CODE6 再戦

 気がつくと、ぼくはむせ返るような湿気と熱気に包まれたジャングルにいた。

 ジーンズに白のTシャツ、格好は寝たときのままだ――と、そこまで考えてはっとなった。なぜ、こんな所にいる……?


 ぼくは呆然と周りを見回した。

 背丈ほどもあるシダが密集し、足下には毒々しい真っ赤な葉の植物がびっしりと生えている。歩くと、ぬかるんだ地面に足が取られた。

 けそうになり木の枝をつかんでバランスを取る。すると、目の前の樹木が、ガサ、ガサッと音を立てて動いた。

 首筋に悪寒が走る。


 同時に巨大なモンスターが現れた。

 かぎ爪が、空間を切り裂くように襲いかかってくる。

 ぼくは大きく後ろに飛び退って、その凶暴な一撃をかわした。

 原色のキノコやシダの上を転がりながら立ち上がる。

 レッド・ブーツ・ドラゴン!

 もやもやした頭の中が、一挙に焦点を結ぶ。

 あの悪夢の世界。ただし、対面している相手が煙の魔人ではなく、LODDのモンスターだ。


 地面にあった木の枝を拾い上げ、構える。

 レッド・ブーツ・ドラゴンは大きな声で吼えると、後ろ向きに回転しながら、巨大な尻尾を叩きつけてきた。

 大きくジャンプして避けると、続けてかぎ爪が上から叩きつけられる。

 反射的に木の枝で攻撃を受け止めた。


 ゴシャッと湿った音を立て、木の枝が砕け散る

 ぼくは木の枝から手を離すと大きく跳んだ。

 攻撃を避けることができたのは、奇跡に近かった。


 やはり、夢なのか? これは、一体何なんだ?

 考えている間にも、レッド・ブーツの攻撃は止むこと無く襲いかかってくる。

 ミサとの特訓が役に立った。

 一瞬早く初動を読み、すれすれで攻撃をかわす。走りながら、別の木の枝をもう一度拾った。


 ゴロゴロと雷鳴のような唸り声を立て、大きな口が開く。そして、巨大なかぎ爪が、右、左と突き出されてくる。

 連続攻撃をかいくぐりながら、ぼくは木の枝を横なぎに払った。かぎ爪がかすった木の枝はパラパラと破片をまき散らす。


 これが夢なら、自分の思い通りになるのではないかと思った。なぜ、そう思ったのか説明は出来ないが、それは、確信に近い感覚だった。

 変われ! これは剣だ。ぼくは強く念じた。

 すると、温かみのある木の枝の感触が、冷たい金属のそれへと変わっていった。

 ギンッ!

 と音を立て、木の枝は敵のかぎ爪とかち合った。木の枝がLODDで使っている剣へと変化したのだった。


 手のひらの中には、片刃の大剣の使い込まれたつかがあった。ゲームと同じく滑り止めの革のテープが巻かれている。傷だらけの分厚い峰には、ギザギザのノコギリのお化けのような刃が刻まれていた。こちら側を使えば、化け物の硬い鱗を剥ぎ取ることができるのだ。


 意図して変化させたのはぼく自身のはずなのに、変な気分だった。同時にこれはやはり夢なのだろうと思った。

「ゲ、ゲームヨリ、少シ強イナ……。ソウ思ワナイカ?」

 頭の中で突然、声が響いた。


「は? お前、誰だ!?」

 変な話だが、ぼくは妙な既視感を感じながら頭の中に向かって叫んだ。

「分カラナイノカ?」

「何言ってるんだっ!?」

 ぼくは敵の攻撃を受け止めながら叫んだ。


「コノ前、オ前ガ殺ラレソウニナッタ時ニ、話シタジャナイカ?」

「あ! この前、夢で話しかけてきた奴か?」

 ぼくは剣を振りながら頭の中の声と会話を交わした。


「アア、アノ時ハ、一瞬ダッタナ。ナンダカ、繋ガリニククテナ」

「どういう意味だ? これは夢じゃないのか?」

「ハハハハ。気ヲ抜イテイルト、本当ニ……死ヌゾ」

 言われたそばから、レッド・ブーツ・ドラゴンの巨大なかぎ爪が飛んできた。頭上すれすれを通り過ぎるかぎ爪をかいくぐる。


 この前の朝、起きたとき、こめかみや手の甲に傷が残っていたことを思い出していた。おそらく、ここで受けた傷は現実の体にもフィードバックされるに違いなかった。

「死ヌ気デ、ヤレ!」

「ああ。分かった」

 ぼくは頷くと、レッド・ブーツ・ドラゴンの右腕に切りつけた。右腕から鮮血が吹き上がり、敵は悲鳴を上げた。


「一つだけ、いいか? お前は誰なんだ? なぜ、ぼくの頭の中から話しかけてくるんだ?」

「オレハ、オ前ダカラサ。分カラナイノカ?」

「え? どういうことだ?」

 質問した途端、頭の中の声がぷつんと切れた感じがした。それまで繋がっていた回線が切れた感覚――。


「おい! おい!」

 焦って大声で自分の中の「声」を呼ぶが、返答はない。一体、自分の身に何が起きているのか? 大事な手がかりをつかむチャンスを逃がしたような気がしていた。

 レッド・ブーツ・ドラゴンの尻尾がぼくの鼻先を掠め、ぼくは大急ぎで跳び退った。悩んでいる暇は無いようだった。


 右、左――。

 イメージが光のように閃く。ミサとの練習通りにできている。このまま、やりきれば、ぼくの勝利は動かないはずだった。

 ぼくはかぎ爪による連続攻撃を避けながら、突きをまっすぐ相手の顔面に向けて放った。


 レッド・ブーツ・ドラゴンが顔を背ける。

 ぼくはその隙を見逃さなかった。

 素早く剣の峰側にあるギザギザの部分でこするように首のうろこを剥ぎ取る。レッドメタリックの鱗がキラキラと光りながら飛び散った。


 思い切り踏み込み、右肩から体当たりを喰らわすと、間髪入れずに剣の束で顎をかち上げる。

 敵の巨大な体が一瞬浮き上がった。

 右側に回り込み、首の鱗を剥いだ部分に垂直に剣を振り下ろした。

 巨大な頭が地面に転がった。


「ふう……」

 ため息をつくと、その頭が一瞬で煙の魔神の顔に変わった。唇をVの字につり上げ、大きな笑顔を作る。

 ぼくの体を恐怖が包んだ。


「オ前、オレノキサキト接触シタナ?」

 地面に転がった魔神の生首が言った。

「何? 何のことだ?」

「フフフ……マア、イイサ」

 魔神がいたずらっ子のような表情を作る。そして、恐ろしい言葉をさらりと吐いた。


「オ前ガ死ンデシマエバ、全テ解決ダ。オレハドコマデモ、オ前ヲ追イカケル。死ネ!」

 魔神の冷徹な声を合図にしたかのように、地面から湧き上がったモンスターの群が、ぼくに襲いかかってきた。

 同時に魔神の首から、真っ黒な煙が溢れるように出てきて、筋肉隆々の体へと変化していった。

「くそ。られてたまるか!」

 ぼくは必死に走った。心臓が激しく脈打ち、体中から汗が噴き出した。


 ぼくを敵だといい、執拗に命を狙うこいつはなんなのだ? キサキっていうのは? それに、この世界は? 

 飛び出してきたカエルのモンスター、エルガを切り伏せ、跳び超す。

 吹き上がった酸の血がかかり、煙を上げてジーンズの裾が溶ける。

 ぼくはその熱を感じながら頭を振った。ここで死ねば、現実に死ぬのでは無いか?

 先日の夢の後、頭や腕に付いた傷のことを思い出して震えた。


「アガケ、アガケ。オ前ハココデ死ヌノダ。二度ト、オレノ邪魔ハサセン」

 あざ笑うかのような煙の魔神の声が響いてきた。

 巨大な倒木の下に滑り込んだ。植物の枝や葉がこすられ、むっとするような植物の匂いが湧き上がる。

 あわよくば撒いてやろうと考えていたのだが、倒木の下から転がり出たぼくの前にいたのは、先ほどと変わらない大量のモンスターの群れだった。


 右足首に鋭い痛みが走った。足首にトカゲのモンスター、ゲットーが噛みついている。普段なら雑魚中の雑魚なのに、ここで足をやられるのは痛かった。ぼくは剣でそいつを切り裂くと、その場で剣を構えた。

 モンスターの動きを予測し、最小限の動きで攻撃を避ける。

 ぼくは化け物たちを飛び越して魔神へ向かい、顔面へ向かって剣を打ち下ろした。

「無駄ナコトダ」

 二つに割れた魔神が再生しながら言った。細かな粒子が、渦巻くように集まっていく。


 ぼくは魔人の顔面を突くようにフェイントを入れ、二撃目で胸元を突いた。

 返す刀で、胴体を横なぎにし、頭から下まで打ち下ろす。

 斬ったそばから再生していくが、お構いなしに切りまくる。

 魔人の全身が細切れになるほど、斬りまくると、首元の辺りで硬質な殻を叩くような感触があった。

 剣を構え直し、首元に突きを連続で入れた。微かに見える殻にひびが入り、一瞬中身が見えた。


 真っ黒な虫のような足。魔神は一瞬うろたえたような顔をして、大きく跳び退った。

 巨大な化け物の群れが、ぼくに向かってなだれ込むように襲いかかってきた。

 振り回した剣ははじき返され、右手、左足に鋭い牙が突き刺さった。もう、これ以上は無理だ。あまりの攻撃の多さに予測が追いつかない。ぼくは目をつぶった。


 次の瞬間、巨大な轟音とともに、セイタン・タートスが弾き飛ばされた。

 ぼくは自分の目を疑った。目の前で、これまで見たことも無い程、巨大なモンスターが猛り狂っていたのだ。

「こんなの知らないぞ……」

 レッド・ブーツ・ドラゴンの二倍はある。そして、異様なのは何種類ものモンスターや機械部品を継ぎはいだような体だった。


 右足はレッド・ブーツだが、左足は機械の部品でできている。

 背中にはセイタン・タートスの甲羅、左腕はマゴット・ブレイン、右手には機械仕掛けのハサミがついていた。

 胴体は、メタリックレッドの鱗が光るレッド・ブーツのものをベースに、セイタン・タートスの腹の甲羅や金属の板が組み合わさっている。

 あちこちに、緑色のコンピューターボードが突き刺さり、動くたびに火花が飛び散った。


「何ダ、コイツハ?」

 魔神が、驚きの声を上げる。

 その奇怪な胴体にのっている頭は、あろうことか美麗な少年だった。

 青白い血管が浮く程に真っ白な肌、すっきりとした鼻梁と大きな漆黒の瞳――。顔だけが異様にアンバランスで、呪いのような禍々しさを感じた。


 地面から、LODDのモンスターが湧き出してきた。

 セイタン・タートスにレッド・ブーツ・ドラゴン、マゴット・ブレイン、そして有象無象の化け物たち……、我先に巨大モンスターに向かっていく。

 巨大モンスターが、無造作に右手のハサミを振り下ろした。弾けるようにモンスターたちが消えていく。

 ぼくは剣を構えたまま、更に距離を取った。


 ふと、巨大モンスターの首にある少年の顔と目が合った。無表情だった顔に、一瞬表情が点ったような気がした。

 ――その時だ。聞き覚えのある音が、遠くからかすかに聞こえてきた。

 突風が巻き起こった。

 空に広がる雲が、見る見るうちに細かいドット状の渦巻きへと変わっていく。

 そこら中から火花が散り、それまでリアルだった周りの木々や植物も、粗いポリゴンでできた何十年も前のゲーム映像そっくりなものに変わっていった。


 ノイズをまき散らしながらドット状の絵に変わっていく空から、何かが降ってくるのが見えた。

 最初は何か大きなブロックのように見えたが、地面に突き刺さり、大きく土埃をあげたそれを見て、ぼくはそれがなんだか理解した。

 それはカタカナの『ジ』と『リ』だった。

 まるで漫画の描き文字のようなカタカナのブロックが、次々と地面に突き刺さっていく。同時に、さっきまで微かだった音が大きくなった。


 ジ・リ・リ・リ・リ・リ……!!

目の前のレッド・ブーツ・ドラゴンの体が『ジ』と『リ』のブロックに押しつぶされ、ノイズをまき散らしながら細かい粒子になり、消えていく。

「やばい!」

 ぼくは全速力で走った。


一瞬で煙の魔神も吹き飛ぶ。

 必死に逃げ回るぼくの頭の中に、先ほどから聞こえている音が、我慢できないほどの大音量で響き渡った。

 そして、唐突に目が開いた――

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