐突な彼女の言葉に、自分の心が見透かされた様な気がして肩をびくっと揺らす。……悪心なんて、純真な僕が持ってるワケないじゃないですかあはははは。


「自分で言っておいて、気付いてないの? 口から漏れていたわよ。……『こんなかっこよく助けたのに、なんで彼女わたしは貴方にれないのか』なんて事をね」

「うぎゃあ⁉ まじですか」

「ええ、正直な話軽蔑するわ。変態、公然わいせつ犯罪者」

「へぇ⁉ そんなに言います⁉」


 おい待て。

 それはどこの性犯罪者だ。

 というか、俺は事実違うだろ。事実だけを鑑みるならば、俺は彼女を助けた。所謂ヒーロー的な立ち位置のはずなのに。


 何故か俺が逢瀬を襲ったみたいな認識をされている。

 あれれ、おかしいな。こんな地獄みたいな空気だからか、時間の経過は酷くゆっくりに感じた。


 されど。


「まぁ、感謝してないわけじゃあないけどね……」

「え?」


 そんな呟きが、ぽつんと耳にのめり込んでくる。

 驚愕もなく、ただ俺は硬直した。

 目の前の少女は黒髪を指で愛でながら、そんな事を呟いたのだ。


 ……ももも、もしかして、ツンデレ……です、か?


「もしかしてお前って、そっち系なのか? な、なぁ」

 動揺して声が震える。


「は? なによ、そっち系て……」

「もしかして、本当に……ツンツンデレデレな、ツンデレなのか⁉」

「─────殺すわよ?」

「はい、すいませんでした」


 逢瀬は睥睨へいげいしながらも右こぶしを構える。


 どうやら、ここでお開きの様子だ。

 ここから先に踏み込んだら、それこそ殴られそうなので今回は勘弁しておいてやろう。なんてのは建前で、……本音は普通に怖かったからちびっただけですけどねはいちょうしにのってすいませんでした。


 そうだっ、と勢いで嫌なことを思い出す。

 俺が生粋のチキン野郎であるというコトを。


 ……おかしいな、ツンデレってもっと可愛いはずなんだが。

 コイツの場合、ツン・デレが9・1ぐらいな気がする。ツンツンしすぎだろと思いつつ、俺は視線を黒板へ移した。


「おーいお前ら、もんすぐで授業だからなー」

 奇しくも、会話の終了にタイミング良く担任である三野みのの声が響いたからである。


 ◇◇◇


「お前ら、私に感謝するんだな。ちょうど一時間目の授業が担任である私の科目で」


 三野は何故かサングラスを着用しながら、腕を組んでそんな事を言っていた。

 これでも教師か。と言ってやりたい。

 この学校、自由過ぎるだろ……と思いつつ。


 俺は黙って、机の横にかけた鞄から一時間の数学の用意を取り出した。

 教科書と参考書とノート。それらを横に並べる。


 そんな中、バカンスに帰ってきた様な姿の三野は黒板にチョークで何か書き始める。


「今日、君たちにとって高校最初の普通授業。その科目は数学なワケだが。生憎、私はハワイから帰ってきたばかりでな。……そういう気分ではない。特にスウガク。なんだこれは、こんな物はやりたくない」

「……」


 クラスが思いっきりざわつく。

 因みに昨日、三野先生は原因不明の理由で休みだったため。姿を見るのは、今学期はこれが初めてだ。


 それと、俺はこの人と今回が初対面ではない。

 幼少期に何かとお世話になった人物である。ま、そんな事はおいておいて。


 だというのに、なんだこりゃ。


「どうした? 随分とざわついているようだが……いや、当然か。因みにさっきのは冗談だ。まぁいい。昨日、私は休んでしまったしな。そうだな、取り敢えずそれぞれ自己紹介でもしてもらおうか?」

 女教師はニヤリと微笑む。


 ……またしても再びクラスがどよめく。

 全く意図がつかめない、その性格に。

 というか急に自己紹介をしろ、とか……俺にはつらすぎるというモノだ。どう言うのが正解か。


 椅子を引いて奥深くに考える。


「まずは私からで良いだろう」


 すると三野は黒板にもつれかかり、言葉を織りなそうと口を開いた。


「あー、1-D担任となった私の名前は三野みのひびき。んまぁ、見ての通り月の宮高等学校の教師だ。趣味と好きなコトはバカンス中に月を見ながら船でタバコを吸う事、嫌いコトは数学。担当教科も数学だ」


 思わず、どよめていていたクラスも一瞬にして静まり返ってしまったのだから。


 この教師はまさに、異端だった。

 ……というか趣味と好きな事が限定的過ぎるだろ。

 俺もこの人にそんな事を聞いた事は無い。ヘビースモーカーであるという情報はあったがな。


 そんなツッコミを待っていたのかもしれないが、現実は非情であり出席番号が一番の生徒が声を上げた。

 俺たちの視線はその生徒に注力する。


「あ、じゃあ……次は僕が」

「─────」


 それで更に空気が凍ったのは、また別のお話である。

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