第29話『創作部の課外活動が、今始まる(壮大)』

「そりゃーっ!」

「……どうも」

「元気そうじゃないね、どうしたの氷室クン?」

「いや、昨日は反省文とあんたの宿題をひたすらやっていたからな。……寝不足なんだよ。それにしても緋色坂は元気だな」


 月曜日の放課後。

 げっそりとした声で、部室に入ってすぐ目の前に滑ってきた緋色坂に対して皮肉交じりに挨拶する。日曜日きのうはかなり苦痛を味わった。

 それもとびっきりのな。


 ……緋色坂に出された『切り抜き』動画を作る宿題と、三野先生から渡された原稿用紙へ書く反省文。


 その二つを打倒する為にオレは、約一日も掛かってしまったのだが。


「随分とお疲れの様子ね」

「そりゃあな。休日にしては休んでいなかったし。新しいけいた……スマートフォンを買ったり、お前らをファミレスへ連れていったり。宿題をやったりと」


 そりゃあ休めないと嘆息を漏らしつつ、部室において自身の居場所である端っこに用意されている席に座る。隣で何かパソコンをいじっている逢瀬は、いつも通り冷たい感じだ。


「全く、おかげで重度の寝不足だぞ」

「そう。私には関係ないから、一々言わなくても良いわよ?」

「……はいはい、そうですか。弔いの声ぐらい欲しかったんだがな」


 コチラを一瞥すらせず、アクマは語る。隣の住民。黒髪ポニーテールの美少女は他の事に夢中らしい。

 仕方がないので辺りを見渡して、何か変わった事でもないかと探してみるが……そんなモノは見当たらない。


 そりゃそうだ。

 日常とはそんな素早く変わるもんではないのだから。

 株価でもないのだし。


「やっほー、みんなー」


 そんな中。お気楽な声を上げて、部室の扉を勢い良く開いて天使が舞い降りた。


「先輩にしては珍しく遅かったですね」

「いやはや、三野先生と話しててね」

「話……?」

「ん、うん。前に話してたでしょ。創作部だけでの課外学習の話」


 ああ、そういえば確かにそんな話があったかもしれない。

 自分のこんがらがった頭を整理しながら、曖昧なハードディスクから記憶の断片を取り出す。

 いつの話だったかは覚えてないが、そんな会話はしただろう。


 なんとなくだが、覚えているぞ。


「課外学習、やる日程が不明だった……やつ。ですか」

「そうそう、ソレ! その日程がさっき顧問みのと話してやっと決まったんだよ」

「そりゃあ良かったですね」


 そういえば、俺が逢瀬と協力して緋色坂を部員にさせるために頑張ったのも。火種はこの話から発展したんだっけか。

 そうならばこの件は忘れてはいけないな。


 色々な話の根幹であるのだし。

 先輩は満足した笑みで、部室の中へドスドス進んでいった。


「さぁて。じゃあみんないるし。お話しまーす」

 彼女が周りを見た後にこくんと頷いて告げる。


「……」

「なんだろっ、課外活動って何。氷室クン?」

「さぁ、オレもよくは分かっていない。というかこれから先輩が話してくれるんだろうから話聞いた方がいいぞ。この鬼野郎が」


「にゃ⁉ 今、鬼野郎て言ったっ⁉」


 逢瀬とオレと緋色坂は、部室の中央に立つ先輩に視線をぶつける。何故か緋色坂は自分の方を向いてなんか言っているが無視する。


 今大事なのは、それじゃないだろ?


 優先順位を決めるって大切。


「ほいほーい。じゃあ氷室クンからせかされちゃってるし。これから創作部だけで行う秘密の、話題の、課外活動についてお話しまーす」

「俺は別にせかしてなん────か──────」

「はいはい、無視無視。まず最初に教えるけど、課外活動の日程は……えーと、ちょうど今週の土曜日でーす」

「もうすぐじゃねぇか」


 呟きつつ、先輩の話を聞く。

 どうやら思ったよりも直ぐに課外学習があるらしい。それに、心の声が漏れてしまった。心なしか逢瀬に睨まれた事は黙っておく。

 なんででしょうか。


 そんな事言って雰囲気悪くすんなボケナス。とでも言いたい顔だ。

 ごめんなさい。


「それでね、元々は或間街を歩くだけの課外学習だったんだけど。三野先生が『私は現実に疲れた。癒されたい』なんて言うので動物園に行くことになりましたー!!!」

「「おおぉ……」」


 風吹先輩は三野先生(笑)のモノマネをしながら説明をした。全く似ていないのに、何故か似ている気がする。……ふわふわしているからか。それとも実は分からないようで、しっかりと特徴を捉えているのか。

 いや前者だろう、コレは。


「それ、先生にバレたら怒られますよ先輩」

「そうかな? いや確かにそうかも、まずい!」

「前言撤回しましょう」

「うん、そうだ。そうだね!!!」


 まぁそんな事はどうでもいいんだが。

 ……動物園か。行った事ないな。

 動物がいる所だって事ぐらいは知っているし、知識としては持っているが身をもった体験としてに関しては、俺自身は持ち合わせていない。


「動物園、か。この近場にあるのか? 逢瀬、そのパソコンで調べてくれよ。便利なんだろ、インターネットってさ」

「なんかその言い方は鼻につくわね。というか、氷室クンのその纏っている雰囲気が不快。断るわ」

「おい、後者の理由は悲しいんだけど」


 俺のお願いを軽快に断る、隣の美少女はコチラを見やしない。ったく、本当にコイツって冷たいやつだよなと思う。前に自身の家で見た彼女がまるで偽物だ。それでも、もうちょっと優しくしてくれても良いんじゃないかと思ってしまうのだけれど。


「逢瀬ちゃんっ! 私、動物園気になる。調べるのお願い出来るっ? 私も手伝うからさっ!!!」

「ええ、分かったわ」


 しかし緋色坂のお願いには、逢瀬は容易く容認した。

 それはおかしいだろう。まさか、人を選んでるってのか……コイツ。


「おかしいだろ、それ。なんで俺の提案が断られて、緋色坂の提案が通るんだよ」

「さぁね。別にソレは教えなくてもいいでしょう」

「そ、そうですかよっ。はいはい」


 まぁそんな茶番はどうでもいい。

『テレリン、テレリン』

 慣れない通知音が響くと共に、震えた制服のポケットからオレはスマートフォンを取り出して、届いたメールを見る。


「……はあ、嫌な偶然だな」


 ただの情報でしかない電子メールでつづられた画像と文章には、あの特徴深い熱さが効く。まるで目の前にいるかのような熱さ、ベリーアツアツ。

 写真付きのメール。その送り主は氷室ひむろ檸檬れもん


 オレ、氷室政明の姉だ。


 画面の先に映っているのは、満面の笑みで会社らしき前でピースをする美女の姿。

 そして、短文────。



『やっと有給が取れたから、土曜日に遊びにいくわ!!! 準備よろしくーー!!!』



 自身の姉を無視して動物園にも少々気が引けるし。

 ……仕方がなく、俺は檸檬に返信しておいた。



 ◇◇◇




「動物園だぁ!!!!」

「そうだな。というか、騒ぎ過ぎだ緋色坂。少しぐらいは落ち着け、他の客に迷惑がかかるぞ」

「う、そうだねっ……」


 あれから数日が経過し、俺たち創作部メンバーは或間街からちと離れにある地方都市にある『ドキドキランド動物園』なる所に訪れていた。

 太陽は燦爛さんらんに輝いており、かなり熱い。


 流石に五月近いだけある、というワケか。


「おーーーーーい。あ、いたいた……おいおい、我が弟よ。久しぶりだな。それとよろしく。創作部のみんな」

「久しぶり、だな。……姉さん」

「ん? やっぱり変わらないなぁ我が自慢の弟は」


 そして数日前。『ちょうどよかった。土曜日に俺は創作部の人たちと課外活動という事で動物園に行くんだけど、どうせなら来る? もし行くなら後で詳細を送っとく』

 現地集合で誘った姉貴は、しっかりココに来てくれた。


 こういう集まりに関しては、姉貴の大好物だから誘えば来る事は目に見えていたワケだけれも。

 だがそれよりも彼女あねがココに来ようと思った理由は他にあるだろう。


 それは、


「おおぉ、久しぶりだね。ひびきん!」

「どこかの神みたいなあだ名はやめてって言ってるだろ……。それに、今は生徒の前なんだ。弁えろバカ」

「ここでバカって言っちゃうひびきんも大概だけどね」


 三野響の存在だ。

 創作部の顧問であり、わが校の数学教師である三野は氷室檸檬との竹馬の友、『元同級生クラスメイト』だったからな。久しぶりに友達と会える機会があるならば、来てくれると思っていた。


 ひびきんと呼ばれる三野は苦笑しつつも、久しぶりに旧友と出会ったのが嬉しいのか……なんだかんだ楽しそうに談笑している。オレは背後を確認し、逢瀬と緋色坂、風吹先輩に対してアイコンタクトを取った。


「もう開演時間だ。はやく行こう」

「そうね」

「姉貴も先生もお話ははやく終わらせて下さいね。俺たちは先に入園していますよ」


 そう告げて俺たち四人は先に入園する。

 入園料は七百五十円。色々と最近は高い買い物をしていたので財布が痛むが……それで手に入るモノモ大きいので仕方がないとしよう。


 でも最近は妥協してばありでもあるので、いつか節約生活をしなければな。


「じゃあ行くか」

「そうだねっ!」

「まぁ私はベンチで休んでいようかしら……」

「ゴーゴーだねぇ!」


 動物園は休日だからか、やや混んでいる。

 それを含めて動物園に行くのは最初は面倒だと思ったが……、そういえば姉貴に聞きたい事があったのを思い出しコレもアリだと思ったワケだが。


 取り敢えず、今日は自分を忘れて楽しもうと思う。



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