第3話『俺の隣の席の美少女が襲われている所を目撃した件について』
「な? 一緒にイイコトしようぜ」
「なに、貴方たち。見苦しいわ、どこかへ消えなさい」
「おいおい、そりゃあ酷くねぇか? オレ達は、キミの先輩だぜ?」
全く、最悪だ。
今日は唐突に友達になってくれ、とか初対面の人に言われるし。……はやく家に帰って運動したいのにも関わらず、またオトコに絡まれてしまった。
その男は、確かに私の先輩なのだろう。
着ている制服が、月の宮のモノだったから。
だけど、……本当に不快。
今すぐにでも自慢の暴力でも振るってやりたい所だが、我慢。……取り敢えず、目の前にいる男二人組を睨んでみた。
だがどうやら、効果がない。
「ーーーおっ、怖いねぇ! 威勢があるのは良い事だよ」
それどころか、気色悪い笑みを相手に与えてしまった。
はぁ。本当に、今日は最悪な日。
ーー思わず、溜息が零れる。
ーー本当に裏に連れって、ぶん殴ってやろうかしら?
頭の中であらゆる悩みを交錯する。
そんな時だった。迂闊だった。
……私の隙を突く様に、その男は私の腕を掴まれてしまった。
苦悶。異端な感覚。
ふいに触られる不快感。
「っ⁉」
びっくりして、体が震え始めてしまった。
……力が弱まる。急激に。ああ、その手を振りほどけない。
そのまま私は男たちに無理やり、近場の路地裏へと連れてかれてしまった。
痛い。
抵抗しようにも、体が動かない。
震えている、焦点が定まらない。
周りの視界が薄暗く染まっていく。
気が付けば、もう夜だ。
入り込んだ路地裏は必然的にも、街の灯りを受け付けずに真っ暗である。
「おー、おー。やっぱりコイツも口だけだなぁ! やっぱり、女ってのは簡単に釣れる釣れるww」
「本当だよな。なっ? 嬢ちゃん!」
反抗しようにも、抵抗しようにも、出来ない。
ーーあれ?
ーーーおかしい。
ーーーーなんで⁉
私は口で助けを求めようとしたが、男たちは即座にその準備動作に気付いたのか口を塞いできた。出来ない、何も抵抗出来ない。
……私は、こんなにも無力なのか?
やだ。やだ。やだ。
ーーー本当に、まずい気がする。
先程の余裕は消え去り、焦り。焦燥感が心の中で躍動する。
「ほら、助けなんて来ないんだよ? だから、大人しく……ここで、ヤラれとけ」
「抵抗しなかったら、暴力は振るわないからさ? うっは、コイツもう弱まってるぜ! 俺、もう我慢出来ねぇよ!」
男の声色に、どんどん闇が混ざっていく。
嫌だ。本当にやられる。犯される。
目の前にいるケダモノに。
男の一人が私をその場で押し倒し、跨(またが)ってくる。
気が付けば、瞳からは水滴が浮かんできていた。
ダメーー本当にーーーこれでーーーー私がーーーーー終わる。
「はっは!!!」
「じゃあ、やっちまいますか!」
野獣(おとこ)共の魔の手が、遂に制服の胸ボタンに触れる。
……ボタンが一個、外された。
……ああ。あああ。あああああ!!!!!!
ーーー本当に、まずい。
「誰か……助けて」
誰にも聞こえてない様な声で、そう呟く。
そして男たちは、もう一個。
まだ外れていない胸ボタンに手をかけた。
終わる。……私が、終わる。
『カシャ』
「あ?」
絶望的なひと時だった。
今までの人生の中で、最悪な瞬間と言ってもいい。
生きてる心地がしなかった。
抵抗する気も失せかけたその一秒だった。
たった、その一瞬。
その場に無機質な機械の効果音が響き、それと同時に私たちは明かりに照らされた。
「どーも、どうやらこれで終わりらしいっすね。……先輩たちの人生は」
目の前にスマホを右手で構えながら現れたのは、紛れもなく学校で唐突に「友達になってくれ!」なんて馬鹿げた事をぼやいてきた青年の姿だった。
氷室政明。電撃が流れる様な刹那、彼の名前が自身の脳裏に思い浮かぶ。
◇◇◇
……こりゃあ、ちょいと焦ったな。
俺はその現場を目撃し、スマホのフラッシュでそれを撮影した。
……その現場は、ナンパなんて生温いモノではなく。強姦未遂とも言える、惨状であって。
思わず、
しかも服装は俺たちと同じ制服。つまり同じ学校の高校生だ。
「お、お前……誰だよ⁉」
「俺すか? 俺はまぁ、ただの陰キャっていうか。そんな感じです」
「は、はぁ⁉ なんだ、テメェ⁉ なめてのか!!!」
「─────先輩。あまり暴言は良くないですよ、これは交渉って感じですから」
「あ?」
男……その二人組を見つめて。
俺は左手の人差し指を立て、口に当てた。
思わず、くくと笑みが出てしまった。
「残念ながら、俺はこの現場をきっちりとスマホで撮影しちゃったんですよ」
「……っ」
「あーあ? どうしようかなぁ。こんな事件は怖いし、警察にこの写真突き出しちゃおうかなぁー。もし突き出したら、顔はばっちり映ってるんで。加害者な先輩達は即退学だろうなぁ、それどころか……逮捕?」
「─────」
目の前の彼らは歯を食いしばって、コチラを睨む。
ああ、さぞ睨め。俺には罪悪感なんて何一つないし、こっちは全く悪くないし、お前らがどうなろうと……俺には無関係だからな!
心の笑みが多少漏れていたのか、先輩たちは怯える様に呟いた。
「な、何が望みだよ……」
なんて、事をな。
「俺の望み? そんなのは、ただ彼女を解放すること。そして二度と彼女に近づかないこと。それだけです。そうしたら、俺もこの写真を消してあげますよ……どうです、それでチャラでしょう?」
「─────っくしょう!」
男はコチラを睨む、睨む、睨む、睨む。
だがコチラは男に憫笑を重ねるのみ。
そしてコイツらにとって苦渋の決断か。喉から絞り出す様に、果実ジュース顔負けの声にならない声を漏らした。
「っ。分かった、ああ。それを飲む」
「……毎度あり。約束はちゃんと守って下さいね、先輩」
「…………ああ」
負け犬の遠吠えか。男はただ最後にもクールにそう返答した後に、路地裏から去っていった。
さて、残りは。その場に涙目で倒れる彼女に関してだが。
「おい、大丈夫か?」
「……、ぐすっ」
倒れる彼女に歩み寄り、手を差し伸べた。
彼女も黙って素直に俺の手を取り、がくがくと脚を震えさせながらも立ち上がる。
「……なんで、私を助けたの?」
「はい?」
「……」
「いやまぁ、そりゃあ友達候補だし。……ていうのは冗談だが。普通にクラスメイトになったヤツがピンチになっていたりしたら、助けてやるのが常識ってもんだろ」
そういう事だ。
ピンチになっているヤツがいたら助けてやる。……まぁ、そんなのはキレイゴトであり、本音は特に何の理由もなく助けたのだが。
やらない善より、やる偽善だ。
「貴方、おかしいわ……本当に」
「因みに教えてやるが、そんな涙目で凄(すご)まれても怖くないからな。ほら、これやるから」
「なにこれ」
「駅ビルに出来た新しいパン屋で売ってたメロンパンだ。食べようと思ったが、冷めちまったからやるよ」
俺はメロンパンの入った袋を、彼女に手渡す。
その瞬間の彼女の上目遣いはまるで悪魔の様に、欲情を誘う瞳で思わずつばを飲み込む。可愛い……。
……ダメだ。悪心は捨てろ。
氷室政明。お前はそれほど弱い人間じゃないだろう⁉
己にそう暗示して、即座に撤退を開始する。
「じゃあな。夜道、気を付けて帰れよ」
「え……あっ⁉ ちょ、まっ、て─────」
「シーユー!!!」
俺は後先考えず、路地裏から出たその先で彼女にそう告げて、全速力で帰路を急いだ。イイコトをしたっていう気分で心の中は快晴だった。
だけど、俺の青春は雨のち雨。
最悪な天気予報なのには、変わりなく。
……これから、何が起こるかなんて予想も出来ていなかった。
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