CODE28 決戦(2)

「全ク、ナンテ、パワーダ」

 その醜悪な虫は、呆れたように言うと、牙をむき出しにして噛みついてきた。身体は風船のように膨らみ、血管が浮き出ている。

 ぼくは大きく口を開いて応戦した。

 敵の牙とぼくの牙がぶつかり、火花が散る。


 一瞬の隙を突いて首に牙を立てようとする。

 寸前で、鋭い爪の生えた手で張り飛ばされ、床を何回も転がって立ち上がる。

 ぼくの顔からは、ダラダラと血が流れていた。


 このヒリヒリとした感じが、妙に懐かしかった。

 そうだ。この殺るか、殺られるかの世界で、こいつとぼくはずっと闘ってきたんじゃないか。


 ぼくは、嬉々として牙をむき、目の前の虫に跳びかかった。

「調子ニ乗ルナッ!!」

 虫が吠え、大きく膨らむ。煙が辺りに巻き上がり、みすぼらしい男もろとも、混ぜこぜになりながら巨大化していく。


 こいつにも見覚えがあった。

 確か、け、煙の……ま、魔神!!

 頭に単語がフラッシュし、目の前の敵をぼくは認識した。それは、魔人と言うよりも、巨人とも言うべき大きさだった。


 四つん這いで低く身構える。

 目の前の敵のことだけが鮮明で、他のことは混沌としていたが、それで十分だと思った。とにかく、倒して喰らってしまえば良いのだ。

 ぼくは相手を睨み付け、再び跳びかかったが、簡単に下にはたき落とされた。何度も、何度も挑み続けるが、そのたびに叩きつけられた。

 床に這いつくばったぼくを魔神の巨大な足が踏みつけた。


「ごふっ」

 口から血が溢れ、骨が軋んだ。

「コノ藤田トカイウ男モ、最早モハヤ、オレノ一部……。オ前モ、コノママ喰ラッテ、オレノモノニシテヤルワ」

 魔神は、涎を垂らしながら、抵抗のできないぼくをつまみ上げた。


 もう、これ以上どうしようもできない。何か、大切なことを忘れているような気もしたが、もうそれも、どうしようもなかった。このまま、魔神に喰われてしまうのだ。


 その時、不思議なことが起こった。

 突然、辺りに轟音が轟いたのだ。


 ジャーン、ジャ、ジャ、ジャッ、ジャッ、ジャーン、ジャーン、ジャッ、ジャーン

 ジャーン、ジャ、ジャ、ジャッ、ジャッ、ジャーン、ジャーン、キューン、キューン、キューン


 なんだこれ?

 ぼくは呆然と呟き、どこからともなく聞こえてくる音の出所を探して空を見上げた。すると、音と一緒に「ジ」「ユ」「ヤ」「ア」「キ」、その他、諸々のカタカナがブロック化して降ってきた。


 続けて、エキセントリックな英語の歌声が響く。

 カタカナに混じって、アルファベットまでもが、降ってきた。次々と落ちてくる文字は、魔神の体を削った。

 魔神はぼくを手離し、耳をふさいだ。


 ぼくは床に着地すると、空を見上げた。

 耳をつんざくほどの轟音とともに、様々な文字のブロックが降ってくる。確かに、聞いたことがある……古くさいロック――

 呆然としていると、

「わあーっ」

 と、無数の歓声が聞こえてきた。


 最初は気のせいだと思ったが、そうではなかった。目を開けると、無数の鎧を着た人々が闘っていた。

 現実の人間にしては、見た目が不自然だった。小柄な者、太った奴、背の高い者、それぞれが、思い、思いの鎧をまとい、武器を持っている。

「ケイタ、目を覚ませ! この人たちは、ニュウ・シンジュク・ワルキューレBのプレーヤーたちだ。ゲームサーバを、うちのハッカーが、こちら側に繋いだ。みんな、この前の事件に怒ってるんだ、詳細はぼかしているが、魔神を倒さなくてはいけないことは分かってる!」


 初めて聞くような声だったが、その口調には妙に懐かしいものがあった。

 ぼくは、辺りを見回した。

(この化け物! /これでも喰らえ! /ランボーロウゼキの借りを返す! /イクゼ、野郎どもWWW/Do it/いっけぇー!)

 よく見ると、周りに様々な内容のテキストが浮かび上がり、ぐるぐると回っていた。


 空から降ってくる文字ブロックと無数のプレーヤーたちの攻撃によって、次々と巨人の体が削り取られていく。完全に形勢逆転だった。

 魔神が手をつく。目の前に首があった。

 ぼくは、反射的に跳びかかると首の肉を食いちぎり、中にいる魔神の本体であるバグズマーク2を引きずり出した。


 すかさず、腹の肉を囓り取ると、一筋の白い光が、目の前をよぎった。

 それは、ぼくの大切な人との記憶だった。

 せんべい、ミルク、コタツ、ランドセル、宿題、そして、そして……おばあちゃんの笑顔と声――一つ、一つの光景が、音が、匂いが、蘇っていく。


「今ダ! モドレ」

 マーク1の声が、頭を殴りつけるように響いた。

 目の前の真っ赤な風景が、見る見る通常の色へと変わり、意識を支配していた欲求がおさまっていくのが分かった。

 唐突に目が覚めた。

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