第6話『俺の自己紹介は、よく事故る(激寒)』
自己紹介。それは俺が思うに、この世にとって存在否定すべき事象そのものだ。……みんなに自分を紹介する? 元始、名前を言うだけでもまだ良かった世界に生きたい。
なんで趣味とか好きなこととか嫌いなコトとか話さなきゃならないんだ。おかしいだろ、普通に考えてさ。
「え? ええ、じゃあ僕の名前は……『
辺りの視線がその生徒に集約する。
出席番号一番のその生徒の名前は『天谷天夜』と言うらしい。
ふーーんと、特にそれ以外考えずにソレを見据える。
「一年間よろしくお願いいたします! では」
そう言って、彼は座った。……その姿からしても、趣味からしても、完全にモテる男子的な雰囲気を放っている。
きっと凄いヤツなんだろう。
俺には絡める自信がない。
というか、待て。俺はどうすりゃいいのだろうか。
……自己紹介とか今まで、したことなかったしな。
ここは無難にやるのか、それともネタに走ってみるか。しかし、悪夢が見える。アニメの様にと一発芸の真似をしたとて、この世界の住民からはただの陰人に見えるだろう。
いや、自己紹介ってこんなにも重く考える事なんだろうか。
自分の番が来るまでそんな事を考えているつもりだったが、意外に進むのが遅い。その為暇を持て余し、椅子にぼうと座っている俺の視界に隣の住民が映った。
どうやら、まだ本を読んでいるらしい。
……一応、授業中なはずなんだがな。
「……」
「なに?」
「いや、逢瀬は他の人の自己紹介とか聞いてない感じだったから。どういう気持ちなんだろうなって」
「特に何も思わないわ」
そりゃあ、酷くねぇか?
……だが、確かにどうでもいいかもしれない。逢瀬だって、所詮は同じクラスになっただけの他人だ。
たったそれだけの関係で求めてもない情報を勝手に話されてもな。てな心境だろう。
少しだが俺も共感することがある。
馴れ合いは馴れ合いたいヤツらだけでやってくれ。ってな。
されど、ここは学校という一つの社会なワケだし。……嫌でもここは日本。多少は空気を読むという事をしなくちゃいけないだろう。
今ここでそれを振ったとて、いつかはぶつかる壁である。
だから、今のうちにそんな面倒ごとに慣れておく事は大事だと思うがな。
「これからこのクラスの奴らとは嫌でも関わっていくワケだし、情報は得ていて損はないと思うぞ?」
「そう。変なお気遣い感謝するわ変態。貴方はそう思うんでしょうね。でも私は別に関わらないから、そんな情報はただのムダ」
「……いやでも」
「だから、別に良いと言ってるでしょう?」
彼女は溜息を吐いて、一旦本を伏せコチラを無感情に見据える。
「事なかれ主義と言っている貴方にしては、随分とお節介ね。他人にそれだけ気にしてる余裕が貴方にはあるの?」
「お、俺に余裕はあるぞ……!」
「そう、なら頑張って」
「え?」
そう言われた時だった。
「じゃあ次、氷室政明。お前の番だ」
ニマニマとしながら三野がコチラを一瞥しそう告げる。
……失策だった。不意に来た自己紹介の番に、俺は硬直する。一秒後、反射的に真っ白な思考のまま立ち上がって。
教室全ての視線が俺へと向かった。
「……ッ」
隣に座る美少女を横目に見ると、どうやらニヤニヤと気色悪く微笑んでいる。
くそう、コイツ……俺のことはめやがったな。歯をぎりぎりと食いしばりながら、額から汗を垂らした。
震える喉から、声を絞り出す。
「えーーー、俺の名前は、
「─────」
数秒の静寂があり、そして拍手が起きた。
何事もなく俺の役目が終わり、席に座る。
「……」
……失敗した。ちくしょう!
どう見たって、クラスメイトの大多数から「うわ、くそ陰キャやん」って引かれてましたはい終わりでーす。
どこぞの動画投稿者を想起する。
そんな絶望の淵で、隣では逢瀬が微笑している姿が。
「ふっ、哀れね。陰キャの雰囲気がにじみ出ていたわよ」
「ぐ、やめろ。それは俺の心に刺さるから」
「……? 別にいいじゃない。ただ事実を告げただけなのだから」
「あーはいはい、そうですねー。じゃあ俺も事実を言ってやる、お前も一人で本を読んでいて……実に陰キャらしいぞ! 顔がいいからって、調子乗ってるんじゃねぇ!」
すると、逢瀬は読んでいた本を伏せてコチラを見て告げた。
「次そんなこと言ったら殺すわよ、まじで」
なんて事を言われてしもうた。
……まじすいません、僕が調子乗り過ぎました。びっくりしながらも、萎縮する。その時、彼女の眼光はマジなモノだったのだから。
「さーせん……」
そして、何事もなくそれぞれの自己紹介が終わる。
◇◇◇
「暇だな」
それから先は至って普通な数学の授業。
まぁ始めての数学だったから、あくまでも中学数学の復習という感じだったが。……あまり頭が良いワケではない俺からすれば、それでも充分に苦労する。
だが気合で
……疲れがこもっていた頃には、昼休みになっていた。
「逢瀬は昼飯食わないのか? もうそんなに時間ないぞ」
「……別に、私は小食だから結構よ。というか私の事なんてどうでもいいでしょ? 貴方は何者? 変態なの? それとも、キョロ充なの?」
「おい、そこまで言わなくても良いだろ。というか俺は変態でもないし、キョロ充でもない!」
「いいえ、それが真実かどうかは関係ないわ。貴方にはこれぐらい言っておいた方が得よ」
こんな暇時間も、相も変わらず机で
一瞥すらない。
「得ってなんだよ……得って」
まぁ、そこまで言われたなら仕方ないか。
俺は彼女の日常への詮索を取りやめて、静かに席から立ち上がった。この学校の一階には食堂が設置されている。
別にそこで食べず、弁当を持参するのもありらしいのだが……作るのが面倒なのか、弁当を持ってきている生徒は見当たらない。
勿論だが、俺の目的地も食堂だ。
昼休みは残り十分なので、ちゃちゃっと済ましてこよう。
「得は得よ。……何も言わなかったら、貴方は色々と煩くしそうでしょう? だから今のうちにそうやって黙らせておこうと思ってね」
「……うげ、まじかよ。悪魔だなテメェ。いや……どちらかというと魔王か」
「ほら早速、無駄口を貴方はそう叩くわ。一応だけど、最悪私は武力行使も
「怖っ⁉ 軽くB級ゾンビ映画の恐怖感超えてきたぞ」
だけど思いの外、彼女は俺に話しかけてきてくれた。
……完全に嫌われているけどな。ちくしょう、なんだってんだこの
ーーーーだが。
「文句ある?」
そうツッコミたい所だが、そうすると本当に殴ってきそうだしお口にチャックしよう。
「いーや、なんでもない」
「ふぅん、そう」
「お、俺は事なかれ主義だからな。これ以上はお前を怒らせないでおこうとするか。……ふっ」
「ダサいわよ」
「うっせぇ!」
久しぶりに厨二病っぽく。もしくはキリッと効果音が付く様な台詞を述べた後、彼女の感想に羞恥を抱いた。
やべぇ、他のクラスメイトからうわって視線浴びちゃったよ。
即撤退。俺は足早に教室から去った。
食堂に行こう。
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