第24話『逢瀬雫の母親は確かに異常かもしれない』
……歩く。
隣にいる逢瀬雫は緊張しているのか、硬直気味に黙っている。コイツ、本当に両親が苦手なんだなと思いつつ前を向き歩く。或間街の歩道は、まぁまぁ広いので二人で並列に歩いても問題ないのだ。
自然の恵みというか。
辺りでは、どこからか小鳥の
のどかだ。実に。
「逢瀬、緊張……というよりは、不安そうだな」
「まぁ、ええ、そうね。ちょっと怒られないか、心配だわ」
「その時はオレがちょちょいのちょいと言ってやるよ」
「それも心配だし……」
おい。彼女にとってオレはあまり頼りにならないらしい。……そんな他愛無い会話を交わしながら、青になった横断歩道を渡る。
「嘘。少しは信頼しているわ、氷室クン?」
だが、それはちょっとした”からかい”だったらしい。
全く、心を躍動させるヤツだなコイツは。
今のセリフには、ちょっと胸が高鳴ったぞ。ぐへへへへへへへへへhhh。
「……やっぱり前言撤回」
「って、なんでだよ⁉」
「いいや、貴方の顔が卑しかったからよ。やっぱり変態なのよね、氷室政明っていう人間は」
変な勘違いされては困る。
オレは普通の変態じゃない。変態紳士だ。悪いね。
「ぐぬぬ。教わらなかったのか? 人を容姿で判断しちゃいけないって」
「教わってないし、私はそうは思わないわ。清潔感とか気にする人間としない人間では性格は違うでしょう? それが一目見ただけで分かるのだから、容姿というのは人を判断する上で最もと言っていい程、重要な判断材料よ」
「ああ言えばこう言うな……お前ってやつは」
まぁ実際はその通りだ。
悲しきかな、この世界は容姿至上主義とまではいかないが……ある程度の財力などを持っていない限りは容姿がモノを言う世界だからな。
その理論は、概ね正しい。
だが一概にそうだ。と断言出来る理論でもない。
「まぁ、それは一概にそうだ。とは言えないけどな」
「それは、どうして?」
「不慮の事故や障がい、病気で、容姿や清潔感が崩れている人達だっているんだぞ? ……それは健常者と異なって自分がどうこうして変えれるモノではない。お前の言っている理論はだな……極端な話だが、水アレルギーの人達とかは自分の髪や身体を洗うだけでも、相当な苦労が必要とし人並みに出来ていない。だというのに、そんな事情関係なしにあんた汚くて清潔感が無いと断言しヤバイ奴だろうと判断するようなモノだ」
「それは、そうかもしれないけれど。……極端すぎる話ね」
─────だが、その一論。反例があるのだから、全てに当てはまる理論ではないと言えるのだ。
「極端だが。こういう可能性も、無きにしも非ずという事で一概には言えないというワケだ」
「ふーん、確かにソレも一理あるわね」
なんて言う話を続け、彼女の不安を出来るだけ和らげる。
……だが、やはりそれが簡単なワケもなく。逢瀬に家へ案内してもらう最中、明らかに緊張と不安が増幅しているのが見て取れた。
随分と怖い親なのだろう。
数分歩いて、T字路で彼女が止まる。
「ここを右に曲がれば、すぐそこ」
「そうか……それにしても、随分とお前の家系は金持ちなんだな」
「なんで?」
「そりゃあ、ここって或間街じゃ有名な高級住宅地じゃないか。土地代だけでも、億掛かることぐらいは知っている」
「まぁ、確かに金銭的に困った事はないし……その件については親にも感謝してるわ」
そりゃそうだ。
俺たちは大人ではない。
まだ高校生という立場、そう……前に言っただろう。まだ俺たち高校生は、子供に過ぎない。
金を稼ぐ上の世代の人間たちには、どうやっても感謝するほかない。だからこそ自分が同様な立場に立った時に、親孝行という行為を行うのだろう。
「オレもそうだな。親には感謝してもしきれないだろう」
そして。角を曲がって、俺たちは逢瀬宅に着いた。
◇◇◇
朝。時刻にして午前七時。
自身の携帯で時刻を確認しようとするも、自分のは壊れてしまっていたのだと思い出して逢瀬の携帯に頼ってみた。
幸い、彼女の携帯は昨夜の雨で溺れなかったらしい。
それにしても、
「大きすぎないか、この家はさ」
目の前に広がる豪邸は、あまりにもな豪邸だったのだ。
「そうかしら?」
「ああ、そうだよ。一人でマンションに住んでいる自分が虚しくなってきたぐらいだ」
「えぇ……?」
「そりゃ当たり前だろ。何坪あるんだよ、これ」
そこはどこかの社長が住んでるんですか? という馬鹿げた感想が出てくるほど恐ろしいスケールだったのだ。
洋館。または城。そう呼んでいいほど大きな屋敷だった。
……逢瀬家は財閥か何かですか?
絶対にそうだ。
そうじゃなきゃ、こんな家に住めないね!!
「取り敢えず、入ってみる……わ」
「ああ、そうだな。確かにもう登校までそんな時間は残されていないしな」
「ええ、そうなのよ」
彼女は不規則に肩をぴくぴくさせながら、屋敷を囲っているお高級そうなフェンスを開け敷地内に進み、大きな扉をノックした。
何気にオレもこっそしと敷地に入ってみたりする。
……流石にこの程度じゃ怒られないよね?
ちょっとあまりにもお高そうな場所だから、体が慣れないと叫んでビクついてしまっている状態だ。まさか逢瀬さんがこんなお嬢様だったなんて……確かにあの容姿とか、両親が厳しいというのはそりゃ納得だ。
だがしかし、あの言葉遣いはどうにかならなかったのだろうか?
俺はそのせいでいつも傷ついているんですけどねぇ。
「た、ただいま……」
「─────」
逢瀬が扉を開き、家の奥へと入っていった。流石にオレは入る訳にはいかないので、玄関前から彼女を見守っておく。雰囲気、空気は静寂を纏っている。ちらと屋敷の二階の窓を一瞥すると、カーテンが空いていて微かにだが中の様子を確認出来た。といっても、なんとなくだが。
あいにく、俺は視力がないんでな。
「遅かったわね。心配したのよー? しずくちゃん」
「はい……すいませんでした」
「まぁまぁ、そんな謝んないで! しずくちゃんもそういうお年頃だからね、親離れしたくなるのも分かる!」
「……」
最中、玄関の先から逢瀬ともう一人の女性の声が鼓膜に侵入した。逢瀬の母親の声だろうか。……そうだろう。逢瀬と、逢瀬母が話してる。始めて見る光景だ。っつっても、まず逢瀬宅に来た事自体が始めてだから当然だけれど。
逢瀬母らしき女性の声はかなり高揚したモノで、正直静寂な朝の耳には少し辛い。
「で、昨夜はどう過ごしたの? 雨だったでしょう。もしかして、お小遣いでも使ってホテルに泊まったの?」
「……いや、友達に泊めてもらいました」
「ともだち? しずくちゃんに友達⁉」
「ええ」
……奥からひゃっほー、と叫び声が飛翔する。
急に叫び声をあげるとか、本当に逢瀬の母なんだろうか。逢瀬と比べて、性格が違いすぎるというか真反対な気がするのだが。違和感が身を捻るとも、答えは浮かばないので諦める。
まぁ考えた所でって、感じの意味のない事だろうしな。
「おともだち……どんな可愛い子なの?」
「え? あ、いや。友達は……男で」
「ほえ? お、男?」
「う、うん」
む。直感だが、どうやらオレの話をされているっぽい。
時分のことだと理解すると、ちょっと話を聞くのに躊躇ってしまう。何か変な事を口走らないと言いが、逢瀬雫さんよ。
「その人は何て言うの?」
「氷室政明って人。……今も多分、玄関先にいると思う」
「え⁉ 本当に⁉」
おい。ちょっと待て、逢瀬。
完全に今オレの所に連れていこうと誘導しただろ。……というか逢瀬母、話に聞いてたより温厚な気がするがコレは表面上だけのものなのだろうか。
いいや、そうじゃないかもしれない。この声は、本物だ。
「おお! ……かなりイケメンじゃない!! 陰気そうだけれど」
すぐさまその声と共に玄関を突き破る勢いでオレの目の前に現れた。逢瀬の母……名前は知らない。が、その容姿を見た瞬間。確かに逢瀬の母なんだなと理解した。
何故ならば髪質も瞳も、雰囲気も、顔も大して変わりがなかったからだ。
紛う事なき美女であり、黒髪ストレート。逢瀬雫がしっかりと大人に育ったならこうなるのだろうと、逢瀬雫の未来の姿ですと言われても納得出来る容姿。
「どうもこんにちは。逢瀬さんの友達です」
「……へぇ。真面目系男子なの?」
「どうでしょうか。自分では真面目だと思っているつもりですが……」
「うん、うんうんっ」
いや近い。近い。逢瀬の母は陽キャだったのか、ぐいぐいと俺に体を擦りつけながらそんな事を聞いてくる。何故、こんな事を聞くのだろうか。やめてくれ、陰キャってバレちまうじゃないか。
って、容姿の時点で察せられていたか。
俺も彼女の方へと視線を合わせる。
逢瀬母の背後には、あたふたした様子の逢瀬雫が立っていた。
「なるほどねぇ。随分と真面目そうだね! で、君たちはどういう仲なの?」
「……そりゃあ、ただの友達。ですかね」
「本当に? 一晩過ごしたんでしょ? うちのしずくちゃんと」
「語弊がありますね。一晩過ごしたと言っても、オレは彼女が疲れていたので休ませる場所を提供したまでです」
「ふーん」
まるで蛇の様な瞳。
そんな視線を浴びると、悪寒というか……寒気が背筋を笑いながら走ってゆく。声は高いけれど、そこまでだ。心の中身は底知れない。
「まっ、しずくちゃんが安全だったなら……良いんだよね別に」
「……」
「ね、しずくちゃん? 私は別に怒ってないよ。それに─────私は平等に扱う人間だから。卯月ちゃんと同じで期待しているよ?」
黙って聞いていると聞きなれない言葉に出会った。卯月とは誰だろうか。
「卯月?」
「えっ、ああ君は知らないよねぇ。卯月ちゃんはね、しずくちゃんの妹よー」
「なるほど、逢瀬さんにも妹がいたんですね」
「そうなの! もう可愛くて可愛くてぇねぇ」
逢瀬母はそう言うが、オレは会ったことないから正直分からない。
可愛いも、可愛くもないも、主観による判断だから……オレが見ても可愛いと思えるかは不明だ。
というか、逢瀬も怒られてなさそうだったし。そろそろ学校に登校しないとマズイ頃合いだろう。
「ああ、あとすいません。もう学校なんで、オレ達は行きますね」
「あ。じゃあお母さん、私も……行ってくる」
慌てながら逢瀬がこっちへ歩み寄ってきた。
それを一瞥する背後の視線は、気味が悪い。
「ふぁ、もうそんな時間かぁ。じゃあ、行ってらっしゃいね」
俺は逢瀬母に微かに手を振って、逢瀬宅を後にした。後ろには、びくびくしながら彼女が追ってきている。
……さて、と。何事もなかったし、行くか。
俺は逢瀬と共に月の宮高校へ向かう。
「なぁ逢瀬、どうだった」
「とりあえず、今日は。許してくれた、かもしれないわ」
「ふぅん。そうか、そりゃ良かった」
「─────うん。……ねぇ、氷室クン」
いつもの春街道と呼ばれる並木道を歩きつつ、彼女と並列で会話する。
「どうした?」
「いや、ね。貴方から見て、私のお母さんはどんな人だと思った? というか、どんな性格だか分かった?」
「あのな逢瀬……オレは超能力者なんかじゃないんだぞ。あんな一瞬話しただけで、どんな性格だか分かったらそりゃ仕事になるスキルだ。オレにはあまりよく分からなかったぞ」
「そう……」
急によく分からない事を聞いてくるな、コイツってヤツは。
それに彼女は相も変わらず、母に怯えている仕草を時折見せる。
─────確かに、コイツの言い分も先程の接触で何となく理解はしたがな。あれは、裏表が激しい人間だ。
それもとびっきりの。モンスター級と表しても良い。
「オレには分からなかった、すまんな。まぁ優秀な人なんだろうという事ぐらいは分かるが」
「……? そ、そう」
「ああ、って。あんな豪邸持てる人間が優秀じゃないワケがないけれども」
正直な話あれは……オレの想像を超える化け物だった。だがその想いは心のうちに秘めておく。そんな事を言ったとて、彼女が気を悪くするだけだからな。
それに、ここで言っても良かったんだが。それだとオレも逢瀬も立場を悪くするだろうから。
ここで会話は途切れ、オレたちはそれぞれ黙って登校する事になる。
……気になることは沢山ある。
まさか逢瀬に妹がいたとは思ってもいなかったし。
きっと姉と同じで相当優秀な部類なのだろう。
オレでも嫉妬してしまいそうだ。あまりにも優秀な家系だ。
なにせ今も背後で、監視役をこっそりと家から追尾させているのだからな。数秒前に背後を一瞬一瞥した時に容姿は確認してある。ヤンキーっぽい服装をしていて一見一般人に見える男だが、オレはソイツが逢瀬家を出てこちらに向かっているのを見ていた。運が良かったというべきか。
……まぁそんなのは初めから予想していた事であるし、どうでもいいが。だからこそ、先程オレは逢瀬の母に対し悪いイメージを抱く事は言わなかったってワケだが。
随分と完璧主義者なのか。
理想主義者なのか。
はたまた……古臭い考え方なのか。
どちらにせよ、どうでもいい。
オレの邪魔さえしなければな。
「逢瀬。オレは昨日学校を抜け出した事について三野先生に謝罪しなきゃいけないから、早く行くぞ」
「あっ、じゃあ私も付いてくわ。私も一応抜け出した身だし……」
取り敢えず、相手を振り切る事に専念しようとオレは走り始めた。
こう考えると、つくづく逢瀬も大変だなと実感する今日。
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