第13話『俺の現実には唐突に理不尽が訪れる』
「なんすか、これ」
「……? どうしたんだね氷室くん! 顔が曇っているぞぉ~」
「いや、どうもしたってワケじゃあないすけど……」
放課後。『創作部』の部室にて。
夕暮れに染まる景色の中、鈍い声を響かせた。
先輩は俺に一つ、紙を手渡してきたのである。
……その内容は【部活の課外活動】とかいうでっち上げだ。
「なんで
「そりゃあもう。アレですよアレ!」
「全然分かんねぇ……」
「なんつーの。ほれ、そうそう。創作活動っていうのは夢を語る様なもんでしょ?」
どういう事だよ。
その先輩の言葉に、俺はなんとか話を飲み込む。先輩は先輩で頑張って説明しようしてくれるが、やはり彼女は説明が絶望的に下手であって……その少ない情報から推測するのは難しい。
「ああ、具体的な夢を語る為には現実をよく知らなければならない。とか言ってた誰かの台詞っすか」
「あ、うんうん、そう! それ!」
でもそれは、そういう雰囲気を持った人間が言うから説得力があるだけで。この天然少女要素の塊みたいな先輩が言っても対して説得力は見出せないんだが。
第一、それが正解かも俺ら高校生には分からない。
なにせそれを判断するほど、生きていないからな。
……この現実というのは、単純であり複雑である。
現実というのも、創作論と同じで星の数ほどあるのだ。
何を現実とするかは人それぞれ。所謂二次元を現実(リアル)だと主張する者もいれば、充実したこの学校生活こそが現実だと言う者と。
ほら、様々だろう?
因みに俺にとって現実の在り方は前者ね。
そして。それらにそれぞれの間違いなく、全てがそれぞれの価値観で決定される正論だ。つまり何が言いたいかって? つまり人間は違った現実を持っているという前提の上、自身とは違う現実の在り方を持つ偉人が放った言葉を言ったとて、柄じゃないのでただの
現実の在り方は人それぞれであり、その人間の固有名詞でもあるというワケ。
名言とは、偉人が言うから名言なのである。
歴史に大きな跡を放ったモノだけが放てる扇動的な主観の押し付け。それが所謂、名言であり格言。
そう。名言やら格言は相応しい人間が使わなければそれらは全て屁理屈と処理され「何言ってんだこいつ、ばーか」と言われるのがオチである。
ああ、ソースは俺。
経験者だからこそ、そう強く言えるのだよ。
……悲しくなってきたな。
結論。ーー天然な先輩がそんな名言っぽい事を言っても、らしくない!
「どうも」
そんな中、ガラ○アジャラ……じゃない。ガララと音を立てて、部室の扉が開かれて逢瀬雫が顕現した。
◇◇◇
「課外活動……ですか」
「そうだよっ」
「なんでそんな事を?」
「そりゃあ、創作をするには現実を良く知っていなきゃいけないからね。創作活動をするための基礎だって。三野先生が提案してくれたんだ」
「はぁ……」
彼女も俺と同じ手紙を手渡されて、随分と困惑している様子である。どうやらこの企画、あの三野響が立案したそうだ。
くそう。
「で、課外活動っつっても。どこでやるんすか?」
「そりゃあ決まってないよ。ただ或間町をぶらぶら歩くだけ!」
「じゃあ現実を知るうんぬんは建前すか」
「うーん。まぁ、そうだね」
部活動って、こんな緩々で良いのか?
すこし疑問に思う。
「というか、貴方って街の中を歩けるの?」
「はい? どんな質問だよそれ」
「いや、貴方みたいな陰キャぼっち変態男子高校生がちゃんと街を歩いているのかなって」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「今言った通りのイメージね」
つまるところ、イメージは最悪……と。
なるほど。なぁ、俺って逢瀬にそんな悪い事したかな。陰キャな俺には良く分からない。鈍感なんて真逆で繊細な俺は、そういうのは理解出来る派の人間な筈なんだが。
「……ぐぬぬ」
俺は歩くのが嫌いだ。
─────それは遡るほど、数年前。
俺が中学二年生の時の話だ。
いつものように下校していると、目の前で「ばいばい!」と手を振ってくれる女子がいた。そこに居た愚かな少年はさもそれが自分の事だと勘違いして、手を振り返してしまった。
だが、直後その少女は気まずそうな顔をして「えーと、○○ちゃん!」と大きな声で叫ぶ。
その少女は、俺の背後から歩いてきていて。あれ、俺にやったワケじゃない?
そして見た少女の苦笑い。
「あはは……ごめん、君じゃない」
そう言われた時さ。
……生きた心地がしなかった、その一瞬の勘違い。
なんで関係ない俺が手を振られたと思ったのか。バカなの、消えるの?
「なんでだぁああああああ!!!!」
俺は帰宅後、手を振り返す前に背後を確認しなかった自分を恨み叫びまくった記憶が一つ。
そんな出来事から、俺は下校する時はいつも憂鬱になってしまっている。
だから、下校するのは嫌いだ。
因みに街を歩くとソレを連想するから、歩くのも嫌いだ。
「一応言っておくが、俺は別に街を歩くのは好きだぞ」
でも正直に言うのも恥ずかしいので、俺は虚言ながらも威勢よくそう放ち笑う。
噓。
それは時に噓であり、又は真実へ移り変わる概念だ。
……噓だって、自分がそれは真実だと思い込めば。ソレは美しい真実へと変化する。それが噓という、真実だ。
しかし。
「噓ね、しかも分かりやすい」
彼女はそんな幻想をぶち壊してきた。
容赦なく、右ストレートである。
これに関しては絵空事ではない。ただの事実だ。
「っ、虚言を張るのに何が悪い。噓だって、視点を変えれば立派な真実になる時もあるんだぞ? 立派な噓は時に立派な真実になる」
「屁理屈ね。それに今の貴方の噓がもし真実とて、それはそれで面白くもなんともないわ。出来て当然の事だから」
「そんな事ない。街を歩くってのは、凄い事なんだ。……お前みたいな持ってるヤツには分からないだろうけどな。コンプレックスを持ってる俺たちからすれば、それだけで賞賛ものなんだよ」
「はっ、それは酷く悲しい─────わ、ね」
ちょっとした口論が巻き起こる。
そんな修羅場寸前の中、場を仲立ちするように大きく扉は開かれた。
「そこまでだ。君たちー……喧嘩は良くないぜ?」
現れたのは創作部の顧問。
三野響だ。
「─────っ、すいません。少しムキになりました先生」
「……さーせん」
俺は入ってきた女教師、三野響の方へと振り向いて問いた。正直、柄にもなく少し健気になっていた気がする、俺は。
……ちょっとムキになってしまった。
これだから、俺はぼっちなんだ。
これぐらい言われても当たり前だってのに。
「ふむ。どちらも反省している様子ではあるな」
三野は俺と逢瀬、それぞれを一瞥した後に告げる。
「……な、遠山。今のどうだった?」
「えー、え……と。こ、怖かったですねっ。ちょっとびっくりしちゃいました!」
「そうだな。ああ、怖かった。……なぁ、お前ら先輩を怖がらすなんて、どんな事をしてやがるんだ?」
おい待て、それはでっち上げすぎる。
第一、俺が口論していた時先輩は終始ニコニコしていたぞ?
おかしすぎるって話なのだが。
「そうだなぁ、この落とし前は……お前ら二人で付けるしかないようだな」
「はい?」
「え、俺が……こいつと?」
ちょい待て。と言いたい所だが、陰キャの俺が介入する余地はなし。
「お前ら二人に一つ、命令を下す」
「……命令、すか」
「ああ。そうだ。この創作部は現在、幽霊部員を除くと三人しかいない。そう、それは由々しき事態だ。三人なんかじゃ、活気がないからな」
「俺は別にそれでも良いんですよ、少人数でも」
その言葉に彼女がはぁとため息を吐いた。
もしかして怒っているのだろうか?
怖いから、あまり言える事がない。
だって睨まれちゃったし。
「お前の卑屈過ぎる性格なんて参考にならんわボケっちゃれ。……一応私は教師だからな、そしてこの部活の顧問だ。だからこの部活を盛り上げる義務がある」
「うう」
「それにお前のその腐れ切った根性。潰れた性格を鍛え直すにも、この部活は絶好の場所だからな。創作っていうのは、自分自身を見つめ理解する活動でもあるのだよ」
「……俺は別に鍛え直すとか、望んでないです」
俺はマイルドに包み込んだ気がするけれども、飛んでくる言葉はキツイ。
「そういう所だぞ、氷室」
そして、先生は結論付けた。
「まぁなんだ。つまるところ、この部活には今現在……部員が不足している。だからお前ら氷室と逢瀬は協力して、新しい部員を一人見つけ出してきてくれ。ま、帰宅部を選んだヤツから探さなきゃいけないから。大変だろうけどな」
「それは、俺が逢瀬と?」
「つまり? 私がコレと?」
コレってなんだよ、コレって。
「ああ、二人で協力して新しい部員を探してこいと言っているんだ。特別に期限は今日から一週間後の月曜日にしてやる。感謝しろってな?」
そうして、今日の部活は終わった。
感謝する気には、なれるワケがない。
◇◇◇
『自分に降りかかる幸運と不幸は、生涯合わせると均等だなんて言われている。
だけど実際、生きていると現実は辛い事だらけだ。現実とは理不尽であり、残酷であり、不可逆的だ。何が起こるかなんて分かったもんじゃない。唐突に変な部活に入れられる事もあれば、唐突に変な理不尽を押し付けられる事もある。だがこれが現実であり、現代社会のヒエラルキーなのだろう。
それがこの日本という一つの現実だ。
今日もまた一つ、俺の肩には理不尽が積み重なった。
つまり、一生に振り注ぐ幸運と不幸は、決して平等じゃないのだ。
……だからこの世界は平等じゃない。だって、最も身近に存在する運が均等ではなにだからな。先述した理論なんて、ただの理想論に過ぎないのだ。
最悪だ。本当に、最悪だ。……でもそんな理不尽の中でも、良い事はあるらしい。例え均等ではなくても、少しぐらいなら幸運も許してくれるらしい。
それがこの日本という一つの希望だ。
今日、俺は逢瀬雫とメールアドレスを交換した。
創作部・氷室政明』
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