第22話『俺の知っている彼女は、とても可愛い』

「ここが、貴方の住んでいる家……」

「家っつーか、マンションだけどな」

「かなり、質素なようだけれど」

「そうだな。ミニマリストって程ではないが、あまり雑貨にはお金を使わないタイプだからな。オレは」


 彼女を連れて、オレは自身の借りているマンションの一室に足を運んだ。まさか……我が家に同級生の女の子を連れてくる経験をするなんて。


 夢にも思っていなかったぞ。


 オレは背後に立つ雨で濡れた逢瀬雫を見る。

 黒髪のポニーテールや、制服が濡れて……すこし、エロい。…………っと、そんな視線で見るのはやめておこう。


 気のせいかもしれないが、逢瀬に睨まれた気がしたし。それにオレは紳士だからな。


 う、うん……っ紳士だからな?


「まぁ、逢瀬。お前は先にシャワーでも浴びてこい。早く体を温めないと、風邪にかかるぞ? バスルームにタオルとかはまとめてあるから。そこから好きなの取ってくれ。まぁといっても、全部同じ模様のタオルだがな」

「…………氷室クンは私が先に浴びてきても良いの? 一応、貴方だってびしょ濡れじゃない」

「いや、別に。大丈夫だ。オレはこういうの慣れっこだから。取り敢えず、入ってこい」

「……、ありがと」


 彼女はコチラに歩み寄って、妙な表情で感謝してくる。


 恥ずかしがっているのか、怒っているのか、不思議そうにしているのか、喜んでいるのか、よく分からないのだ。


 彼女は珍しく暴言も吐かずぺこりと俺に一礼した後に、バスルームへと入っていった。


「さて、どうするかな……」


 オレは一人になってしまう。

 とりま、身体を拭いておこうか。机に置いてあったハンカチを手に取り、まず額や露出している腕や脚の水分だけでも取っておく。

 これだけでも、体感温度は随分とマシになるから。


 ……ハンカチって偉大だ。


 世界を救うのはやはり、ハンカチなのかもしれないな。……って、俺は何を言っているんだろうか。バカか、バカなのか? ああ、バカだったわ。

 ごめんなさい。


「うむ。身体も拭いたし……暇だから、携帯でニュースでも見るっかな」


 そう思い、オレはびちょびちょになった制服からスマホを取り出した。右手で持って、電源を付ける。


 ……のだが。アレ、電源がつかない。


「あれ、これ。ちょ、と、まて。……」


 カチ、カチ、カチ。何回も電源ボタンを連打してみたり、長押ししてみたり、また別のボタンと一緒に押してみるが。

 携帯は付く気配を見せない。


 おいおいおい、死んだはコイツ。


 ──なんて、冗談じゃねぇ。もしかして、雨に濡れすぎた所為で死んだのだろうか?


「ま、まじか……」


 試行錯誤約百回。

 色々と試したが、結果は惨敗にも程があった。

 全く付く気配なんて見せてくれなかったのだ。やはり、俺の予想通り……壊れてしまったのだろう。


 くそう。


 かなり悔しい。

 長年の愛用品だったから、壊れてしまうのはかなり寂しいし悔しさが、胸の内に容赦なく突き刺さってくる。


 オレだって高校生だから……あまり金銭面で潤っているワケではない。

 だから、携帯を買い替えるとしてもかなり出費が痛いのだがな。


 でも携帯は必需品だし。

 後で修理に出すか、買い換えるほか他ないだろう。


 ……うぐ。


 がくんと首を下げて、可哀想な自分を慰める。最悪だ。いやまじで。……こんなつもりじゃなかったんだがな、まさに予想外。

 オレはベッドに顔を埋めて、撃沈した。


 ◇◇◇


 それから少し経って。バスルームの方から逢瀬の声が聞こえてきた。


「ねぇ、ねぇーー。氷室クンー」

「む。終わったのか」

「ええ。……そうなんだけど、私。着替えとか、用意してないんだけれど。どうすればいいのかしら……」

「あ」


 ああ、そういえばコイツって女だっけ。

 いつもの刺々しい反応だったから、女性として見れていなかったのだが。……なんて、冗談はやめておいて。

 それよりも重要なのは、先程彼女が発した言葉だろう。


「も、もしかして。何も着替えるモノがない、と?」

「……ええ、不甲斐ないけど。その通りだわ」

「まじか」


 俺にしてみれば他人事だが、相手にすればかなり深刻な事態だろう。

 なにせ異性の家に来て、着る服がないとか……どんなゲームのシチュエーションだよ。取り敢えず、成人向けなのは確定だろうな。


 っと。


「あー、じゃあ俺が買いに行く……っつっても。もう店は閉まってるか」

「何気にもう午後十時だしね……」

「そうだな。では仕方がないが、オレの余ってる服を着るとかしかないかもしれない」

「……え」


 そんな提案をすると、扉越しに話しかけてきていた逢瀬は黙り込んでしまった。そりゃそうだ。今のオレの提案は、簡単に受け入れられるモノではないのだから。

 所謂、俺が逢瀬と彼氏彼女の関係だったのならば……逢瀬も快く受け入れてくれたのかもしれない。


 だがしかし。


 オレと逢瀬はそんな関係ではなく、ただの知り合いなのだ。

 そんな状態なのにこんな提案をしてくる。そんなの、簡単に受け入れられるものではないだろう。


 まぁ、これはあくまでも最悪の場合だけの、仕方がない。妥協案だ。

 というかこんな事を適当に発言するから、俺には友達がいないのかもしれん。


 ……普通、そんな提案したら九分九厘引かれるだろうし。


 冷静に考えてみると、あまりにもな愚行だ。


「すまん。冗談だ」

「……ふぁ⁉ え、ちょ」

「悪かったな。気を悪くしたか?」

「ちょっとっ! 私が悩んでいたってのに、勝手に提案を取り下げないでよ! まだ私は何も言っていな─────」


 しかし、彼女はそんな曖昧に事を考えていた。

 ……それに何故か、あたわたしているしな。


 ─────もしかして、照れているのか? なんて想像してしまうが。コイツに限って、そんな事は有り得ない。


「うん?」


 いやいや、流石に照れてるってコレ。というか、照れていてほしい!

 オレの傲慢な願いが顕著に示される。

 思わず、唾を飲んだ。


「いや……その、ね? 私も仕方がないと思うし。貴方の服を借りるのも、悪くないかなっと。……思って、ね」

「おお、おおお。おおおお……主神よ。やはりこの世界に神はいたのか!」

「は?」


 おっと、まずい。

 本性が出てしまったぜ。


「悪い。今のは本当の冗談だ」

「そ、そう。……なら、良いわ。取り敢えず、私は貴方のを服を借りようかしら。取り敢えず、ね。取り敢えず」

「ああ、はいはい。取り敢えずな。わかってるよ」


 オレは自室の箪笥たんすから、彼女のサイズに合いそうな服を見繕って取り出す。


「これとか、どうだろう」

「……で、出来るだけ早く持ってきてほしいかも。ちょっと寒くなってきたわ」

「分かってる。出来るだけ早く決めるさ」

「お願いね……?」


 逢瀬からの要望もあるし、出来るだけ早く決めなければならない。と言っても、オレの箪笥に入っている衣服なんて少ないから決めるのに大した手間は掛からないのだが。


 ……。


「よし、決めたぞ。コレにしよう」

「……」

「逢瀬、扉を開くからタオルでも巻いておいてくれないか」

「え?」


 俺はバスルームへの扉の前へ立ち、彼女に促す。

 流石に裸を見られたら嫌だろうからな。というか、嫌に決まってるだろバカですか俺さんはよ。


 扉をゆっくりと開き、小さな隙間からその服を投げた。


「きゃっ⁉」

 中から悲鳴が聞こえる。


「とりま、これで我慢してくれ。下着と制服は洗濯機にぶち込んで今日のうちに乾かす努力はするし」

「あ、う、うん……」


 つまるところ、そういう事だ。

 女子の下着なんて俺一人で買いに行けるわけもないし、こうするしかないだろう。洗濯機には頑張ってもらうほかない。


「着替えたら、出てきてくれ。そろそろ俺も寒くなってきたから、シャワーを浴びたい」


 ◇◇◇


 数分後。

 彼女がバスルームから音を立てながら出てくる。

 そこには……内股でもじもじしながら濡れた黒髪ポニーテールの美少女が。


 俺の見繕った黒ワイシャツを着て、自分の眼前に立っていた。


「ど、どうかしら」

「ぐふぅ⁉」


 ……見事、な太刀筋だ。

 俺はそう言い残し、その場で鼻血を出して倒れる勢いで失神。やはりこの世界には神が存在するんだと、改めて分からされる夜であった。

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